後日談2ーあなたの愛しいところ

 この前の一件以来すみれとのセックスは本当に昼間にすることが多くなった。

 あの時の理由付けは嘘ではなくとも誘うための文句だったのも事実だけど、予定のない昼間にするというのは正解だったかもしれない。

 すみれとセックスはどちらが原因とは言わないけど長くなりがちで、平日の夜にするのはもちろん、休日の前夜にするのにも翌日に影響を残すことも多かったから。

自重しろと言われればその通りだが、すみれはし始める時はあんまり乗り気じゃないというか恥ずかしがるくせにしてるうちにどんどん昂ってくる。

 端正で品すら感じるすみれの美しい顔が淫らに歪み、嬌声をあげ私を何度も求める。時には無意識にか爪をたてられたり噛みつかれたりもするけど、そこまで情熱的になってくれる姿には私としても興奮を禁じ得ない。

 それはしてるだけでも感じてしまうほどの昂揚で、私としてもついつい熱がはいってしまい愛を重ねる時間が長くなってしまうのだ。

 それに夜にしてる時と比べて時間があるからかすみれがしてくれることも増えた。

 恋人になった当初なんかは動きも拙くてされるよりもむしろしてる方が気持ちいい時もあり、感じてるふり、絶頂をしたふりなんかもしたが少しずつ改善はされているし何よりすみれがたどたどしくも私にしてくれる姿には性的な快感とはまた別の充足感がある。

 きっかけは邪な理由だったかもしれないけど、あの時誘ったのはよかったのだと思う。


 ◆


 この日もお昼の後、たっぷりと愛し合った後ベッドの中で一糸まとわぬ姿のまま二人身を寄せ合っていた。

「ねぇ、文葉」

 同じ枕で頭を置き、半身で向き合うすみれの表情は幸せに満ち溢れている……というわけではなくて冷静な表情に戻ってる。

 こういう落差もすみれの魅力と考えている。

(少し前まであんなにいやらしい顔してたくせに)

 それを思いだすと、よからぬ思考にもなるが品がないのは自覚しているので心の中のことは隠して「何?」と告げる。

「文葉って前もこうだったの?」

「前って?」

「だから……」

 何故か言いづらそうに視線を左右へと散らし、ふたたび捉えてくる。その瞳には複雑な感情が宿っている気がした。

「私と付き合う前よ」

「……っ」

 何を聞かれたのかを察し、心が僅かに動揺する。

 すみれはたまにこういうところがある。敏感な話題にずけずけと踏み込むところが。

「早瀬のこと?」

 なんで彼女とセックスした後に昔の女の名前を出さなきゃいけないんだか。

「そう」

 しかも話題を振っておいて早くも不機嫌そうな顔してるし。

「早瀬とこう、だった……って?」

「だから、こんなに…してたのかってことよ」

 自分で言いながらも頬を染めるすみれ。相変わらずまだ性的なことには行為だけでなく、なれていないみたいだ。

 と、彼女の可愛い部分を見れたのはいいとして。

(面倒な話題ね)

 何を思って聞いてきたのか知らないけど、早瀬とのことはすみれとの関係とは違いすぎておいそれと話せることじゃない。

 以前言った通り若気の至りともいえるから。

「言いたくない」

 とはいったもののすみれがこれで納得するわけはないのよね。

「私に話せないことなんてないでしょ。言いなさいよ」

 すでに詰みだ。

 話さなくても、話してもすみれの機嫌を損ねる。

 それはすみれだって自覚してるだろうに。

「っていうか、なんでそんなことが気になるのよ。昔の女のことなんて聞いても嬉しくないでしょ」

「そう…だけど。気になるのよ」

「……過去のことは過去よ。今の私の恋人はすみれなんだからそれで満足しなさいよ」

「…それは……それでも気になるのよ」

 様子からするに理解できていないわけじゃないらしい。

 ならなんでと口にする前にすみれが続けた。

「だって……文葉すごくこういうこと慣れてるし、上手…だから」

「上手…って、すみれにそんなことわかるの。私以外にされたことないのに」

 照れのせいなのか要領を得ないすみれについ茶化すように言ってしまった。

 だが、怒らすかとも思ったそれは

「わからないけど…わかる、わよ。すごく、……気持ちいい、から」

「―っ!」

(これは、反則ね)

 エッチをした後の素肌が触れそうなこの距離で、こんな恥じらいの表情でこんなことを言われたら……

「だから……前にもそんなにしてたのかって、気になってもおかしくないでしょ」

「っ……」

 衝動的にもう一度したくなったが、その一言で理性を保つ。

 外見と二十五を超えた年齢に似つかわしくない純粋さを持つすみれ相手に軽率な情動で信頼を損ねるわけにはいかない。

(それでも……言いたいわけではないけど)

 誠意を見せないとね。それがすみれの求めるものなら。

「早瀬とは、してたわよ。昼間と言わず夜といわずね。いつだったかも言ったけど、早瀬とは恋人じゃなくてそういう関係だったの」

「…………」

 自分から聞いていることもあって怒れはしないだろうが、小難しい顔をしている。

「なんでそうなったかは悪いけど言えない。少なくても早瀬のいないところじゃね。それはわきまえなさいよ」

「……わかってるわよ」

(……やれやれ)

 愉快になれるはずはないでしょうに、なんでこんなこと言いだしたんだか。

 私だったらすみれにもし昔の恋人がいて、その相手とのことなんて正直知りたくもないけど。

「その時も文葉がしてたの?」

「え?」

「だから、文葉がする方だったのかって聞いてるのよ」

 話が終わってなかったらしい。

 また顔を赤くして。恥ずかしいのならこの話題をしなければいいだろうに何がしたいんだか。

 とはいえ、こういう話題が得意ではないのに踏み込んでくるのならその気持ちに報いるくらいの甲斐性はあるつもりだ。

「早瀬とは最初は私からが多かったけど、まぁ半々くらいかしらね」

(……そういえば早瀬も最初は初々しかったか)

 などと彼女の目の前で別の女との考えるなどと不義理なことをしていた私は、

「っ……」

 目の前の恋人が不安と羞恥を混ぜた顔をしていることに動揺する。

 顔から火を噴き、今にも逃げ出してしまいそうなそんな弱弱しい様子。

「……やっぱり、上手……だったの?」

「え?」

 この一連の話の終着を予測してもよかったが、鈍感な私はすみれの真意を察することが出来ずに

「だ、だから、私にされるよりも気持ちよかったのかって聞いてるのよ」

 余裕のなくなったすみれの失言を招いてしまった。

「……………」

 真っ赤なすみれになんとなくだがすみれの言いたいことは伝わった気がする。

 その回りくどさに何を言うべきか迷いさりとて何も言わないわけにもいかず

「……もしかして、自分が上手くできてるかって気にしてるの?」

 ついデリカシーのない言葉を口にしてしまった。

「っ……」

 口にしてからしまったとも思ったし、また馬鹿と語彙のない罵倒をされるかと身構えるが

「……そう、よ」

 しおらしく頷かれてしまう。

「気にするわよ。恋人なんだから。私だって、ちゃんと文葉を……き、気持ちよく……できてるか、って気になるわよ」

(…………)

 すみれは真剣なんだろう。本気でそれを気にしてくれていた。

 恋人というものに理想を抱きすぎているのか、それとも私が擦れてしまっているのかあるいは両方か。

 どちらにしても私がこの時すみれに対して思ったのは。

 愛おしい、という気持ちだ。この恋や愛に未熟な恋人が愛おしくてたまらない。

「…な、何か言いなさいよ」

(おっと)

 一人悦に入ってしまったけどこの可愛らしい恋人をほったらかしにするわけにはいかない。

 私はすみれの腰に手を回すとぐっと力を込めてこちらへと引き寄せる。

「ちゃんと気持ちいいわよ。すみれがしてくれるのすごく嬉しい」

「……気を使ってるんじゃないのよね」

(…やれやれね)

 一瞬だけ最初の頃に「演技」をしていたのがばれていたのかとも思ったが、これはそういうことじゃないわね。

 自信がないという不安は伝わってくる。

 杞憂だし、私の言葉を信じろとも言いたいけど。

「それもゼロではないわ」

 せっかくだし詳らかにさせてもらおう。

「どっちが上手かって言ったら、はっきりいって早瀬の方が上手よ」

「……馬鹿」

 ……我ながら今のはどうかとは思ってるわよ。

「けど、すみれにされる方が幸せよ。すみれが未熟なのが分かってて、私を気持ちよくしてくれようとしてるのは伝わってる。そんなすみれに触れてもらえることがとても幸せ」

「……………」

 感動してくれるかと思ったけど、いまいち反応が薄い。

 まぁ、上手くはないといったのも事実だからかしら。

「今のは気を使ったんじゃないわよ。言ったでしょ、私はすみれの身体が好きだって。そんなすみれに触れてもらえればうれしくて気持ちいいに決まってるじゃない」

「……そういう軽口が胡散臭いのよ」

 やれやれ。恋人の言葉くらい素直に信じてもらいたいものだけど。

 言葉だけで満足をしてくれないのならと、すみれの手を取った。

「んっ…」

 その手を顔の前へと持ってきて、手の平に口づけをする。

「この手が好きよ。私に触れてくれる柔らかくて暖かな手が大好き」

「あっ…ちょ、っと。ひぁ……んんっ」

 手の平から指へと舌を動かし、人差し指と薬指の根本から先端へとなぞり指先を口に含んで軽く吸った。

「はむ…ちゅぅ、ぺろ。…ちゅ、んっ」

 指の腹を舌先でくすぐったあと、音と立てながら指を離し改めて指を見つめる。

「この長くて綺麗な指が好き。たどたどしく私を愛してくれるのが好き。私とつながってくれるこの指が好き。…ちゅ」

 濡れた指先にもう一度口づける。今度は愛を示すかのように軽く。

「……文葉」

 私を見つめるすみれの目に情愛が灯っているのがわかる。

 そんなすみれの頬に手をあて、瑞々しい頬を指で滑らせ艶めいた唇を横になぞる。

「ぁ、ん…む」

 ただなぞるだけでなく少し力を込めて、指を唇の間に差し込み軽く舌先にも触れる。

「甘く口づけしてくれる唇が好き。柔らかくて暖かで、優しく私を愛してくれる舌が好き」

 声にした場所、ううん、すみれのすべてが心から愛しいから。

「すみれのしてくれること、全部が嬉しくて気持ちいいわよ。キスも、指も、手も。全部が一生懸命で、愛されてるんだって幸せになる。してる時も同じ。すみれが私のすることで感じてくれる姿が、私の愛を受け取ってくれる姿がとても嬉しくて満たされてる」

 それは早瀬との関係にはなかった充足感。

「……馬鹿」

 この数分間ずっと不安を宿らせていた表情が和らぎ、照れと喜びを滲ませていることを理解しもう一度抱き寄せ、遮るものなくすみれの熱を感じる。

「この答えじゃ不満?」

 意地の悪い質問かしらね。

「不満なわけ、ないでしょ」

 自分で話題を振っておいて、おそらくこういう答えにしかならないってわかってただろうに、こんなにも照れてくれるんだから私の彼女は本当にいじらしく愛らしい。

 昂った気持ちのまま髪を優しく撫でているとすみれは胸元へと顔を寄せてきた。

「何なのよ文葉は。してるときは意地悪なくせに……」

 この悪態が照れ隠しで愛がこもってるのはわかっている。

 すみれはこういう人間。自分の気持ちを表現するのが得意じゃなく、すぐこうして覆い隠そうとする。

(けど)

「……好き。好きよ、文葉」

 顔を見せないまますみれは情感を含んで告げた。

 一度は隠そうとしても隠し続けることに耐えられないかのように単純ながらもそれゆえにたまらない言葉をくれた。

(……それができたのは私の方か)

 自惚れかもしれないけど、私こそすみれが欲しかった言葉を言えたと思う。それは私とすみれの心が通じ合ってるという証でもあって自然を頬がほころぶ。

「私も愛してるわよ、すみれ」

 すみれも同じように幸せを感じてくれていることを確信し、その愛しい身体を強く抱きしめていた。

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