23 使命
突如、目の前に現れた女性のエルフにバロンは唖然とした。
「人間よ。頭が高いわ」
そのエルフの言葉にバロンはハッとしながらもその場に跪いた。
エルフも天使と同じ高位な種族とされ、太古からエルフは人間に様々な恩恵を授けてきたとされていた。
「こっこれは申し訳ありませんエルフ様」
エルフを前に人間は天使と同様、礼儀を弁えるべきだと言い伝えられており、バロンはそれに従った。
「答えよ人間。何故、人間と天使の子が共にいるの?」
女性のエルフは美しい顔を持ちエルフの特徴である尖った耳が目立つ。ボブカットの金髪で、青い目をしていた。服装は黄緑色のワンピースであり、スレンダーな体型をしていた。
「はっ。これには事情があります。どうやら天界から彼女は落ちてしまった様なのです」
「落ちたですって・・・・・・聞いた事がないわ。天使が天界から落ちてくるなんて」
「僕も最初は信じられませんでしたが、彼女の話を聞く限りそうとしか考えられません」
「私に嘘はつかない事よ。もし、嘘をついたなら・・・・・・どうなるか分かるわよね?」
女性エルフはそう言って懐から魔法の杖を取り出した。
「本当でございます。神に誓います」
「本当だよ! 私は天界から落ちてきたの。バロンはそんな私を助けてくれたの!」
ヘレネのその言葉に、女性エルフは杖を引っ込めた。
「天使の子がそう言うなら信じましょう。ただ、よろしくないわね人間と天使が一緒なんて」
「そんな事ないよ。私を助けてくれたのはバロンで、バロンは悪い人じゃない」
ヘレネの予想外の言葉に女性エルフは面を食らった顔を見せた。
「・・・・・・どういう事を吹き込んだの人間?」
「いえ、僕は彼女を助けただけです。怪しい魔術の類は掛けておりません」
そのバロンの回答にヘレネは何度も頷いた。
「――分かりました。そこまで言うなら信じましょう。それで・・・・・・あなた達はここで何をしているの?」
「はい。ワイバーン退治でございます」
そのバロンの回答に女性エルフは再び杖を取り出した。
「今すぐ、そのワイバーンの所に連れて行きなさい! これはエルフの命令です」
「は、はい。こちらです」
バロンは急に態度を変えた女性エルフに怯えながらも立ち上がって、来た道へと歩き出した。
リヴァル対ワイバーンの戦いは開始してから十分以上たっても勝敗は決していなかった。空を舞うワイバーンに対し、リヴァルは何度も接近し剣を振るうが避けられ、ワイバーンも幾度も火炎放射を放つがそれもリヴァルは何度でも回避してみせた。
「はぁはぁ――やっぱ、やるな」
「お前こそな。この我の炎を避け続けるとは大した者よ」
だが、人間と魔物。体力の差はある。明らかにリヴァルの方が疲労を思わせる様子だった。
「ふん・・・・・・この勝負、我の勝ちだ。貴様は見るからに疲れておる」
「抜かせ。俺はまだいけるぜ」
「リヴァル! 体力回復を」
マリサがリヴァルの背後で光魔力を手の平に集めて待機していた。
「必要ねぇ! これは男同士の戦いだ! 余計な援護はすんなよ」
「何を言っているのですか!? ワイバーン相手に一人で戦い続けるなどバカですよ!」
「おう! 俺はバカだ! だから援護するな」
リヴァルの身勝手さに改めて呆れるマリサ。王国剣士になってもまだ子供染みた所があるとマリサは思った。
「見つけたわよシャル」
突如、聞き慣れぬ声がその場に響いた。その場にいた一同はその声がした方向へ視線を向ける。
そこにいたのはエルフだった。女性のエルフがワイバーンに向けて魔法の杖を向けていた。
「きっ貴様はウルスラ! どうしてここに!?」
「あなたを捕まえに来たに決まっているでしょう。我がエルフのワイバーン。庭から逃げ出し、世界を放浪していたみたいだけどそれも今日でお終いよ」
「断る! 我は自由がいいのだ! お前なんぞに捕まるか!」
青いワイバーンこと、シャルは火炎放射を ウルスラに放った。だが、その火炎はウルスラには無力だった。何らかの力によりウルスラのだいぶ前で霧散した。
「おのれ! 忌々しいエルフ魔術め!」
シャルは逃げ出す為、さらに大きく羽ばたき、高度を上げた。
「おい、てめぇ! また逃げるのか!?」
「剣士の小僧よ。残念だがさらばだ。そう言えばちゃんと名を聞いていなかったな。名を名乗れ小僧」
「リヴァルだ! アルドア王国剣士だ! そして次世代最強の男!」
「リヴァルか・・・・・・覚えておくぞ小僧。次こそは決着をつけてやろう」
「そうか! 次こそは・・・・・・って! 逃げんな!」
「無理だな。そこのエルフがいる限り我は逃げるのだ」
そう言ってシャルはその場から逃げ出そうとしたが、ウルスラが杖を向け、魔術を放つ。
「逃がさない!」
ウルスラの杖から発動された魔術は魔力によって構成された光の網だ。光の網はシャル目掛けて大きく広がり、捉えようとする。
「光の魔力による網だな! 二度も食らうか!」
シャルは膨大な魔力を両翼に込めて、思いっきり羽ばたいた。すると暴風がその場に吹き荒れた。
「なっ!?」
それは人間を容易く吹き飛ばす威力だった。その場にいたリヴァル達は吹き飛び、エルフのウルスラも吹き飛ばされてしまった。
「さらばだ!」
シャルはそう言って青い空に逃げていった。
「くっ!」
ウルスラは唇を噛んだ。
暴風が収まり始めて、何とか木々や林に捕まり、遠くに飛ばされなかったリヴァル達は、リヴァルを除いて安堵した。
「また、逃げられた・・・・・・」
ウルスラが呟く。
「おい、そこのあんた!」
その声はリヴァルであった。
「――あんた? 私の事か?」
ウルスラはリヴァルを見て言った。そして明らかに怒りの顔を見せる。
「そうだ! あんたのせいで俺とあいつの戦いが終わっちまった! よくも邪魔してくれたな!」
「――ほう、この私に口答えするとはいい度胸ね人間」
ウルスラは杖をリヴァルに向ける。
「やるか! エルフだからって」
「申し訳ありません!!!!」
リヴァルの頭をマリサが思い切り殴りつけて地面に叩き伏せさせた。
ウルスラは突然の事で唖然とした。
「えっ?」
「エルフ様! 本当に申し訳ありません! 何と失礼な事を! この者は愚か者でございまして、エルフ様への態度が分からぬボンクラなのです!」
マリサは必死に弁護する。当然である。天使に次に神聖とされるエルフにリヴァルの先ほどの態度は前代未聞の行いなのだ。最悪、命を取られてもおかしくない。
「えっと・・・・・・あなたは何者なの?」
「はっ! 私は神教のマリサと申します。改めてこの者の無礼を謝ります」
そう言ってマリサは頭をさげた。
「マリサ・・・・・・で、そいつはどうしてほしい?」
ウルスラはリヴァルの事は許す気はないらしい。
「おい! マリサ! ボンクラとは言ってくれるな!」
「黙ってくださいリヴァル」
久々に見た本気の怒りのマリサにリヴァルはただ無表情で「はい」言うしか無かった。
「どうか、どうか御慈悲を」
ウルスラはしばらく黙った後、本気でマリサが謝罪をしているのを気づいたのか、杖をしまった。
「いいでしょうマリサ。あなたに免じてその小僧を処しません」
「ありがとうございます」
「マリサ。この方はヘレネを見つけてくれたお方だ」
そこへヘレネを見つけて来たバロンが来た。背後には白い翼を晒したヘレネがいた。
「天使!? 天使様だったなんて」
林に隠れていたロトが驚いていた。
「それで――あなた達はどういう関係か詳しく話して貰いましょうか?」
「はい、エルフ様。でも、その前にこの洞窟にいると思われる人間を助け出してのですが、よろしいでしょうか?」
「人間? あいつが捕まえた人間かしら。まあ、いいわ。さっさとしなさい」
「はい、ありがとうございます」
マリサは礼をすると、リヴァル達と共に四人で洞窟に入った。薄暗い洞窟を進むと、ボロボロの服であったがロトの息子を見つけ出した。息子は座り込んでいた。
「あんたか! ワイバーンに捕まった息子ってのは?」
リヴァルが一番に駆け寄った。
「あんたらは?」
弱々しい声でロトの息子は言った。近づくと所々傷が目立った。
「我が力よ。我の令に従い、我に力を貸せ。
バロンの治癒魔術の基本術と言われる
「あ、ありがとう」
「あなたがロトの息子さんですね?」
「そうだが? 親父を知っているのか?」
「我々は旅人です。あなたを助けに来ました」
「ただの旅人があのワイバーンを蹴散らしたのか・・・・・・?」
「どうでしょうね?」
バロンの予想外の回答にロトの息子は不思議そうな顔を見せた。
「コリー!」
大きな声が洞窟内に響き渡った。その声の主はロトだ。居ても立っても居られずに息子を探しに来た様だ。
ロトはすぐさま息子コリーに駆け寄り、抱き合った。
「良かった! 本当に良かった!」
「おっ親父・・・・・・! 痛いよ」
無事の再会の場面にリヴァル達の顔はほころんだ。
「にしても何故あのワイバーンはなぜ息子さんを生かしていたんだ?」
「あいつは人間を食う奴じゃねぇって事だ」
バロンの問いにリヴァルが言った。
「本当にそれだけなのか?」
「だから、あいつは人間を食らう趣味はねぇんだろ」
バロンの言葉に続ける様にコリーが言う。
「確かに体を拭けとか、寝床を掃除しておけとか世話を焼かされたよ。あと見せしめの人質として連れ回されたよ」
「連れ回すって・・・・・・では留守にしてたら逃げれたのでは?」
バロンが問う。
「逃げたらあの村を焼く、村人どもを殺すって脅された。確かに逃げれたが、俺は皆が殺されるのが嫌だったさ・・・・・・」
「そうですか、よく耐えたましたね。それにしても変わったワイバーンだ」
バロンが言った。
ワイバーンの生態はよく分かっていない。どんな意図があってコリーを生かしていたのか不明だ。
「確かに変わった野郎だな、あいつ」
リヴァルは呟く様に言った。
「まるで人間みたいな言い方ですね」
マリサが言った。
「いいですか? あのワイバーンと認識があったなら最初から私達に言うべきでした。なのに黙っているなんて・・・・・・次やったら本気で怒りますからね」
「へいへい。分かった分かった。もう魔物の知り合いなんていねぇよ。ちょっと、びっくりさせたぐらいで怒るなよ」
懲りていないリヴァルにマリサはまるで怒った母親の様な眼差しをリヴァルに向けていた。バロンはそれを見て、姉を思い出した。バロンは一度、本気で怒られたくてわざと姉を怒らした事が一回あった。
その後、リヴァル一行、ロト親子は洞窟を出た。そしてリヴァル一行を除いてロト親子は村へと帰っていった。
当然、洞窟の出入り口にはエルフのウルスラが立っていた。フードで頭を掻くし、エルフ耳は見えないが、オーラから只者ではないとコリーには分かり、マリサに「あの方は誰だ?」と尋ねたが、マリサは言葉を濁して ちゃんと答えなかった。マリサはロトにエルフとヘレネの事は黙ってほしい事と、先に村に帰る様頼んだ後その場に四人は残った。
ロト達が完全に見なくなると、改めてリヴァル達はヘレネを除いてウルスラの目の前で跪く。
「ウルスラ様。あなたにお願いがあります」
マリサが言った。
「願いですって? 人間がエルフに? 何様のつもりかしら?」
ウルスラの言動にリヴァルは見るからに不機嫌そうな顔をする。
「無礼だと言う事は重々承知であります。ですが、私達はこの幼き天使様を天界にお送りする使命を受けているのです。ウルスラ様、ここで会えたのも何かの縁。どうか、このヘレネ様を天界にお返しください」
「あなた達の使命は分かったわ。それでどんな経緯であなた達は天使と共に行動しているか説明してくれないかしら?」
「分かりました」
マリサはヘレネを保護した経緯、そしてこれまでの出来事を偽りなく話した。
「分かった・・・・・・天使のヘレネ、あなたの不幸は同情します。ですけど――私はあなたを連れては行けません」
そのウルスラの返答にリヴァル達は驚いた。
「なんでだよ!? 折角、エルフのあんたに出会えたのに、ヘレネを保護できねぇだと!? どうしてだ?」
跪いていたリヴァルは立ち上がり、激しく言った。
「私には使命があるの。それを果たせないと里には帰る事できないのよ」
ウルスラは冷淡に告げた。
「使命!? 幼い天使を天界に送り届けるよりも大事な使命が他にあんのかよ!?」
「リヴァル!」
食って掛かりそうなリヴァルをマリサは制止する。
「黙りなさい。エルフには厳しい掟があるの。それを破る事など出来ないわ。長から与えられた使命は何よりも優先される。たとえそれが天使が関わっている事でもね」
「エルフの掟? 掟がなんだ! 天使の女の子一人天界に送ってやるなんて簡単だろ! あんたはエルフなんだろ!」
「先ほどから大人しく聞いていれば・・・・・・リヴァルと言ったかしら? それ以上無礼な振る舞いを私にするなら、殺してしまうけどいいかしら?」
「上等だ! 殺してみやがれ!」
リヴァルはついに喧嘩を買った。
「やめてくださいリヴァル!」
マリサは叫び、リヴァルの前に立った。
「どけマリサ! 小さな女の子を助けようとしねぇエルフなんざ戦って黙らせてやるよ!」
「リヴァル! あなたは先ほどのワイバーンの件の事をもう忘れたのですか? これ以上エルフ様に無礼を働くならあなたには王都に帰って貰います! 反省しているなら少しは自重してください」
マリサのその真剣な顔にリヴァルはついにマリサの本気度を知って、ふて腐れた態度であるが、再び跪いた。
「申し訳ありませんエルフ様。どうかお命だけはお許しください」
「本気ではないわ安心しなさい。私は寛大だからね」
「ありがとうございます」
マリサは頭を下げた。
「エルフ様。お尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
そう言ったのはバロンだ。バロンもエルフに対する振る舞いは心得ている。
「いいけど、何を聞きたいの?」
「先ほど仰っていた使命とはあのワイバーンを捕まえる事でしょうか?」
その問いにウルスラは少し目を丸くし、そして答えた。
「そこのガキよりかは賢そうねあなた――そう、その通りよ。私の使命はあの逃げたワイバーンを捉え、里に連れ帰る事よ」
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