32:陶芸教室②

みんなで作った作品たちを、日陰の風通しの良い場所で乾燥させること2週間。

本当は一週間程度でいいんだが、念には念を入れる。

その間に高台削りなんかの工程があった。

これは根気と器用さが必要なので、委員長ほか極一部の希望者を募集して少数精鋭で仕上げた。


どうしてもろくろを使いたいと願い出てきた生徒や父兄、先生方には、決まった時間に予約制で解放している。

しかし窯の大きさには限りがあるので、時間外に作った作品の焼成は後日に後回しだ。


そしていよいよ、素焼きの準備に入る。


実は素焼きのときが、一番気を遣う。

粘土がしっかり乾燥していない場合や、窯の温度を急に上げすぎたとき、作品の壁面内部に気泡が残っていたときなど、焼成中の熱膨張によって作品が破裂する。

特に怖いのは、破裂した作品の破片が他の作品を破壊する二次被害だ。

作者は一つも悪くないのに砕けてしまった作品を見るのも、ましてや一生懸命作った子に見せるのも気が重くなる。


素焼きのあと、釉掛けや絵付けの授業がまたあるのに、壊れてしまって無くなった自分の作品を思いシュンとする生徒を想像するだけでもうイヤ。


土鈴は俺が念入りに土練りと下ごしらえをしたので大丈夫だとは思うが、何しろ壁が厚いので気泡が混じってる可能性も大きい。

他にも見るからに要注意な作品がちらほら。

・・・だから今回だけは、ちょっとズルをしよう。


今回素焼きをする作品数が、窯に比べてそれほど多くないのは幸いだ。

本当の窯場では、結構高密度でギチギチに作品を置くのだが、今回はかなり余裕を持って配置する。

そして少しでも危なそうな作品は、魔素で作ったワイヤーネットで区切り、隔離しておく。


作品の配置が終わったら、入り口の隙間などに粘土を詰めて密閉、のぞき穴も今は塞いでおいて、いよいよ火入れに入る。

火入れの方法は、米炊きに似ている。

『初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな』である。

とにかく、急な温度変化は絶対にダメ。 

下手すると作品が全滅する。


「陶芸に興味が湧いた」と、仕事が終わったにもかかわらず格安で手伝いを申し出てくれた『銀の鶴嘴』メンバーと共に、窯の火入れと温度管理を行った。


400℃ぐらいまでは、時間単位でゆっくりと徐々に上げていく。

最初は作品だけでなく、窯の中にある湿気も全て飛ばさないといけない。

最初の数時間は、100℃刻みで一定の温度を保ちながらじっくりと水分を抜く。

400℃を超えると、一つの峠をクリアしたことになる。

それまでに破裂していなければ、それ以後の危険度がぐっと下がるからだ。


これから先は、温度上昇のペースを徐々に上げていく。

今回は陶器なので、最終的に温度を1000℃まで上げる。

そのまましばらく高温を維持していると、粘土が陶質へと変わるのだ。

最高温度を維持したまま数時間。

窯を密閉したまま火を消して、自然と温度が下がるまで二日ほど放置する。

そしていよいよ最初の窯出しだ。


扉の隙間に詰めていた粘土を取っ払い扉を開けると、新鮮な空気が室内へと一気に流れ込んでいく。

室内の温度はすでに冷めていて、カラカラに乾燥しきった埃っぽい感じが漂っている。


窯出しの結果、大破3点、ひび割れが7点だった。

最初にしては奇跡的に少ない。 

予想以上に上々の結果だ。


二次被害を最初から警戒していたので、対策が上手く行って良かった。

作品が壊れた子は残念だが、これを教訓に次回は頑張って欲しい。

今回は俺が作った大量生産品を使い、絵付けの方に力を入れてくれれば問題ないだろう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



窯出しをした週の週末。

皆さんお待ちかね、絵付けと釉掛けの授業だ。

1年クラスの子達には難しいので、対象は2,3年クラスのみとなる。

その代わり1年クラスでは、ステンシルシートとタンポを使ったパターンプリントの授業を行う予定だ。

釉掛けはあとで人を動員して行えばいいだろう。


父兄他の大人達?

そんなもん後回しだ。

またもやアイクさんがふて腐れてるけど、自分たちでスケジュールを調整してくれ。


そもそもあんた、一人で作り過ぎなんだよ。

一日何時間ろくろ回せば気が済むんだ?

これは、窯焚きの苦労を分かち合ってもらわにゃいかんな。


釉薬には、長石を基本として硅石・石灰・土灰・藁灰・紅柄(酸化鉄)などを素材として使用する。


硅石は知っての通り、石英や水晶の事であり、ガラスの原料である。

石灰と共に、透明なガラス層を作るときによく使われる。

木を燃やした灰である土灰は、酸化焼成でやや黄色っぽく、還元焼成では青磁の色合いになる。

稲藁を燃やして作る藁灰は、酸化で白に、還元で灰色っぽい被膜を作る。

弁柄(紅柄=酸化鉄)は、釉掛けだけで無く、絵付けの顔料としてもっとも頻繁に使われる素材だ。

鉄は釉薬に混ぜると、黒から茶色、黄色、赤の色合いを出せる。

銅は主に赤や緑、コバルトは透明感の強い青の色合いを付けるのによく使用される。

変わり種では、紫の色合いを出すのに使うマンガンや、ピンクの色合いを出すクロム釉なんてのもある。


絵付けに使う顔料は、目的の色を出すための金属酸化物と、酸化錫を多く加える以外は、釉薬の材料とほぼ同じだ。

ただ配合比率が違うだけである。

ちなみに『金属酸化物』とは、簡単に言うと錆のことだ。

鉄さびの赤茶色や、10円玉や昔の銅製品に付いた青緑のさびを思い出してくれればいい。


絵付けの方法は大まかに二つ。


一つは、絵を描いた上にそのまま釉薬を被せる方法。

焼き上がったら透明なガラス質の下に絵が閉じ込められるので、とても上品に仕上がる。

でも、焼成に結構シビアな温度管理が必要なため、綺麗な色合いを表現するには経験がモノを言う。


もう一つは、釉薬を被せて一回焼いたあと、絵を描いてもう一回焼く方法だ。


今回は、自分が作った作品には釉掛けをし、絵付けには俺が予め作った大量生産品を使う。

今回は初めての試みなので、実験的な要素を多く取り入れている。


素焼きが終わった自分の作品を手に持ち、授業開始を今か今かと待ち構える生徒達(と一部の大人)。

陶芸室の外には、ずらっと並んだ5種類の樽。

今回は酸化焼成なので、右から順に

①石灰釉(透明)

②土灰釉(薄黄色)

③藁灰釉(白)

④鉄釉(赤茶)

⑤銅釉(青緑)

となっている。

貴重な鉱物より、そこら辺でも採取できる手軽さを重視したチョイスだ。


しかし陶芸の世界は凄く奥が深いので、思ったような色や効果が出ない事なんて日常茶飯事。

焼成温度が100℃違えば色合いも変わるし、還元をかけるタイミングや時間、窯の冷まし方などで思いもよらない色合いや肌合いになったりする。


俺は当面自分たちで使う食器セットが工面できればいいので、今後の研究は隣で子供みたいに目をキラキラさせてる大人達に任せておけばいいだろう。


まずは器が地面(テーブルなど)に接する部分には、釉薬が付着しないように薄く蝋を塗る。

そしてぐわしと指先だけで高台を掴み、逆さまになった状態のままドプンと釉薬の中に浸ける。

あまり釉薬が厚ぼったくなるのは敬遠したいので、さっと入れてさっと取り出すのがコツだ。

素焼きの器は吸水性が高いので、ちょっと浸ければすぐにくっつく。

ろくろの時と違って、慎重さより勢いが大事になるのだ。


花瓶やコップなどは、最初に漏斗を使って内側に釉薬を注ぎ、器を回しながらムラなく釉薬を付け、余った釉薬はまた樽に戻す。

外側は逆さに持ちながら、ひしゃくで万遍なく掛けてあげる。


ベニー君が指を滑らせて作品を樽の中に沈めてしまったが、サルベージして何とか回収。

もしかしたら面白い効果が出るかも知れないので、そのまま乾燥棚へ。


内側と外側で違う釉薬を掛けたり、部分ごとに別の釉薬を塗ってみたり、上下に別の釉薬を掛け、ツートンカラーみたいにしてみたりと、みんな自由な発想で釉掛けを終わらせた。


次に絵付け。

これは、俺が予め大量に作って置いた直径10cm程度の小皿を使う。

絵が映えるように、素焼きの磁器皿を用意した。

色は、赤、青、緑、黒の四つだけ。

結構貴重なマンガンやコバルトを使っている。


絵付けは筆で描くので、ちゃんとした絵を描くにはある程度の技量が必要だ。

日頃の修行が実を結んだのか、スピカちゃんが他の子達とは隔絶した技量を駆使し、皿の中を様々な花で埋め尽くしていた。


もっと驚いたのはホリー先生だ。

素焼きの皿の上に【念写魔法】を使って『学舎の見える風景』を転写していた。


「このまま焼いても【念写魔法】で写した画像が残るのか、是非とも試してみて下さい」とお願いされた。

この試みが成功すれば、もしかしたら凄いことになるかも知れない。


一方

「先生、何を描いていいのかわかりません」とマイケル君。

リブラちゃん達数名も、うしろでうんうんと頷いて、それに同調してる。

・・・さもありなん。


「みんな、別に無理して『何か』を描く必要は全くありませんよ。

極端に言えば、点や丸一つでもいいんです。

それじゃ私も1枚描いてみますね」


と言って筆に黒の顔料を含ませ、皿に向かって『Λ・ω・Λ』と描き込んでいった。


「なんですか?これ」


「にゃんこです」


リブラちゃんとミルファちゃんが「ぷっ」と吹き出した。

失礼な。


「でもよく見ると可愛いかも」

そう言ってシンディちゃんが助け船を出してくれた。 

ありがたや。


ひとしきりみんな笑ったおかげか『ちゃんとしたモノを描かなくちゃいけない』と言う呪縛からは逃れられたようだ。

めいめいが絵筆を持ち、好きに丸やら格子模様などを描き始めた。


うん。 

変に中途半端な絵を描くより、そっちの方が実用品としてはずっといい。


色々と今後の課題も残ったが、このようにして特別授業の第二回目を無事終えることが出来た。


【後書き】

絵皿のにゃんこは、文中では記号を横一線に羅列したように書いてますが

実際には

ΛΛを皿の上の方に

・・を皿の真ん中に

ω を下の方に

描いてます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る