第8話 言っちゃった!好きだって
待ち合わせ場所にやってきた君は、水色の生地に黒いチェック柄のワンピース姿で、頭にはいつもの赤いカチューシャ。心なしか化粧が濃いのがなんだか嬉しかった。
抱えた黒のボストンバッグには、1泊分の服や下着が入っているのだろう。それを見た途端、これから君とペンションに泊まるということが、実感となって襲ってくる。僕は喜びというよりも、恐怖に近い感情になっていた。
君は緊張しないの?相手が僕だから?それとも、こんなことよくしてるの?
そんなこと聞けない。
それどころか、僕たちはおはようと言い合ったきり無言だった。
僕が電車の切符を買うのにもたついたせいで、少し気まずい雰囲気にもなっていたんだ。切符買ってくるよと券売機に向かったのはいいけれど、急行電車の切符なんて買ったことなかったから。
駅員さんに教えてもらってやっと買えたけれど、少し離れた所からつまらなそうにこちらを見る君の目がつらかった。
乗り込んだ急行電車の中は空調がきいていて暖かい。
僕は上着を脱いで、背負っていたリュックと一緒に棚の上に置くと、君の隣に体を押し込む。左側に強く熱を感じた。君の体温だ。
定刻通りに電車はするりと発車して、あっという間に東京を離れていく。流れる景色を眺めている君の横顔。教室で盗み見る時よりも、ずっと近くにある。その白い肌をずっと見ていたい気持ちもあったけれど、それよりも早く何か話さなきゃって焦ってた。
だって、ずっと無言って訳にもいかないだろう。
僕は勇気を出して、君の横顔に話しかける。
「ねえ、あのさ、その、ハンバーグ、好きなの?」
「え?」
君が怪訝な顔をしたから、僕はさらに焦ってしまった。
「いや、よく、学食で食べてるじゃない、ハンバーグ」
しまった、と思った。学食で君が何を食べているかをチェックしているのがバレてしまったかもしれない。僕は君に嫌われたくない。それだけは嫌なんだ。
「まあ、すきかな」
君はそっけなかった。
「そっか、みんな食べてるよね、ハンバーグ」
君だけをチェックしているのではないんだとアピールしたつもりだったが、意味はあっただろうか。僕はもう諦めて次の話題を探した。
「豆腐ハンバーグってどう思う?」
しまった。またハンバーグのことを聞いてしまった。
とうとう君は怒りだすだろうと覚悟したが、君の答えは意外にも素直だった。
「すき」
その瞬間、心臓を指でつつかれたような感じがした。鼓動が早くなり、体が熱い。
「和風ハンバーグは?」
「すき」
なんて素敵なんだろう。君の肌が真っ白なのは、君の心が清らかだからだと思う。
「ケチャップで食べるのは?」
「すき」
「目玉焼きを乗せたやつは?」
「すき」
「パイナップルが乗っているのはどう?」
「すき」
「僕は君がすきだ」
ゴッと音をたてて、電車がトンネルに入った。
車内が暗くなる。
しまった。しまった。しまった。
さっきまで火照っていた僕の体から、一気に血の気が引いていく。
君の素直な答えがあまりにもかわいくて、いとおしくて、気づくと口が滑っていた。目を大きく見開いてこちらを見ている君。
終わった。そう思った。ペンションも、麻婆豆腐も、リュックの底のリングも。
君は素直で、清らかで、自分の退屈を、冴えない男をからかって満たす意地悪な女の子。そうだろ。そんなことは最初から知ってるんだ。
それでも、もしかしたらってほんの少しだけ期待してしまった。
君があんまり素直に答えてくれるから、僕を好きになってくれる優しい女の子なんじゃないかって。
僕はバカだ。驚いた君の表情を見てわかったよ。
この旅行はここでおしまいなんだって。
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