#041 嵐の季節⑥

「最近"不穏な噂"があってな。悪いが取り調べにもう少し付き合ってくれ」

「不穏な噂とは、具体的に何ですか? 正当な理由を説明できないなら、これ以上の足止めは承服しかねます」


 場所はイーオン。しかしこの場は、街の中であって外"でもある"場所。河川を越えるために集まった馬車から通行料を徴収しつつ、イーオン一帯の物流を管理する関所であり、その専用区画だ。


「はぁ? そんなの機密だから言えるわけないだろ。大人しく、待ってりゃいいんだよ」

「あぁ、あと、宿を予約するなら早い方がいいぜ」


 関所に勤務する警備兵が、親指で背後にある商人向けの施設群を指さす。今はまだ昼前であり、これは『今日中には関所を通行できない』事を示唆している。


「重ねて理由の提示か、通行許可を申請します。コチラの通行手形は、貴族様の連名で署名された上位のもの。明言出来ない理由での通行拒否は、犯罪行為に該当します。その場合、二千万以下の罰金あるいは懲役……」

「ちょちょちょ! 待ってくれ! 俺たちは班長に指示された内容を伝えているだけだ!!」

「いいい、今、班長を呼んでくるから! だからもう少しだけ待っていてくれ」


 大いに慌てる警備兵たち。それもそのはず、この馬車には警護のために王国軍兵士も同行しており、"不当"であると判断されれば"現行犯"の形で処罰されてしまう。その場合、言い逃れや替え玉も通用しない。警備兵本人と施設の管理者が即刻処罰されてしまう。


「……。だから、ドルイドには不穏な噂があって、ドルイドからの物品は止めるよう街長から指示を受けておりまして」


 慌てて飛び出してきた警備兵は、ひたすらにゴマをすり、低姿勢であった。もちろん、彼はこの場の責任者であり、それなりに"偉い"のだが……それでも街に勤務する警備兵は"下級公務員"にすぎず、正規の軍人に対して振るえる強制権は持ち合わせていない。


「それはイーオン側が国に申請もせずに"独自判断"で実施している規制ですよね? 対してコチラは、正式に国の認可を受けた許可証です。故に、どちらの判断が優先されるか……比べるのもおこがましいと思われますが、いかがでしょうか?」

「そ、それは……」





「そろそろ、終わりそうだな」

「流石に時間がかかりましたが、これだけ脅しておけば次からはスンナリ通れるでしょうね」


 俺はエスティナ様と2人で馭者に変装し、商人と警備兵のやり取りを眺めていた。


「しかし、表向きの手段で妨害できないとなれば、賊を使った物理的な妨害に切り替わるだけだぞ」

「問題ありません。むしろ、狙いは"賞金"ですから」

「なるほどな」


 イーオンを通る貿易ルートは、領主からの妨害が当然予測される。本来は危険極まる行為だが、対策が出来ているならメリットは大きい。

①、イームへならイーオン経由の方が早い。ルード経由だと2日かかり、更にルードの倉庫の維持費などの雑費も加わるのに対し、イーオン経由なら片道1日で済むので非常に効率がいい。


②、人目が多い。経済が衰退しており、尚且つ山奥のルードに比べて、イーオンは商人の往来も多く、襲うにしてもポイントは限られる。


③、賊狩りはビジネスになる。


 因みに、今回の積み荷は魔道具など非常に高価なものを運んでいるが、以降は調味料が中心となり、護衛は兵士や冒険者に任せる予定だ。



「商人を襲う野党は、商人ギルドから討伐報酬が一律10万が支給されます。更に生け捕りなら奴隷商に"犯罪者奴隷"として販売できるので1人30万になります。あと、この処理は冒険者ギルドが仲介に入るので、冒険者はクエスト達成と見なされ評価ポイントが得られますね」

「そこに、国や街からの懸賞金が加わるわけか」

「ホープスからも出ているので、最終的には賊1人捕まえるだけで100万近く儲かります。これなら、多少被害が出ても許容できるかと」


 ギルドからの30万に加えて、ホープスが掛けていた懸賞金が10万。この10万は、アバナも同様だが、ホープスの場合はルードを通さなくても良くなった為、輸送費の削減分で帳消しになっている。これだけで40万で、更に相手が賞金首だった場合は、その分の賞金も加算される。


 加えて、土地の管理者には『対策を講じる義務』があり、近日中に国から管理者である領主に"対策要請"が通達される手筈となっている。対策金は、犯罪組織やその中での立場に応じて決まるが(相場では1人10万のところを)50万を出させる予定だ。幹部クラスならともかく、下っ端に50万は破格の報酬なのだが、幸いなことに領主のミウラーには、これを断れない理由がある。


「相変わらず、権力や法律の扱いが上手いな」

「そうですか? まぁ、これでもケールズ魔法学園の商業科に通っていましたけど」

「我々騎士団、加えて指導している下部兵団も、当然座学はやっている」

「そうですね」

「しかし、それはあくまで規則を守るためであり……アルフ、キミの様に利用してココまでの事をやってのける"力"は無い。レイナ様がキミを参謀として隣に置きたがる理由はソレだ」

「そうですか? 会長の場合は、もっと違う理由だと思いますけど」

「ほほう、興味深いな。して、その理由は?」

「会長は精霊系の血が濃いですからね。自分と同じで、信頼できる相手が感覚的に分かるんですよ。もちろん、苦手な書類仕事や雑用を任せるのに都合のいい人材なのもあるでしょうけど……1番重要なのは"頭脳"ではなく、起源的な"相性"なんだと思います」


 純粋な精霊は思念体であり、言ってしまえば『心で見、心で話、心で動く存在』だ。転生者として日本人の感性も持っている俺に、その感覚を完全に理解するのは不可能だろうが……俺や会長には、本能として精霊らしい一端が遺伝子や、それこそ魂に刻まれている。


「そうか……それを聞いて、少し肩の荷が下りた気がするよ」


 本来、会長を補佐するのはエスティナ様の役割であり、それに必要な知識や権限を持っている。しかし、会長はエスティナ様に対して友情などの特別な信頼意識は向けていない。もちろん部下として重宝しているようだが、それはあくまで『不在を任せられる』ぐらいの感覚の様だ。まぁ、会長の生い立ちを考えれば、それでも上出来だと思うが……。


「そうですか。それは何よりです」

「「……………………」」


 静かに馬車が動き出す。





「報告します。昨日、ホープス商会所属の馬車が、ドルイドの商品を乗せ、イーオンの関所を通過しました」

「そうか。それで、私の言いたい事が、理解できるか?」


 貴族の屋敷。煌びやかでありながら薄暗いその部屋で、今日も屋敷の主が銘酒を傾ける。


「その件ですが、担当職員の"処刑"には、考慮の余地があるかと」

「下劣な平民からは、常に無能な人材が生まれる。それを淘汰し、少しはマシに保つのが"貴族の務め"だ。違うか?」


 酒の肴は、富であり、名声だ。無尽蔵に湧き出る欲望を抱え、屋敷の主の喉は"優越感"を求めて絶えず乾いていた。


「誠にもって、その通りにございます。しかし、この度はホープスも準備に余念がなかった様です。ルードでの妨害の意趣返しの意味もあるのでしょう。強制力の強い通行手形に加え"賊を対処せよ"と国から正式な要求書を携えた使者をよこして来ました。コチラが、その書簡にございます」


 書簡は高価な羊皮紙であり、王国の蝋印が押されている。これは正式な国からの辞令であり、領主としてこの要求を断る事は許されない。


「小賢しい真似を……。何が最低でも1人50万だ!」

「推測になりますが、かねてより行っていた妨害の首謀者が我々であると確信しているのでしょう。しかし証拠が無いので、この様な挑発行為に打って出た。ルードではなくイーオンでなら、賞金を払うのは我々になってしまいます」


 元々領主は、妨害に当たって少なくない資金を割いている。それでも、現地の無法者を使っており、そのリスクは極めて低いものであった。


 しかし、事が領内に移ると話は大きく変わる。ただでさえ安全策で積み荷は狙っていない所に、対策や懸賞金まで加われば、必要な資金が1桁どころか2桁に届くほどに膨れ上がってしまう。


「そんなもの、払えるわけが無かろう! 何が貴族だ、何が国だ! 権力を盾に調子に乗りおって!!」

「誠にもって、その通りかと」


 盛大なブーメランも、執事は無条件に肯定する。"欲"に溺れた者に客観的な視点を求めるのは無謀であり、それを指摘する事以上に不毛な行いは存在しない。少なくとも、この場には。


「そうだ! 対策費はルードの街長に出させろ! もともと馬車を襲っていた賊はルードの者で、犯行もルードだった。それなら、金を出すのもルードの責任であろう!?」

「申し訳ございません。それは、出来ないようです」


 しかし、その執事にも肯定しきれない事は存在する。


「賊に関してですが、拠点がイーオン近郊の林にあり、首謀者は"イーオンの犯罪組織"であったことが王国軍の耳にまで入っております。これを拒否するのは、ミウラー様の権限を持ってしても叶いません」

「なっ!? どうなっている!!」


 その理由は書簡に書いてあるのだが……残念ながら屋敷の主に、証書を埋めつくす小さな文字を端から端まで熟読するだけの集中力が備わっていなかった。


「ドルイドの現地諜報員とやり取りをしていた者たちの拠点が、ドルイドに滞在していた騎士に押さえられました。直接、その者たちとルードには繋がりはなかったものの、どうやら押収された資料から、関連性が認められたのだと思われます」

「な、ななななななな……」


 主の顔が見る見るうちに青く染まる。その手は震え、グラスに注がれた銘酒を絨毯が飲み干す。


「ですが幸い、我々に関する資料は見つかっていない様です。ルードとの関係性は予想外でしたが、その拠点も機密管理には細心の注意を払っております。ですので……ルードの件は、権力を利用して作り上げた捏造の可能性が高いと思われます」

「くそっ! どこまで劣等種は私の足を引っ張るんだ! すぐに、施設を利用していた者どもを始末しろ!!」


 彼らは知らない。施設は早い段階で村長に見つかっていた事を。見つかった上で、効果的に利用できるタイミングまで放置されていた事を。重要なのは"証拠"ではなく"お金"である事を。


 ともあれ、主からしてみれば賞金を出したところで直接懐が痛む訳では無い。用いられるのはイーオンの予備費であり、将来的に自分の懐に流れてくる"はず"だった資金のうちの1つに過ぎないのだ。




 こうして領主ミウラーは渋々、賊の討伐依頼の書面にサインしつつ、追加の賊の調達を重ねて指示した。

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