第7話 最初は反発するけどあとでなんやかやと世話焼いてくれるポジション


「まあ、コースケ様! おかえりなさいませ!」


 借り受ける予定の集合住宅の一室に戻り、玄関の扉を開けると、奥にいたセーナが新妻のように輝く笑顔と弾む声で俺を迎えてくれた。

 一瞬のうちに、俺の脳裏には二人の甘々な生活が想起されてそのイメージ映像で満ちる。

 仕事から帰るとセーナが用意してくれた夕食を二人で囲み、その日の出来事をお互いに報告し合いながら笑い合ってワインを飲む。その後は二人並んでソファに腰掛けて映画を見つつ、セーナが俺の肩にこてんと頭を預けてきて――


 あ。俺、幸せだ。


「あの、コースケ様? どうして口元が震えて……?」

「いや、気にしないでくれ……。儚く淡い幸せを噛み締めていただけだから……」


 セーナに現実に引き戻される。勇者の婚約者じゃなければなあ。召喚者と異世界人の関係とか最高のシチュなのに。


 現実に戻ると中の様子もはっきり見えてくる。どうやらセーナは使用人らしきエルフたちに頼んで生活用具全般を部屋に運び入れていたらしい。

 従者というやつだろうか? エルフの姫の召使いだけあって、全員がエルフの美形揃いだ。

 丁度俺が帰ってきたタイミングで作業も終わったのか、彼らはセーナの後ろに一列に並び背筋を伸ばして直立する。

 顔立ちの整った背の高いイケメンたちがずらりと並ぶ光景は男の俺から見ても圧巻だった。


「カリエセーナ様。ご要望通り家具類の搬入が完了いたしました。それから、さきほどご指示のあった数日分の食料と水、そして魔光灯、魔力蔵の接続も済んでおります」

「ええ。ありがとう。いつも素速い仕事で助かりますわ。それでは、あなたたちはまた本邸の方へ戻っていてください」

「かしこまりました。ところで失礼ですが、この御仁がカリエセーナ様がおっしゃっていらした次元の稀人その人、でございましょうか?」


 俺が異世界人であることは彼らには伝えてあるらしい。使用人に尋ねられて、セーナは自慢気に自信満々の表情で言い放った。


「その通りです。このお方こそ次元の稀人(ヴォジヤユヴェール)、ドキドキ・コースケ様ですわ!」


 ドキドキて。魔法少女か俺は。


「なるほど。次元の稀人だけあって、なかなか珍妙な響きのお名前をお持ちで」


 せめてくすりとでも笑ってくれればいいものを、丸いモノクルをつけた先頭のエルフはにこりともせずに真顔で言ってくる。おかげで俺も肩すかしを食らって訂正のタイミングを逸してしまった。


「コースケ様にも紹介いたしますわね。端におりますのがわたくしの住んでいる本邸の筆頭使用人ハリシュと、その部下たちですわ」

「ハリシュセロン・カラビニアンにございます。以後よろしくお願い申し上げます。ドキドキ様」


 腹に手を当て深々と慇懃に頭を下げるハリシュ。続いて、横に並ぶ使用人たちも一糸乱れぬ洗練された動きで一斉にお辞儀をする。古い住宅の一室なのに、ここだけが気高さと高貴さに満ちた空気が溢れているようだった。

 うおお。なんかいかにもって感じだ。なんか気の利いた返事でもしてやりたかったが、本物の雰囲気に呑まれて名前の修正をすることくらいしかできなかった。


「そ、そおゆうことなんで、よろしくな。それと俺はドキドキじゃなくてどどめ――」

「近頃カリエセーナ様が思い悩んでおられる様子でずっと心配していましたがよもやこのようなみすぼらしい人間に入れ込んでいたとは……」

「……うん?」


 ハリシュが頭を下げたまま口早に割り込んでくる。表情は伏せているからわからないが、声色には親しみはなく、むしろ仇敵を前にしたような隠しきれない憎悪が含まれていた。

 ハリシュがスッと頭を上げると、前歯が見えるほどに下唇を噛み、両方の眉根がくっつきそうなほどに寄せている表情が露わになった。

 うっわ、なんか知らんけどすっげ悔しそう。


「カリエセーナ様が貴様に何を頼んだのかはわからんがくれぐれも無礼なことをしてくれるなよ本来ならば人間などという低俗な輩が安易に話せるほどのお方ではないのだからな」

「ほほう?」


 冗談も通じないクソ真面目野郎かと思ったが、なかなか元気がいいエルフじゃねえか。


「権助野郎が。てめえらの主人が人間風情に頼った程度でいじけてんじゃねえよ。せいぜい自分の力不足を嘆いて枕でも濡らしてな」

「ええそうさせていただきますよしかしこの辺りは人も少ないくれぐれも夜道にはお気をつけをちび助の人間では我々エルフが蹴飛ばしても気づかないでしょうから」

「おうおう、探偵の俺に夜襲をかけようなんざいい度胸じゃねえか。こちとら張り込みで鍛えた夜目と足腰で二徹は余裕なんだよ。おっさんの耐久力あんま舐めんじゃねえぞ」


 依頼人が暴力沙汰になりそうなときは止めに入るが、俺自身に売られた喧嘩は買うのが俺の信条だ。


「はい、そこまでですわ」


 下顎を突き出す俺と目玉が飛び出しそうなほど剥いたハリシュの間にある緊張を、セーナがパンと両手を打って中断させた。


「ちょっと思い込みが激しい使用人たちですが、必要であればコースケ様の御用向きにもお応えできるように備えさせますので、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。この通り命令には忠実な自慢の使用人たちですから」

「ふざけるなよクソガキが貴様など私の半分も生きていないくせに生意気な口をそもそもなんなんだその頭はモリオッコみたいな形をしやがって馬鹿にしているのかそれがエルフの王族に見せる格好かこけろこけて崩れてしまえもしくは風に飛ばされろ綿種のようにどこかに飛んでいってしまえでなければ燃えろパチパチとそうだそれがいい見物だぞフハハ――」

「素直に聞いてくれなさそうな雰囲気がバリバリしてるんだが?」


 朗らかな笑顔のセーナの横で、息継ぎもせず抑揚もなしに俺に呪いを吐きながら一人で悦に入っているハリシュ。それにしてもモリオッコってなんなんだ。異世界のもので例えて罵倒されてもピンとこないぞ。






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