第2話 賢者、神の使途となる②

私の名はルニウス・セカンズ。元王家教育指南役であり、国内では賢者として広く知られている。

この世に、私以上の知識を備えている存在など、神を除いてはいないと自負している。


この私の生涯において、今が最良の時ではないだろうか。

無念の中、もはや死を待つのみと思っていた私の元に、神が降臨なされたのだ!

更に、私にもう一度人生をやり直す機会を与えられたばかりか、私に使命を与えられると仰るでははないか。

この期待に応えられぬのなら、私など存在する価値すらもないであろう。


神は私に、心置きなく現世を締めくくるための時間までも与えて下さった。

不思議なことに眠気も、疲れすらも感じない。

私にはもう、動かぬこの身を嘆きながら寝台に横たわっているヒマなど無いのだ!


何よりも、私を亡き者にしようとした犯人は誰か・・・

考えるまでも無く、私が死ぬことによって利益を得る者だ。 奴らしかおらんだろう。

では、どうやって私に毒を盛ったのか。

私の身の回りを世話してくれていたホリーに、そのようなことをする理由も、それによって得られる利益も無い。

となると、最近代替わりしたと言っていた医者か。

もう心配はいらんだろうが、裏付けだけは取っておくべきだろうな。


翌日の夜が明けるや否や、私は長いこと起き上がることすら適わなかった病床から抜け出し、早速動き出した。

仮初めに与えられた力とは言え、まるで若返ったかのように体が動く!

さっさと心残りを片付けてしまおう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



彼はまず、単身で街はずれにある神殿へと赴いた。


「今の私が何よりも最初にすべきことは、神に感謝を捧げる事だ」と思ったからだ。


王宮の向かいには、いつも礼拝をおこなう荘厳で立派な中央神殿があるが、今日は最寄りの小神殿に行くことにした。

一刻も早く神に感謝を捧げたかった彼は、徒歩で行くには少し遠い中央神殿を、あえて選択肢から外した。


初めて訪ねる小神殿。 中央神殿とは比べ物にならないほど質素なつくりの平屋で、あちこち漆喰は剥がれ、建物自体だいぶ傷んでいた。


道すがら彼は、神殿に隣接した廃墟とでも言えるようなボロ小屋を目にした。

そこからは小屋と同じように、粗末な襤褸着を身にまとい、ガリガリに痩せた子供たちが数人出入りしている。

その保護者であろうか、同じく粗末な修道着を着た修道女が、ぐずる子供を必死であやしていた。


これまでは、自分の知識欲を満たすことだけに目が行き、周囲の人に気を配ったことなどほとんど無かった。

しかし、自力では起きだす事すらままならなくなって初めて、周囲に気を配ることの大切さが身に染みていた。


どうしてもその光景を放っておけなくなった彼は、主らしきその修道女に声をかける。


「もし。そなたがここの責任者であるか?」


「はい。私はこの孤児院を任せられております、シスターのクミンと申します」


「そうか、やはり孤児院であったか。 ここの運営はどなたが行っているのだ?」


「隣の神殿に務める、神殿長にございます」


「ぶしつけな質問で申し訳ないのだが、孤児院を運営する予算はあるのか?

とても足りているとは思えないのだが」


「はい。お恥ずかしい話ですが、神殿の運営費は主に、信者の皆様方からの寄付と、薬草から作ったポーションを販売することで賄っております。

治癒魔法が使えるような立派な神官様でもいらっしゃれば、もっと運営が楽になるのでしょうが・・・

おまけに、実を言いますとこの孤児院は借地でして、毎月国に家賃を支払い運営してる手前、どうしても運営費が嵩んでしまうのです。」


その言葉に、ルニウスは目を丸くする。 

彼にとっては、思ってもみない話だったからだ。


「隣国のトルキアでは、孤児院は国が運営していると聞く。 この孤児院は、国や王家から補助金を受け取っているのではないのか?

その上更に、こんな廃墟・・・いや、失礼。 古い建物に対して家賃だと?」


「それは・・・夢のようなお話ですね」と、シスターは何とも言えない乾いた笑みを浮かべながら、そうつぶやいた。


ルニウスはこれまで、金で苦労をしたことはなかった。

元が貴族の生まれである上に父も高官であったため、比較的裕福な幼少期を過ごした。

長じては王家教育指南役としての収入と、いくつもの著作や特許発明品からの収入があったため、今や小国の王を凌駕するほどの資産家として知られていた。

そのせいで、庶民の苦労など感じたこともないし、考えたことすらなかったのだ。


これは、神の叱咤かもしれない。 賢者だと嘯いていた自分が、まさかこれほどまでに世間知らずだったとは。 汗顔の至りとは、まさにこのことだろう。


ならば、自分のやることは決まっている。

ルニウスは神殿を訪ね、神前で感謝の祈りとともに誓いを立てた後、神殿長にこう提案を持ち掛けた。


「私が今住んでる家屋を孤児院へと改装した上で、神殿に寄付をしよう」と。


土地ごと全て譲るので、この先家賃を支払う必要はない。 

今後10年ぐらいは無収入でもやっていけるだけの、金銭的な寄付もしよう。

敷地も充分に余っているので、何なら神殿を新しく建てて、神殿ごとそこに引っ越してはどうか?

私は見ての通り、老い先短い老人である。 

跡継ぎも養うべき家族もいない。

ならば帰依する神のために、最後のご奉公を行いたい。

と、苦労を皴に刻んだような、そんな容貌の神殿長に向かい、熱く語ったのだった。


あまりにも望外な提案に、目を白黒する神殿長。

幾度となく、そこまではと固辞するが、それが私の願いだと押し切られれば是非もない。

願っても見なかった提案に、感激の涙を流す神殿長とシスターであった。


とりあえず明日、役人立会いの下、自宅及び土地の譲渡契約を結ぶので、神殿長は家を訪ねて来るように言い、近隣に馴染みの大工はいないかを尋ねた。 

その足で紹介を受けた大工を訪ね、明日から建築工事をして欲しいので、神殿長とともに、自宅を訪ねるように申しつける。

更に、近隣に住む弟子たちに、本日の夕刻に全員屋敷に集まるよう招集通達を出した。


その後、人を使って屋敷の大掃除を始めたルニウスを見て、近所に住む人たちは皆、彼の変わりように驚きを禁じえずにいた。

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