第2話 夢まぼろし




 目の前を包む真っ暗な闇。


 ドクン、ドクン


 鮮明に耳へと響く鼓動と、


「ハァ……ハァ……」


 聞こえてくる息遣いが自分のものだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


 いっ……生きてる?


 そんな疑問を抱きつつ、ゆっくりとその瞼を開いていく。

 ついさっきまで感じていた日差しに変わりはないはずなのに、それはやけに眩しく感じた。


 ぼやけている視界に、何度も瞬きを繰り返すと次第にハッキリとしてくる景色。それは幸いにもついさっきまで広がっていた秘密基地の入り口で間違いはなかった。


 けど、少し安心したのも束の間、


「いっ……てぇ……」


 脇腹や腕に足、次第に全身に感じる突き刺さる様な痛み。

 おかげで生きている実感は湧くものの、素直には喜べない。


 徐々に戻って行く感覚。どうやら俺はうつ伏せに倒れているらしい。となると左の頬からお腹に掛けて感じる硬いものは秘密基地の床。


 とりあえず生きてる。


 少なくともそれだけは理解できた俺が、最初に確かめたかったのは……自分の体の事だった。


 手は……うん、両手とも大丈夫だ。

 次に腕。動かすと痛むけど……動かない訳じゃない。骨は折れてないみたいだな? じゃあ……


 ゆっくりと力を入れて上半身を起こしていくと、それに反応するように無意識に両足にも力が入る。

 一瞬痛みが響いたものの、動かすことに関しては問題ない様で……俺は床に膝を付くとゆっくり立ち上がった。


「ふぅ……」


 大した怪我してなくて良かった。いきなり過ぎてなんも出来なかった……って、アスカは? ホノカは?


 急いで辺りを見渡すと、意外にも2人は近くに居た。というよりうつ伏せに倒れている。

 一瞬最悪な展開が頭を過ったものの、一定の間隔で動く背中にホッと胸を撫で下ろす。


 息はしてる……か? 無事で良かった。


「おい、アスカ!」


 それを確認すると、俺はまずは近くに居たアスカに近付いて肩を叩く。


「うっ……んあ。……はっ! 生き……てる?」

「あぁ。大丈夫か?」

「なんとか……な?」


 とりあえずアスカも大きな怪我はないみたいだな? となると次は……


「ホノカ、ホノカ」

「ん……んー? うん?」


 こっちも大丈夫そうかな?


「うおっ! いてぇ」

「アスカ……うるさい。なんか体に響くんですけど!」


 うん。こんだけ話せるなら問題ない。


 そんな2人の状態を確認すると、俺は徐に秘密基地の中を見渡す。

 椅子から転げ落ちる位の衝撃だ。ボロさの見えるこの小屋が何ともない訳が……あった。


 座っていた椅子や机なんかは、見当違いの場所へ移動していたものの、壁や天井には見る限り変わった様子はない。

 てっきり板の2枚や3枚は剥がれているのかと思ったけれど、いい意味で少し驚く。

 まぁ天井が剥がれて、頭を直撃なんて事が避けられたのは良かった。擦り傷だけじゃ済まないもんな。


「よっと……てかなんだったんだ?」


 ようやく立ち上がったアスカ。その口から零れたのは当然の疑問だった。


「ホントだよー。お尻が痛い」

「ん? 少しは小さくなったんじゃないか?」

「なっ! なんですってぇ?」


 目の前で繰り広げられるいつもの会話に少しだけ頬が緩む。けど、だからこそ初めて経験した出来事が不思議でならない。


「はいはい。とにかく皆無事で良かった」

「……だな? それにここも壊れてないみたいだし」

「でも結構な衝撃だったよね? まるで地面から叩かれてるみたい」


 腕を組み首をかしげる所を見ると、恐らくアスカもホノカも俺と同じ事を考えているんだろう。

 過去に大雨で村が大変になった事や、物凄い突風でナナイロの樹が折れたなんて話は学校でも習ったし、母さん達からも聞いた事はある。でも地面が揺れるなんて……


「もしかして、魔王でも復活したのかな?」

「はぁ?」


 なぜか嬉しそうに話すアスカに、呆れた表情を見せるホノカ。


 さすがにありえないだろ?


 普段であればそう答えるはずだ。けど、その瞬間頭の中に浮かんだのは、ついさっき自分が言いかけた言葉。


『それでも実際経験したら嫌だと思うぞ? あれだろ? 魔物が出て来る時は必ず不気味な地響』


 その続きはこうだ。

 不気味な地響きが必ず起こる。それがある一種の合図でもあった。


 歴史の講義で教えられた事。それ自体はさっと読み進める程度だったけど、少しだけ目に付いたのを覚えてる。


 魔物が襲ってきたら、颯爽と皆の盾に……


 ふっ。思い出すだけで気が緩む。

 とにかく、そんなのは教科書の中での話だ。現実で起こる訳がない。


「もしそうなら、良かったなアスカ。夢が叶うぞ?」

「あっ、クレス! お前ちょっとバカにしただろ!」


 相変わらずいい反応してくれるなアスカ。

 夢実現とはいかなくても、それらしい体験が出来たのは良い思い出になりそうだ。


「バカにしてないって。ただ……」

「ただ?」


 魔物は出ないとしても、結構な揺れと衝撃を感じたのは事実。


「かなりの揺れがあったのは事実だろ?」

「そうだ! 村は大丈夫かな?」


 ホノカの言葉に、顔を見合わせた俺達。そして誰が何を言う訳でもなく、一斉に秘密基地の入口へと歩き出す。


 まぁこの小屋が何ともないから、村は大丈夫だとは思うけど……

 薄っすらと過る嫌な予感。けどそれは、さっきまで感じていた緊張感に比べればなんて事はない。

 その証拠に、急ぎ足ではあるものの、


「いやぁホント、魔物の1匹でも出てないかなぁ」

「はぁ……」

「どうかな? 有り得るかもしれない」

「もう、クレス?」


 そんな冗談を言えるだけの余裕はあった。

 ……はずだった。


「いやいや世の中まだ分からな……は?」


 先に秘密基地から出たアスカが突然立ち止まる。


「あいたっ!」


 思いがけない行動に反応出来なかったホノカと、それを後ろから見ていた俺は……恐らく同じ事を考えていたはずだった。

 しかし瞬く間に、その行動の理由を知る事になる。


「ちょっとアス……えっ?」


 その肩越しに見える光景は、まるで信じられなかった。


「なんだよ……これ……」


 無意識にそんな言葉が零れる程、現実とは思えなかった。


 立ち上る黒い煙

 何処からともなく姿を現した岩の塊

 その周りに引っ付いている壁や屋根みたいな……残骸


 それはまるで夢を見ている様な……ナナイロ村の姿だった。



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