第4話

 冒険者協会を後にして久しぶりに戻ってきた王都を歩いていると、協会に入る前よりずっと多くの視線がこちらを捉えている。

 戻ってきてからというもの、視線にさらされ過ぎて、語尾が吐きそうになってしまいそうだ。ああ、早く引退して隠居したい。吐きそう。って感じに。

 莫迦なことを考えて吐き気をごまかしながら進むこと数分。王都の中でも人通りが多く、ひときわ栄えた大通りにたどり着く。食材から武具を扱うところまで様々な店がところ狭しと軒を連ね、王国有数の商会の本部もちらほらと見える。


 そんな王都の一等地の一角に構えた俺らの拠点は、地上四階、地下二階の全六階層で、ひと際異質な存在感を放つ屋敷だ。

 最上階はやっぱりリーダーが、ということで俺のフロアになっている四階は、書類仕事なんかをやる仕事部屋、やたら広い私室、俺専用の倉庫、命の洗濯をするための浴場の四部屋しかない。正直一人ではだいぶ持て余している。

 二階と三階はほかのメンバーが住んでいる部屋だ。どの部屋もそれなりに広い。多分だが、王都で同じくらいの部屋の広さを有する宿に三ヶ月と泊まれば、田舎の農民の一生の稼ぎと同じくらい金がかかるだろう。

 一階は玄関に応接間、会議室とメンバー共有の場だ。地下一階には倉庫が、地下二階には、『ミソスク』用の訓練場がある。一番費用が掛かったのは間違いなくここだろう。メンバーが本気で暴れても壊れないようにするために、あらゆるダンジョン産の資源が導入がされている。その甲斐あって、止められるものがいないし、甚大な被害が出るから、と協会の訓練場を追い出されたメンバーも鍛錬に勤しめている。


 無駄に豪勢な正門をくぐり玄関の扉を開く。


「ただいまー」


 俺のやる気のわかない声に続いてメンバーもそう口にすると、寝起きなのか、整えられてもいない赤い長髪を揺らし、眠たそうなおかえりーの声と共にローネが階段を降りてくる。


 彼女は、王都に数ある武具店の中でも、とりわけ良い品を取り扱う『ファベル』の元鍛冶師だ。今は俺が引き抜いたことで『ミソスク』専属の鍛冶師として、人の皮を被った化け物ミソスクメンバーの装備を作っている。もちろん彼女も『ミソスク』メンバーのように人の域に収まらないような才能を持っている。


「どうだった、今回のダンジョンは?」

「なかなかのダンジョンだったな。リーダーがいなければ俺達でも危なかったかもしれん」


 ウェールが今回のダンジョンの話を身振りに手振りで伝えると、ローネはそれに、なるほど、と相槌を打ちながらこちらに尊敬のまなざしが向けてくる。


「いやー、ルードちゃんってば、大活躍だったみたいだね。私も嬉しいよ」

「そうか」


 もちろんローネも俺の真の実力を知らないので、ウェールの言葉を少しも疑ったりしない。


「そういえば、これお土産」


 尊敬のまなざしに耐えかね、ローネに協会でサンプルとして提出した残りの素材を渡す。すると、さっきまで半分も開いていなかった目が、まるで子供のようにパッと開いて輝く。そこには俺らよりも3つ年上だからと、お姉さんぶる普段の彼女の面影はない。

 彼女をここに引き抜く時、彼女が提示したたった一つの条件。それは『ミソスク』が獲得した新素材を彼女に加工させること。未知の素材を一番に加工するのは鍛冶師として最高の栄誉らしい。それを今回も手にできると喜んでいるのだろう。


「おお、見たことない素材がいっぱいだ。ありがとルードちゃん!」

「まあ、俺だけの成果じゃないけど。とりあえず、いつも通り頼むよ」


 俺の言葉に最高の笑顔で、任せて、というローネ。

 彼女にはいつも発見した新素材を使ってそれが一番適した武器を作ってもらっている。片手直剣や盾、鎧になることが多いが、稀に戦斧など『ミソスク』面々が使わない武器が出来上がる。

 そういうのは俺に回ってくるが、俺の倉庫の肥やしくらいしか使い道がない。肥やしにしたら最後、使われることはないだろうし、高値で商会かどっかに売って、次の武器づくりの為の資金にしてしまえばいいのに。


「じゃあ籠ってくる」

「ああ、うん。あと、俺らまた指名依頼来たから一休みしたら出るから」

「オッケー、オッケー。気を付けてねー」


 彼女は結構な量があったはずの素材を持って風のように姿を消す。拠点の裏にある工房に行ったのだろう。あのか細く少し力を込めて抱きしめれば折れてしまいそうな体のどこに、それだけのエネルギーを秘めてるのだろうか。


「リーダー、依頼の方はどうするんだ?」

「明日の朝一にここを出て調査に行く感じだな。ダンジョン攻略から戻った後だし、今日はゆっくり休もう」

「はいよ」

「じゃあ、解散」


 俺がそう言うと、メンバーたちは地下の訓練場に向かったり、街に繰り出したりする。

 休もうって言ったそばから訓練場に行くウェールとリータは、脳みそまで筋肉に置き換わってしまったのだろうか。


 俺も街へと繰り出し馬車の手配でもしておこう。

 深々とフードを被り、拠点の裏口からひっそりと街に出る。正門の前には、俺たちが戻ってきたという噂を聞きつけ、一目見ようと集まった人々。彼らに悪意はないにしろ、やりづらくて仕方がない。

 いっそのこと、事務処理やらをやってくれる秘書でも雇ってしまおうか。人外の才能を持った化物どもの相手が務まる人が見つかるかはさておき、俺がやっているようなパーティー運営を手伝ってくれるような子いてもいいと思う。それなら、冒険者協会まで足を運ぶのもアレだし、協会の子を一人派遣してもらうのはどうだろうか。

 うちのパーティー専属の受付嬢とかテンション上がるんだけども。

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