第7話

 夢破れた元野球少年。

『ゲームクラブに所属する小学生』というオーダーを思い出してからふと浮かんだイメージは、ことのほかすんなりと僕の脳内でふくらんでいった。

《外見》に入れていた『2』の出目を《体力》に入れ直し、ランダム表から選んだ『筋肉質』の特徴に合致するよう《筋肉》に『6』を入れる。これで野球から離れて《体力》こそ落ちたが《筋力》は未だ健在といった人物に仕上がっただろう。

 優等生かはさておき、スポーツからテーブルゲームまで器用にこなせるオールラウンダーと解釈すれば、能力値が軒並み高水準なのもうなずけるというものだ。

「――で、この名前なんて読むんですか?」

 僕の書き上げたキャラシを見るや、開口一番、知子ちゃんは疑問を呈する。

 名前の一部に小学生では習わない漢字を使ったからね。知らないのは無理もない。

「上がつゆきで、下がほいつ。ちなみに捕逸は野球用語だよ」

「はあ」

 自ら発した質問に真面目な答えが返ってきたにもかかわらず、知子ちゃんはどうでもいいと聞き流すかのように真顔で僕から目を背けた。女の子ってどうしてこう、会話のキャッチボールが前触れもなく一方的になるんだろう。

「……それでこの捕逸くんだけど、たかまどのみやはいへの出場をかけた地区予選に敗れたせいで目標を見失い、野球部を引退しててね。ゲームクラブにいるのはいわゆる気慰みってことで」

「たかまどのぉ……な、なんでしょうか……?」

「高円宮杯。ええと、甲子園の小学生バージョンでいいのかな? この設定自体はなんら重要じゃないから気にしないでいいよ」

 僕は愛想笑いを交えながら「そっちはどう?」と話題を転じようとする。

 そんな働きかけに囁ちゃんは、なおも緊張が残る唇をゆっくりと開く。

『……木暮ナコ、11歳。露木さんと同じゲームクラブの所属です』

 他人行儀で乾いてて。

 些細な会話はわずらわしいと、言葉の端々から感じられる顔色。毛色。声色。

 彼女のそれは、さきほどまでのやや暗い女の子の面影がありながらも、いいや別人ではなかろうかと疑いたくなるぐらい絶妙で、唐突なロールプレイだった。

 僕はあまりのインパクトに度肝を抜かれ、言葉を失う。

 わずか5秒にも満たないその沈黙に耐えかねたらしく、囁ちゃんは木暮ナコという探索者の態度を脱ぎ捨て、すぐにまた気恥ずかしそうな女の子としての一面をのぞかせた。

「あぅ……へ、変、でしょうか……?」

「――まさか。いい感じだよ」

 考えてみればそりゃそうだ。演技大好き女優志望の知子ちゃんが、ごくごくふつうで穏当な探索者紹介なんか勧めるはずないじゃないか。

 現に彼女は友だちのロールプレイを目の当たりにして、ほおだけでなくそばかすをも紅潮させてにんまり笑んでいる。さては君、このセッションを利用して友だちを劇団員に育て上げたいのかい?

「やあキーパー、彼女も準備万端みたいだしそろそろ始めようか」

「はいはーい」

 景気のよい返事とともに知子ちゃんはいつの間にやら持っていたノートを開き、ついたてさながらに机へと立たせる。

 あれはキーパースクリーン。システム次第ではマスタースクリーンとも呼ぶ。

 主にプレイヤーへ見せてはならないものを隠したり、よく使うデータや計算式などを中に書いておいて、早見表代わりに使われる。キーパーのつつがないゲーム進行に欠かせないマストアイテムだ。

 TRPGの公式ルールブックないしはその関連書籍に付属している場合もあるけど、あのとおり2冊100円の安ノートでも実用には困らないよ。非公開のシークレットダイスにさえ支障がなければね。

「えーこほん。つーちゃんと懐人先輩改め林コンビのおふたりは準備オッケーですか?」

(林コンビ……ああ、露木と木暮で『林』か)

 指摘するほど面白いとも思えず、僕は知子ちゃんに適当な目配せをした。

 前に同じくといったふうに囁ちゃんも首を縦に振る。

 そんなふたりの反応を見届けたのち、知子ちゃんは厳かな語り手のように声のトーンを落とす。

「ではこれより、シナリオ《ゲーム倶楽部》のセッションを開始します」

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