堕ちた先には…

自由気まま

出会いと再会…そして喪失

第1話 日常の景色

 今日もなんの変化もない日常が終わろうとしていた。


 田舎から大学に通うために上京してもう1年がたった。


 もう慣れてしまったが最初はホントにキツかった。これが東京の空気か、と初めて来たときは地元とはなにもかも違ったこともあっておかしなテンションになっていた。

 だからだろうか、初めての独り暮らしに環境の違いが俺の精神を少しずつではあったが確実に蝕んでいた。


 高校までは地元にいたので友人、知人は当たり前にいたがここでは自分一人きりだと自覚してしまった時はホームシックではないが本当に病みそうになった。


 では友達でも作ればいいじゃないかという話になるが自分で言うのもなんだが俺はネクラとかオタクとかではなくただ寡黙なだけではなし掛けられればちゃんと話せることはできる。ただ、自分から話しかける事に躊躇してしまうところがある。


 だから覚悟していた。ここにいる間は一人ぼっちなのだと……


 でもそうはならなかった。



 どこにでも人情と言うか世話好きと言うかお節介をやきたがる奴はいる。


「お疲れ、リョウ。今日はサークルどうするんだ?」


 俺の隣で一緒に講義を受けていたアツシが伸びをしながら聞いてきた。

 まぁこいつがお節介?恩人?の当人である。爽やかフェイスのイケメンさんで噂では彼女が10人いるらしい。しかもモデルの仕事までしている。


 世の中にこんな完全無欠の人間がいるのかと言うくらいの完璧人間だ。






 …………スマン。10人も彼女を作る奴は完璧人間ではなくクズ男か。


「バイトもないし行くぞ。」


 そう言って俺は足元に置いておいた大きめのトートバッグをアツシに見せた。


 高校まではずっと野球をやっていたこともあり体を動かすことが習慣化していたので引退後も受験勉強の合間を縫ってランニング等はずっと続けていた。


 なのでアツシにその事を話したら「じゃ、一緒のサークルでも入ろうぜ。」と言われたので付いていったらまさかのバドミントンだったが、やってみると初めての個人競技という事もあって不覚にもハマってしまい入ることにした。


 俺は立ち上がりサークル棟へ行こうとするがアツシはまだ立ち上がらずにスマホを弄っていたのでまた女か?と思い聞いてみた。


「彼女さんか?」

「いや、まぁ…業務連絡?」

「なんで疑問形なんだよ。」

「サプライズの成功のカギはしっかり準備することだからな。」


 俺には理解不能だ……と早々に考えることを放棄した。


「どうでもいいが刺されないように気を付けろよ。」

「なんでだよ!?」

「ん?10人いる彼女さんの内の1人だろ?」

「マジで何言ってんの!?」


 俺が頭にクエッションマークを浮かべながら怪訝な顔でアツシを見た。


「いや…だから10人と付き合ってるんだろ?」

「………誰が?」

「アツシが。」

「…………」

「…………」


 二人の間に謎の沈黙が支配する。


 暫くしてアツシが口を開いた。


「そんなわけないだろ……」

「だよな。」


 俺が肯定してやると輝かんばかりの笑顔で俺を見上げた。

 しかしここで俺のちょっとしたイタズラ心が顔を出した。


「少なすぎるよな。」

「………えっ!?」

「アツシなら…なんだっけ?壁ドン?顎クイ?だっけか、そういうのしたら100人くらいすぐできるだろ?」

「………………」


 俺には無用の産物ではあるがこいつが使うと戦略兵器並の破壊力はある。それを個人に向けて使えばどんな堅物でも間違いなく堕とせるだろう。


 俺がうんうんと頷いているといきなり……


「そんなわけあるか!特定の彼女すらいねぇよ!」

「な……なん…だと…」


 俺はかなり大げさに驚いて見せた。


「俺だって彼女くらい欲しいよ!」

「ふむ…やはり噂は噂か…」


 今度は今にも泣き出しそうなアツシを見ながら少し思案顔をしてたった今、妙案が思い付いたようにポンッとてを叩いた。


「アツシ、それなら簡単だ。」


 俺は講義棟の窓から外を見て目当ての人物を探した。その人物は直ぐに見つかったのでスマホを取り出しここに来るようにlineを送った。


 送られた方はこちらを見て『ダッシュで行きます!』とlineが返ってきたので後はこちらの準備だけだとアツシに話しかける。


「さっき言ったこと覚えているか?」

「なにがだよ?」


 まだまだご機嫌斜めのアツシは取り敢えずスルーして


「彼女がほしいんだろ?俺の言った様にやってみろ。相手は今から来るから安心しろ。」

「………は?」


 アツシは間抜けな顔を晒してフリーズしてしまった。こんな状態ではせっかくのイケメンフェイスが台無しだ。


 しかし事態は既に動き出してしまっている。どうにかならないかと思考をフル回転させた。


 そして思い付いたことと言えば


「お前ならできる!」


 ごめんね…俺の頭じゃこれくらいしか思い付かんわ…


 俺の言葉を受けてアツシはようやく再起動をはたした。


 間に合ったことに安堵していたが次の瞬間アツシの右ストレートが俺の腹にめり込んだ。



 あ、あぶねぇ……危うく昼メシリバースするところだったぜ。



 正中線を見事にとらえたアツシの拳により多大なダメージを受けたが元気になってくれてよかった。


「お前なんてことしてくれてんだ!これがあいつに知られたら………」


 最後の方は小声になって聞き取りづらかったがおそらくアツシの幼馴染のリカの事を言っているのだろう。


 ヨロヨロと立ち上がりながら事態を冷静に分析する。


「大丈夫だ…ここはD棟リカは今A棟での講義のはずだからここに来るまでまだ時間はかかるはずだ。」


 息も絶え絶えに俺は言ったが


「お前はリカのことがなにもわかってない!あいつの……リカのことを甘く見すぎだ…」


 俺が何言ってんだこいつみたいな顔をしていると講義室の前後の扉が同時に開いた。


「先輩!来ました!大事なはなしってなんですか!?」

「迎えに来たわよ。」


 アツシの顔は絶望に染まりこの世の終わりのような顔をしていた。対して俺の危機察知が最大アラートを鳴らしていたのでバックをかつぎ上げその場を後にしようとした。


「逃げるなよ。」


 しかしそれは幽鬼の様に立ち上がったアツシに肩をガッチリと捕まれた為に阻まれた。


「先輩?」


 前の出入り口から入ってきた大学とバイトとサークルの後輩のアオは首を少し傾げながら不思議そうな顔で俺たちを見ていた。


 まだあどけなさをのこしながら可愛いと綺麗を見事に調和させたアオの顔は魔性の女と呼ばれるにふさわしく性格も相まって小悪魔と言われている。顔には戦略兵器を搭載しているが胸の方は残念な事に竹ヤリというなんともミスマッチな組み合わせだ。



 いや……絶壁とかなんて俺は思ってないぞ。その方が好きだという趣味趣向も理解しているつもりだ。


 だがあえて言わせてもらうなら………あそこには男の夢とロマンが詰まっていないとダメなんだ!!


「リョウ先輩、今スゴい失礼なこと考えてませんでしたか?」

「………………」


 ジトッとした目を向けられ俺は思わず顔を反らしてしまった。


「ひっど~い!先輩のことですからどうせまた胸のことなんでしょ!セクハラ!変態!」

「うるせぇ!絶壁女!悔しかったら大きくしてみやがれ!」


 俺とアオがギャーギャーと喚いているとモデルと見まがう程の美女がクスクスと笑いながら近づいてきた。


「相変わらず仲がいいのね。羨ましいわ。」


 リカが喋りかけてきたので振り向くと相も変わらず純度100%混じりっけ無しの作り物のような美貌を搭載した超絶美人のリカがいた。


「こんなペッタンコと仲など良くない。」

「胸でしか女の子見ないなんて最低です!」

「黙れ!陥没女!お前は男の夢とロマンを甘く見すぎだ!」


 そこで1拍おいてリカを指差し諭すようにアオに語りかけた。


「リカを見てみろ。顔ならお前だって決して負けてはいない。でも胸に搭載されている戦力はアリと地球並の格差があるんだ。」


 少し哀れんだ目を向けていると本日2度目の右ストレートを腹に受けた。


 華奢な割にはなかなかの威力を叩き出せるようで危うくリバースしそうになってしまった。


「ぼ、暴力反対……」


 うずくまりながら抗議の言葉を口にすると目にうっすらと涙を浮かべ頬を膨らませて俺を見下ろしているリカがいた。



 ちょっと言い過ぎたかと思ったが殴られたことを思いだし罪の意識はあっさりと霧散した。


 この一連のやり取りを兄妹喧嘩を見守る母のような眼差しで見ていたリカが割って入ってきた。


「リョウ、女の子にとってはデリケートな問題なの。あまりそんな事言ってはダメよ。それがたとえ今だにスポブラしていたとしてもよ。」

「………リカさんや、あんたもディスってますよ。それに……個人情報まで……スポブラって…ププ」



 いかん。思わず笑ってしまった。


 しかしまぁリカも残酷なことをいうもんだ。アオが竹ヤリならリカは戦艦クラスの破壊力の立派なものを持っていらっしゃる。

 推定A…あるかな?と最低推定Eとでは…ドンマイというしかない。


 慌ててアオの方を見てみると顔を真っ赤にさせ涙腺が決壊寸前だった。


「もうわたしのことはいいですよ!それより先輩!わたしに告白したい人って誰ですか!?」


 アオの言葉を聞いて俺の体は凍りついたように動かなくなる。



 ヤベ……忘れてた。


「あら?それはわたしも興味あるわね。」

「リカって他人の恋愛に興味なんてあったのか?」

「ないわよ。でも……」


 と、リカは講義室を見渡した。吊られて俺も見渡してみると残っているのは俺たち4人だけだった。




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