ユキ

 「○○ちゃん、とても人気者だったよね。」私は椅子に座って向こう側にいる○○ちゃんに話しかけた。でも返事はない。

○○ちゃんはあることがきっかけで少し、シャイになってしまったのだ。でもこの子は寂しがり屋だから、たまに会ってあげないと孤独死しちゃうんじゃないかなって心配になる。

心配し過ぎかもしれないね。でもこの子のことは誰よりも知ってるの。昔からずっと一緒だったからね。


 ○○ちゃんと二人で話すときは決まったルーティーンというか流れがあるの。○○ちゃんはいつもは浮かない表情をしてるけど、こう見えて自分の話が大好きなんだ。だから私は○○ちゃんの過去の栄光について順を追って説明していくの。幼稚園、小学生、中学生、高校生みたいに。でも高校生の話はいつも途中で切ることにしている。○○ちゃんがこうなることになったきっかけだから。


「幼稚園のお遊戯会のこと覚えてる?年長さんで白雪姫やったじゃない!あの時の○○ちゃん可愛かったな~」

○○ちゃんからの返事はない。しかし表情が少し和らいだような感じがする。私は続けて言った。

「○○ちゃんが白雪姫役だったもんね。王子様のキスで目覚めるとこのドキドキとか、いまでも覚えてるもん!」もちろん幼稚園児が本当にキスした訳ではない。横になっている白雪姫の前に観客席に背を向けて王子様が立つというだけのことである。

こんな話しでも○○ちゃんの口角は少し上がり、口元には笑みができていた。それを見て私も自然と笑みがこぼれた。


 私は次に小学生の時のエピソードを話し始めた。

「○○ちゃんさ、小学生の時もすごかったよね!ずっとクラスの学級委員長やってて!児童会の実行委員も掛け持ちだったもんね!そんなの他の人じゃできないよー。たまにからかってくる男子とかいたけど、一蹴してたもん!」

私はへへへと笑いながら話した。すると○○ちゃんも口をへの字にして含み笑いするみたいに笑っていた。


 しかし、それを見て安心してしまった。余計なことまで言ってしまったのだ。

「あれ、誰だったっけ?、えーと、あ!思い出した!いじめっ子のともきくん。確か小学5年生のときだ!図工の時間にともきくん、彫刻刀忘れちゃって。それで隣にいた、かこちゃんの彫刻刀、奪おうとして、それを○○ちゃん止めたんだよね!かっこよかったな~」

○○ちゃんも最初は笑っていた。しかし徐々に最初の浮かない表情に戻ってしまった。そして右、手の甲にある大きな傷痕をちらりと見て泣き出してしまった。

 この傷はその時、ともきくんにつけられたものだった。○○ちゃんには少し言い過ぎてしまう癖があったから、それでともきくんを怒らせてしまった。ともきくんはかこちゃんの彫刻刀をとるとそれを○○ちゃんの前で2,3回振り回した。運悪く、その1回が○○ちゃんの右の手の甲を深く切り付けてしまった。いっぱい血がでた。○○ちゃんは人生でその時だけ人前で涙を流した。

○○ちゃん、そのあとは大丈夫そうにしていたけれどやっぱり傷ついていたんだな。

そう反省していると私の目からも涙がこぼれていることに気づいた。

そして慌てて謝った。

「ごめんね、こんな話されたくなかったよね、ほんとにごめんね」

○○ちゃんは涙を拭くと、浮かない表情でこちらを見つめた。

 

 私は中学生の時の話に移った。

「○○ちゃん、中学生の時もすごかったよね!三年間、学級委員長やりきって!生徒会長にまでなっちゃうんだもん。尊敬しちゃうな!」

○○ちゃんはまた笑顔になった。だから私も嬉しくなって続けた。

「演説もほんとうにすごかった!いまでも覚えてるよ。

私は小学校の6年間、中学での2年間、学級委員長として頑張ってきました。その頑張りを生かして、この学校をより良いものにしていきます!って、全校生徒の前でハキハキ言えててすごかった!」

○○ちゃんは満面の笑みで私を見つめた。それを見てさらに嬉しくなって、私の顔もさらに笑顔になった。


 私は続けて高校の時の話に移った。

「高校の時も大活躍だったよね!1年の時にもクラス委員長やってさ!地元で名門だって言われてるとこで学年1位までとっちゃうんだもんすごいよ!」

ここでも○○ちゃんは笑うと思った。

でも笑わなかった。彼女は急に不機嫌そうな顔をした。私もだんだんイライラしてきた。

ここまで誉めてあげたのになんで笑わないの。

なんで笑ってくれないの。

こんなに誉めてるのになんで笑顔にならないの。

なんでなの。なんで。なんで。なんで。

なんでなのよ。なぜ。どうして。

そして普段は触れない○○ちゃんにとっての心の手榴弾の詮を思いっきり抜いた。

「でもそこから転落したのよね。あんなくそ男に引っ掛かったのが運のつきよ。○○ちゃん、大好きだったものね、かいくんのこと。でも浮気されちゃって、無様よねー。しかもその浮気相手が、かこちゃんだったなんて。こんなの笑うしかないわよね。」

○○ちゃんの顔はどんどん憎悪に満ちたように鼻を中心にして、ひしゃげたようになっていった。

私はさらに続けた。

「別れ際がさらに面白いのよね。最後、あのくそ男なんて言ったんだっけ。あー思い出したわ。 「性格は好みだけど顔がまったく好みじゃない」 だったわ。ほんと間抜けな顔してるもの。だからあんな顔だけの女に負けるのよ。」

○○ちゃんの憎悪のこもった目からは涙がこぼれた。私の目からもホロリと水滴が落ちた。

しかし、私の口は止まらなかった。私は暴言の爆風で四肢を吹き飛ばされた○○ちゃんの最期の生命線を切り飛ばすように鋭い一言を放った。

「もうここからは呆れるわよ。あなた勉強はできてもそれ以外はバカだったわ。彼の言葉が忘れられなくて自分の顔がコンプレックスになったのね。整形外科に行くお金もないから自分で彫刻刀で削ったの。ほんとにばか。それでもっとひどいことになっちゃって結局学校にも行けなくなってしまったものね。」

一息で言い切ったその時だった。

○○ちゃんが無言で立ち上がったのだ。

そして傷のある右手をぎゅっと握ると私に向かって殴りかかってきた。

とっさに私も拳をつくり○○ちゃんに向けて力いっぱい拳をぶつけようとした。


それ以来、○○ちゃんと話すことはなくなった。


エピローグ

 会社のデスクに置いてある電話に一本の電話がはいった。自宅の固定電話からだった。

「もしもし、あなた今すぐ帰って来てくれないかしら」

電話から妻の不安そうな声が聞こえた。

「なんだ、いったいどうした?」

僕は妻に聞き返した。

すると妻は言った。

「あの子の部屋から何か大きな音が聞こえたのよ。でもあたし一人じゃ不安で見に行けないの。お願い。帰って来て。」

「わかった。すぐ帰る。」

僕は大急ぎで荷物をまとめると2駅ほど離れた自宅へと向かった。

最寄り駅から自宅までは5分とかからなかった。

家までたどり着くと、乱れた呼吸を整えながら玄関のドアを開けた。そして大急ぎで階段をかけあがり、娘の部屋へと向かった。

部屋のドアを勢いよく開けた瞬間、僕は安心した。娘はベッドに横になって寝ていたからだ。何事もなかったかのようにすぅーとイビキをかいている。だが、部屋には若干の違和感があった。

まぁ大丈夫だろうと思い、僕はふぅと安堵と息切れが混じったようなため息をついて、部屋のドアを閉めようとした。

そのとき違和感の正体に気づいた。

ドレッサーの鏡が割れていた。




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ユキ @YukiYukiYuki312

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