第19話 君の怒りは、正解のない最悪のクイズ
千歳さんが泣き止むのを待って、僕らは山道を引き返す。
当然だが、今度は上り坂だ。滑る心配は先程より低くなったので、体の力は少し抜けたが、どちらにせよ体力的には限界が近かった。
いつの間にか吹雪も止んでいて、辺りが静寂に包まれている。
サクサクと雪を踏む音が異様に大きく感じられた。
充満する冷たい空気の中、無言の僕たちは、まるで静寂を強調するためにある悲しい楽器。
「ねえ、さっきの何」
「え?」
しんとした山中で千歳さんが急に口を開いたので、僕はびくりとした。
「さっきの何?わたしが全部悪いみたいなやつ」
「え、あー、えっと」
「何でわたしが全部悪いの?道間違えたの田中くんじゃん。しかも、走れとかすごい急かしてくるしさ、無理だよ、こんな山の中で、借りた靴で下り坂を走るなんて!無理じゃん!無理!」
さっきまで泣いていた千歳さんが、今度は激しく怒っている。僕は訳がわからなかった。その話は、麓に置いてきたつもりだった。
千歳さんを悪者にした件は謝ったと思う。でも千歳さんの中では終わっていなかった。それどころか、静寂の中で怒りは増幅していたのだ。
「道、間違えたよね。あんなに自信満々で先頭きってさ。その事まだ謝ってもらってないけど」
「あ、そっか、ごめん……」
道を間違ったことはまだ謝っていなかったのか。言われて気がついた。
「なにその不満そうな感じ!なんかやだ!」
千歳さんが喚く。そんなつもりは無かったが、千歳さんは怒っている。
「道を間違えたのは本当に申し訳ないと思ってる。ごめん」
僕は恐る恐る、別の言葉で謝った。はたしてこのクイズに正解はあるのだろうか。
「もういい!」
千歳さんは再び黙って歩き出した。
正解?したのか?いや?不正解か?もういいとは?許すってこと?もう聞きたくないってこと?
考えながら僕も黙って千歳さんの後を追いかける。上り坂はどこまでも続く。さっきここを登った時は、車の中で吐き気を堪えていたんだっけ。その時も君は不機嫌でさ。数時間前のことが、もはや懐かしい思い出のようだった。
すると、目の前を歩いていた千歳さんが、急にしゃがみ込んだ。
「どうしたの!?」
僕は千歳さんに駆け寄る。
「もういや。疲れた。もう歩けない」
千歳さんはうずくまって動かなくなってしまった。
正直、僕の足もかなり疲れている。負担の大きい千歳さんの足はもっと疲れているだろう。それは分かるが、ベッドが恋しいのは僕だって同じだ。
「おんぶしてよ」
「え?」
「おんぶしてよ!もう歩けないの!」
僕は目の前を見た。急傾斜の坂道に、容赦なく積もった雪。
そして、千歳さんを見る。
さらに、自分の足元を見る。ジーンズに包まれたガリガリの細い足が2本、頼りなさげに伸びていた。少し大きい雪山用ブーツが、足の細さを強調する。
僕は俯いたまま、顔を上げられなくなってしまった。
この時僕は、世界一みじめで、世界一ダサくて、世界一情けなかったんだ。
僕は下を向いたまま、なんとか絞り出すように言った。
「千歳さん、僕はアスリートじゃないんだ……」
「もういい!」
今度は多分、不正解の方だ。
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