第1話 ナナイロ村
温かい日差しに、鳥のさえずり。ガラスも張っていない窓から入り込む心地よい風。
まるで時間がゆっくりと進んでいるような感覚に包まれながら、俺とアスカは只々椅子に座って頬けていた。
「なぁ、暇だな」
別にナナイロ村に不満がある訳じゃない。けどそれは、この16年の間で嫌という程聞いたアスカの言葉。
そして対する俺の言葉も6年間変わる事はない。
「あぁ、暇だな」
鍛冶屋に道具屋に宿屋。配達屋に立派な村舎と立派な学校。村にしては十分発展してる。
ましてや、村の名前にもなっている特産物の果実ナナイロはその芳醇な味わいと、薬にも使われる多様性も相俟って需要は多い。つまりここに居れば仕事にあぶれる事はないんだ。
平和で平穏で……退屈。だからと言って村の外へ行こうなんて気にはならない。
それを俺達は理解している。理解してるからこそ、本気じゃないこんなやり取りを長年続けている。
俺だって小さい頃には夢もあった。教科書で見た……騎士という職業。
大昔に存在していたと言われる魔王との戦いで、人々は様々な武器を手に生身で挑んだ。そんな中、真っ先に最前線に立って仲間を守る姿と信念に心を揺さぶられたんだ。
それに今もなお、王都や郡都には住民を守る為の騎士団があるって聞いて興奮したよ。
『おおきくなったらきしだんにはいる!』
よく恥ずかしげもなく言ってたもんだよ、昔の俺。
まぁそんな夢も一瞬で消え去ったけどね。今思えばあれは……ヘレン先生の優しさだったのかもしれないな。知るのは早い方が良い。そう思ったんだろう。
騎士団は由緒と威厳ある組織。その一員になる為には、必ず王都管轄の騎士養成学校へ入らないといけない。
そしてそこへ入れるのは……王都・郡都の貴族だけ。
つまり俺みたいな村出身の奴は入る資格すらないって事だ。大人しく村で仕事してろって……残酷な宣言だったよ。
そんな事実は10歳の俺に深く突き刺さった。儚い夢と一緒にね。
そしてあれから月日は経ち、
「最後の夏休みだな……」
アスカの言う通り、最後の夏休みを……俺達はいつもの秘密基地で過ごしている。
「だな……」
向かい合うように座りながら、お互いテーブルに足を乗せる光景はもはや慣れ親しんだもの。
むしろ夏休みの半分近くは、何をする訳でもなくこうしてダラダラ過ごしていた。
「勿体ないけど、やる事もないしな」
「最初は遊び尽くす! なんて張り切ってたけどな? それも3日で飽きた」
この夏休みが終わり、卒業試験が終われば……俺達は晴れて大人の仲間入りを果たす。そうなればこんな自由な時間なんて一生お目に掛かる事はないだろう。
ただ……
「そりゃそうだろクレス。10年以上同じ事やってれば誰だって飽きる」
目新しい事も、変わった事も全くないこの村じゃ……仕方がない。
俺達にとって唯一の発見だった、村を一望できる秘密基地。ここですら、話を聞けば代々年頃の村の子ども達の溜まり場だって聞いてガッカリしたよ。
「だな……」
「「はぁ……」」
2人揃って大きな溜息をつく。ここまでが長年交わして来たボヤキの流れだ。
そしてこんな様子を見張っているのかどうかは知らないけど、
「やっほー」
その後には必ずと言っていい位の高確率で、彼女は現れる。
赤みがかった長めの髪をなびかせ、颯爽と秘密基地の中に入って来たのはアスカの妹ホノカ。
年は1つ下だけど、小さい頃から一緒に遊んでいただけあって、彼女も幼馴染という関係に近いのかもしれない。というより、村に俺達と同世代が居なくて他に遊び相手が居なかったと言うべきかも。
「まぁた2人して愚痴でも言ってたの?」
そして開口一番、こう口に出すのも……もはや好例と言っていい。
「まぁな?」
「よっ、ホノカ」
「おはよー、クレス」
軽く挨拶を交わし、いつもの席へと座り込むホノカ。
こうして今日もまた何気ない1日が始まる。
「なぁホノカ。なんか楽しい事ないか?」
「アスカ……同じ家に住んでんだよ? そんな情報が耳に入って来たら速攻で言ってると思う」
アスカとホノカ。隣の家に住むこの兄妹との付き合いは長い。
まぁ年も近くて家も近いとなれば当然だろう。
勿論親同士の仲も良いし、今は亡き俺の父さんとアスカ達のお父さんは親友だったそうだ。その節はかなりお世話になったみたいで、母さんは救われたって何度も言ってたっけ。
「あーあ、昔みたいに魔王でも出てきてくんねぇかな」
魔王……か。この村に飽き飽きしてるアスカらしい考えだ。
確かに歴史の教科書を見る限りその名前を覚えてない奴はいないと思う。およそ数千年前に魔王と呼ばれる存在が現れ、この世界のあちらこちらでその手下である魔物達が巣食っていたとか。
「またそんなこと言ってー! お父さんに怒られるよ?」
「だってよぉ、そうすれば今頃俺達こんな暇持て余してないかもしれないんだぞ?」
「だったら畑手伝いなよ? あとちょっとで収穫なんだし」
「ちぇっ、何とか言ってくれよクレス!」
畑か……
広大なナナイロ畑を持っているアスカ達の家。その手伝いをするのはある意味自然な流れだろう。
それに俺からしてみれば、既に働き口か決まっているようなもので羨ましい限りだ。
まぁ小さい頃から
「アスカの気持ちは分からなくもないよ」
「だろ?」
「でも、現実的に考えるとナナイロ農家ってのは安定してる。むしろアスカん家並みの広大な畑は、誰もが憧れると思うぞ?」
「おいおい……」
「ほら! クレスはちゃんと考えてるんだよ? アスカと違って夢ばっか見てないの」
ホノカのドヤ顔に納得のいかない反応を見せるアスカ。
とはいえ、1度は騎士という叶うはずのない夢を思い続けていただけあって、アスカのそれを全て否定する気にもなれない。
「でも、もし教科書通りの時代が続いてたらって……想像した事はある」
「えぇ!」
「だよな?」
「想像するだけならタダだろ?」
今度は一転してドヤ顔を見せるアスカに、目を丸くして俺を見つめるホノカ。
そりゃ男なら1度は想像するだろ?
「男なら当然だろ?」
「当たり前だ! ふふふっ、悪いなホノカ。クレスもこっち側みたいだな?」
「むむー」
っと、あんまり茶化すと兄妹喧嘩が勃発しそうだ。
「けどあくまで想像だからな? 正直現実に魔物が出てきたりしたら最悪だろ」
「でっ、でしょ? ほらっ、ちゃんと現実主義なんだよ?」
「なっ! そりゃ緊張感はあるかもしんないけど……」
「それでも実際経験したら嫌だと思うぞ? あれだろ? 魔物が出て来る時は必ず不気味な地響」
カタ
ん? あれ……
「クレス。どうかしたの?」
「あっ、いや……」
カタカタ
気のせいじゃ……ない? 若干足に振動みたいな……テーブ……
カタカタカタ
「ん? なんかテーブル揺れてねえか?」
「え? そんな訳……」
カタカタカタカタ
いや、やっぱりテーブルが揺れてる!
少しずつ確かに感じるその振動。それをハッキリと意識した時だった……
「違う! やっぱり揺れて……」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
まるで床を誰かが叩いているかのような音。そして突き上げられるような衝撃が俺達を飲み込む。
それからは一瞬だった。
経験した事のない衝撃と、それに併せるかあの様な揺れ。経験した事のない出来事に椅子からは転げ落ち、体は床に叩きつけられる。
痛みなんて感じない。
襲いかかる衝撃に何度体を叩きつけられたのかさえ分からない。
視界はグルグル回り、どっちが上なのかさえ分からない。
抵抗すら出来ず、なすがままの数秒間。そんな中で俺達が出来ること言ったら……
はっ、早く……早く……終わってくれ……
そう願うだけだった。
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