第13話 吹雪の中、近づく僕らの距離
目を覚ますと、千歳さんは隣のベッドに寝そべってこちらを見ていた。
「そろそろ起きそうだなって思ったの」
「どのくらい寝てた?」
「2時間くらい。すごーくよく寝てたよ」
君はウフフと笑った。時計を見ると午後5時だった。
身体を起こすと、先程までの吐き気は消えていて、頭もスッキリとしている。僕もハードルを超えられそうだ。
「千歳さん、いっぱい寝ちゃってごめん。良かったらこれから散歩にでも行かない?」
勇気を出して名前を呼んだ。そして、デートに誘った。
千歳さんは一瞬驚いた顔をして、それから微笑む。
「行きたいけど、田中君が寝ている間に雪が降り始めちゃったの」
窓を見ると、ガラスに付着した雪で外が見えなくなっている。
ベッドから降り、窓を開ける。部屋の中にひゅうと冷えた空気が入り込み、寝起きの火照った頬に心地良い。窓を開けた時の振動でガラスから雪が剥がれ、真下に突き出した玄関屋根に落ちた。
外は真っ白だった。
先程まで快晴だったのに。いつの間にか全く違う国に来てしまったのかと疑う程の吹雪になっていたのだ。
僕は窓を閉め、再びベッドに戻る。
「散歩は無理だ」
「だよね」
千歳さんはごろりと仰向けになって、ウンと伸びをした。
いつの間にタイツを脱いだのだろう。裸足になっている。真っ白な足だった。僕はその足の指のひとつひとつがとても美しく繊細な作りをしていることに気付いた。
千歳さんの足の指のそれぞれが動く様子を近くで見たい。できれば触りたいと思ったが、堪えた。
だって僕たちはひとつひとつハードルを越えていくべきだから。
まだ課題は山積みなんだ。
「千歳さん」
「何?」
千歳さんはこちらに顔を向ける形で、横向きに寝転がった。
「僕は千歳さんの事をもっと知りたい」
「わたしの事?」
「そう。千歳さんの事。家族の事とか、友達の事とか、千歳さんの好きなものや、嫌いなもの。何でもいい。教えてほしいんだ」
千歳さんは戸惑いながらも、ぽつりぽつりと自分の話をしてくれた。全部知っている事だったけれど、嬉しかった。これまで盗み聞きしてきた君の情報を、君から直接聞くことができたんだから。
これでもう知らないふりをする必要もないと思うと、僕もだんだんと自然に話せるようになった。
最初はぎこちなかった千歳さんの自己紹介も、徐々に冗談混じりになって、僕も冗談を返したりもした。
「わたしのパパってね、ホントにカタブツなの。数学の先生って言われると、メガネで痩せたおじさんが浮かぶでしょ。そのまま、それがパパなの。おかしいでしょ。」
「銀縁のメガネで、目は大きくて、一重瞼で、色白で、頬はこけてる」
「それ!わたしのパパ!」
「もはや漫画のキャラじゃんか」
キャハハと千歳さんが笑う。僕も笑う。
「ママは昔すごく太ってたんだって。でも、おからダイエットで今はうんと痩せてるの」
「おからを食べると痩せるの?」
「そう。お肉の代わりにおからを食べて、我慢する。我慢の限界が来たら、またおからを食べて我慢するの。その繰り返し」
「ずっと我慢するってことね」
「そう。ダイエットは我慢以外することないってよく言ってた」
「運動はしないの?」
「我慢はスポーツ!」
千歳さんはそう言って人差し指を立てた。ママの真似だろうか。その仕草が面白くて、僕はまた笑った。朝の気まずさが嘘のようだった。僕たちの恋愛は短時間でまたステップアップしたのだ。
このペースならいける。僕はリュックの底にあるリングのことを思い出していた。
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