第5話 君と初めてのディナー、これでいいの?
それからしばらく、ぼうっと座っていた。
まだ信じられない気持ちだった。
あの日、初めて学食で君を見た瞬間、僕はとにかく何かしなくちゃって思ったんだ。
なんていうか、君とどうにかなりたいって強く感じた。
とにかく何か行動しなくちゃって考えたけれど、結局君の話を盗み聞きするだけしかできなかった。
それなのにどうだろう。
気づけば、赤い屋根のペンションで、君と二人きりのディナーだ。
雪の降る夜、君はその日20歳になって、お酒も飲めるようになる。
そう、二人はもう子供じゃないんだ……。
シャンパンで乾杯したら、部屋に戻ってキャンドルを灯そう。
服を脱ぐ前に、君もそのカチューシャ、そろそろ外していいんじゃない?
僕が大人っぽいリングをプレゼントするからさ……。
ふと、大切なことを忘れているような気がした。
そうだ、リングの前に、君にに与えられたミッションをクリアしなくてはいけない。
ペンションの予約が取れなければ、全部おしまいだ。
僕はまた雑誌を見る。本当にこれでいいのだろうか。いや、君がこれでいいって言うんだから、これでいい。
雑誌を掴むと、教室から飛び出した。
廊下の端まで全力で走り、非常階段をかけ下りる。
外に出て人気のない物置小屋の影に滑り込むと、雑誌を見ながらダイヤルをタップした。
電話口に出た愛想のいい女性に、予約をしたいと伝える。
女性は僕の名前、住所、電話番号をてきぱきと聞き、夕食はつけますか?と聞いた。
「このペンションの食事、とってもステキ」
「ねえ、連れてってよ」
まるで甘えるカナリヤ。君の可愛い声を思い出す。
僕は雑誌を握りしめ、君のお目当てのディナーコースを女性に伝えた。
「あっ、はい、"中華モリモリ!8種の麻婆豆腐食べ放題ディナーコース 手作りゴマ団子と餃子付き(ご飯もおかわり自由)"を2人分」
電話を切り、改めて雑誌を見る。
並べられた麻婆豆腐の写真。
その上にさらに、苦しそうな顔で腹を抱える男性の写真がレイアウトされている。
その口元には「もう食べられないよォ~」という台詞の吹き出しがついていた。
「これで、いいんだよな?」
僕の問いかけに、もちろん返事は無い。
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