魔法少女になるまでの僅かな時間

朝凪 凜

第1話

 いつも通り学校の帰りに友達とファストフードでお喋りして帰ってきて、部屋でゴロゴロ過ごして、食事をして、お風呂に入って、明日の準備をしようと――――

 いつも通り机の引き出しを開けたら、何やら見慣れない冊子が出てきた。

 ページをパラパラ捲ってみると

『6月26日 晴れ 今日は学校の日直で、日誌を書いていたらいつの間にか落書きしていた。せっかくなのでそのまま提出したら、面白いなと先生に褒められた』

『9月17日 くもり 今日も暑い。学校が始まったばかりな上に暑くて抜き打ちテストが出てきた。三重苦だった』

『12月20日 晴れのち雨 期末テスト最終日。ヤバい。赤点だ。なんとかごまかさないと』

 どうやら日記のようだった。誰の日記だろうかと表紙や裏表紙を見るも名前も何も書いていない。書いていないのだが、日記の文字は明らかに私の筆跡だ。

 しかし私にはそんな記憶は全くない。

「これは一体…………。はっ! もしかして私はニセの記憶を植え付けられている!? だとするとこの日記は本当の私が書いた本当の記憶……」

 何か手掛かりはないかと日記を読み進めていくと三年分くらいはありそうだった。

 私は今高校二年。この日記は中学生の時のようだった。

 中学の頃は陸上部で活動をしていた――ことになっているのはニセの記憶だろうか。

 この日記では特に部活をしているような記述はない。

 高校に入った時に、私は中学の友達とは違う学校に入ったので、誰も知らない。

「この頃の私の知ってる友達とは名前も違う。生活していることも違う……。でも高校まで一緒の友達は居ない……。つまり高校に入る頃に何かあった――!?」

 そう推論したが、このことを誰かに話すわけにはいかない。気づかれたら何者かに狙われるかもしれない。

 私には三つ下の弟がいるけれど、そのことについても何も書かれていないのは、単に日記に書く必要がないのか、それとも本当に居なかったのか。

 もし本当に居ないのだとしたら、弟も偽物……?

 そう考えるとこの家には何かとてつもない秘密があるのではないかと思うようになった。これはマズい。一人でいるのも良くないので、このことを話せる人を頭の中で巡らせる。

「高校からなら大丈夫かもしれない。友達なら……。でも無関係だったら巻き込んでしまうかもしれない。そうなったら私は友達を守れないかもしれない」

 気分は魔法少女ものの主人公だ。もしかして変身できるのかもしれないとまで思い始めた。

「他にも何か手掛かりになるものがこの部屋にあるかもしれない。何かこうマスコットキャラみたいな……」

 手当たり次第に棚や引き出し、クローゼットまでひっくり返して、不審な物を探す。

「ちょっとあきら! バタバタと何してるの。もう夜なのよ!!」

 色々ひっくり返して騒がしかったらしく、母親が部屋に入ってきた。

「あー、ちょっと色々捜し物を」

 その様子に不審に思ったのか母親が部屋の中にまで入ってきた。

「捜し物ってなによ、今探さないといけないもの?」

 腰に手を当ててだいぶお怒りモードだ。

「あら、それ……」

 母親が目敏く見つけたのは日記だった。それはマズい!

「何でも無い、何でも無い。これはただの本だから」

 明らかに何でも無いわけない応対をしてしまったせいで母親が何かに気づいた。

「まさか、それ……日記……?」

 しまったと思ったのもつかの間で、母親の顔があからさまに青ざめていた。

「もしかして、それ読んだ?」

 何か核心に触れたのだろう。確実に何かを知っている顔だった。

「読むつもりはなかったの! 机の引き出しにあって、見たこと無い本だなと思ってペラペラ捲ってただけで! 私は別に――」

「それで」

 言い訳を普段とは違うとても低い声で遮り、真摯なまなざしで私の眼を見る。

「どこまで見たの?」

 これは冗談ではないと悟り、私は観念した。

「……全部」

 そう言うと母親が天を仰いだ。何かもう後戻りは出来ない感じだ。

「この本がなんでここにあるのかは知らないけれど、読んでしまったのならもう仕方ないわ」

 母親が足元に指を差して無言で座れと言っている。

 それに素直に従って正座をする、母親も同じように正座をした。

 何か重大なことが明かされる、そう思うと不安と同時にわくわくもした。

「見なかったことにしなさい、と言っても無理ね。……はぁ。いい、これはね……」

 そこまで言って言い淀む。私もその先の言葉を息を呑んで静かに待った。

「私の日記よ」

 力なくうなだれる母親を見て

「え?」

 としか答えられなかった。

「これは何か、私が記憶を操作されて、私が天界から神様が託したものを守るために立ち上がる何かとかじゃないの?」

 これは私が魔法少女になるためのきっかけになる日記に違いないのだ。

「何を馬鹿なこと言ってるのよ。子供の頃の日記を娘に見られるなんて、恥ずかしくて死にそうよ」

「え、じゃあ、私の記憶は? 偽物の記憶じゃないの? 私の中学時代は?」

 何かを見下したような眼でそう言われるとものすごく腹立たしくなるが、それ以上にさっきまでの高揚感は一体どこに。

「あんたの中学時代は部活ばっかりで何もしてないじゃないの。お母さんはどれだけ大変だったと思ってるの」

 そう言い残すと日記を手にして立ち上がった。

「え? えー……。じゃあ私のこの時間は……」

 呆然としているとドアの前で振り返って言い残した。

「この散らかした部屋、すぐに片付けなさい。出ないと明日の朝捨てるわよ」

 そのまま部屋から出て行き、後に残ったのは静寂と空虚さだった……。


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