#040 嵐の季節⑤

「兵士の様子はどうだ? 壁を越えても油断するんじゃねぇぞ」

「分かってるって。むしろ、中に入ってからが本番だろ?」

「しかし……本当にココがドルイドなのか?」


 黒ずくめの男が3人、夜の村の片隅で身を潜める。しかし、その村の光景は"村"と言うにはあまりにも広く、何より近代的であった。


「出来たばかりって話だからな。行った事は無いけど、王都もこんな感じなんじゃねぇの?」

「そんな事より、さっさと倉庫か交易所を探せ。もたもたしてると……」

「そんなこと言ったってよ、どれがどれだか、サッパリだぜ」


 当然ながら全ての店は営業を終え、灯りは消えている。


「くそっ、すこし移動するぞ。看板とか、何でもいいからソレらしいものを見つけろ」

「へいへい」

「つかよ、適当な店に火をつけて帰らないか? 具体的に何処を焼けって指示されてねぇんだし」

「それは……最終手段ってことで」


 ここに来て、3人は自分たちの浅はかさに気づく。彼らは馬車などを襲う事は慣れているが『村に侵入して特定施設を破壊する』などの本格的な潜入工作の経験は無い。無いが故に楽観視していたが、楽だと思っていた仕事は、実際には楽でなかった。


 いや、それでも普通の村であれば楽な仕事であったのだろう。しかしこの村は、兵士が巡回する近代的な施設であり、その難易度は地方の村とは比べるべくもない。


「「!!?」」

「「………………」」

「おい、兵士の気配はあるか?」

「いや、ない」


 突然明かりに照らされ、3人が反射的に元居た脇道に飛び込む。しかし、兵士があらわれる気配はなく。時間だけが静かに流れていく。


「もしかして……この村の街路灯って、人を感知して光る仕組みなのか?」

「いや、んなわけねぇだろ? ねぇよな??」

「いや、俺に聞かれても」


 この世界にも街路灯は存在する。電気や油を必要とせず、魔力だけで発光するので送電などは不要な半面、それなりに高価なので普及は大きな都市に限られる。そんな中この村は、交差点など要所のみを照らす形を取っている。しかし、よく見れば街路灯らしき"柱"は点在しており、人感式である可能性は否定しきれない。


「仕方ない、交易所は諦めて、裏路地を行くぞ。倉庫なら、形で何となく分かるだろ」

「だろうな」


 仕方なく迂回する3人だが、すぐさま大きな勘違いに気づく。それは……。


「ダメだ、こっちも柱があって進めない」

「おい、もしかして……」

「な、なんだよ?」

「村の中心だけじゃなくて、脇道すべてに人感式の街路灯が設置されてるんじゃねぇのか?」

「んなバカな! 街路灯アレ1本だけでも一千万くらいするんだぞ!? 絶対、この先が重要施設なんだよ」


 そう、人感式の街路灯は魔力節約ではなく、あくまで防犯のために設置されていたのだ。そして、その状況を兵士が監視していない訳もない。


「もう終わりか?」

「「!!?」」


 背後からかけられる声に、3人の心臓は大きく跳ねる。


「な、なんだ女1人か。驚かせやがって」

「そう、見えるか?」

「「!?」」


 建物の陰から次々と顔を出す兵士たち。その光景を目にし、3人は滝のように汗を流す。


「まったく、ここまで設備が整っていると、逆に訓練にならないな。まぁいい、せめて……」

「ま、まってくれ!」

「ん?」

「何か勘違いしていないか? 俺たちはこの村の冒険者だ」

「そうそう。ちょっと風に当たりたくてよ、散歩していたんだ」

「酔った勢いで裏路地に入っちまったけど、俺たちは何もやってない。なのに、これだけ……」

「取り押さえろ。間違っても、自決はさせるなよ」

「「ちょま!!」」


 言い訳も空しく、問答無用で取り押さえられる3人。それもそのはず、実のところ3人は『村に入る前から見つかっていた』のだ。村の周囲には"人"を感知する結界が幾つも設置されており、その状況は警備施設で常時確認出来る。故に、路地裏と言わず、森の木々に身を潜めたところで"無駄"なのだ。





「エスティナ様。それで自分が不在の間、大事はなかったですか?」

「いや、特になかったな」


 夕方前、村に帰って早速、詰所に顔を出すも、どうやら賊はまだ仕掛けていなかったようだ。


「そうですか。そうなると、今晩にでも……」

「大事は無かったが、賊なら捕らえて牢にぶち込んである。生け捕りにしておいたから、大いに感謝していいぞ」

「いや、どうせ見殺しにする捨て駒なので、何も知らないでしょ」

「そうか……」


 顔には出ないが、めちゃくちゃションボリしているように感じられるエスティナ様。彼女は、物腰こそ落ち着いているものの、心の内は結構色々考え、喜怒哀楽が豊かだったりする。


「あぁ、もちろん取り調べはしますけど、一応言わせてください。賊の侵入は"大事"ですからね」

「少なくとも、私の中では違う。それに……」

「やめてくれません? お前も仕掛けてくるのを心待ちにしていたんだろ、みたいな目で見るの」

「まるで、違うような物言いだな」

「違いますよ。"村長"としては、ですけど」


 何処かの段階で領主が強行手段に出るのは予想していたし、対策も万全に整えていた。しかし"万全"だからこそ、事が動くのに備えて"待ち"が長くなってしまったのも事実だ。


「ふっ、まぁ良い。実戦でもキミの考案した警備用結界は有効に機能したぞ。いささか……便利すぎて緊張感に欠けたがな」

「実戦に緊張感が持てないのは、実戦の危険性を理解できていない、あるいは薄れている証拠です。訓練、ヌルすぎやしませんか?」

「なるほど、その意見は一理あるな。よし、訓練メニューを見直すとしよう」

「そうですね。あと、訓練の見直しを告げる際、自分の名前は出さないでくださいね」

「…………」

「やめてくれません? 絶対言ってやろう、みたいな目をするの」

「善処しよう」


 満面の笑み(無表情)を浮かべるエスティナ様。


「あぁそれと、もう1つ」

「ん?」

「近いうちにホープス商会と取引します」

「それは、アバナ商会を介さずにと言う事かな?」

「はい。直接、ホープスの商人が村に出入りします。しかも、イーオンの交易路を使って」

「そうなると、警備体制も見直さなくてはな」

「はい。冒険者も動かすつもりですが、後日、改めて調整の場を設ける予定です」


 イーオンは領主の"お膝元"であり、そこを堂々と使って交易を行おうと言うのだ。平穏無事にいく訳が無い。俺も『秘密主義でやり過ごせる』なんて思っちゃいない。必要があるなら、剣だって交えるまでだ。




 こうして領主との戦いは、明るい舞台へと移行する。

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