#036 嵐の季節①

「壁に囲まれた街で暮らしていると、あまり気にならないだろうが……この辺りは冬が穏やかな代わりに、夏に嵐が来る。だから、農作物を守る対策は必須だ」

「それでは、冒険者ギルドに指示を出し……。……?」


 山で採れる作物の収穫は落ち着き、季節は廻って夏。まだまだ稲穂に重さは感じられないが……なんとか、利用可能な農地は全て、色鮮やかな緑で埋めつくすことが出来た。


 10億と比べてしまうと取るに足らないが……それでもこれは『ドルイドコインと苗の販売』の恩恵と言っていいだろう。増税に対して村人が保守的になり、土地や作物、ひいては農具まで手放す流れになっていては、これは叶わなかった光景だ。


「大変だ、兄ちゃん!」

「どうしたのルーク君。血相を変えて」


 "夏の嵐対策"で、ティアナと農地を廻っていると、わざわざルークが農地まで駆けてきた。今の時間だと……本来ならば、ドルイドを往復している荷馬車の"荷下ろし"で忙しいはずなのだが。


「大変なんだよ! 馬車が! 荷馬車が襲われたんだ!!」

「…………」

「落ち着いてルーク君。まず、状況を整理して、ゆっくりはなして」

「それが……」


 状況を纏めると、どうやらルードの街に入る前にウチの馬車が賊に襲われたようだ。幸い、護衛を同行させていたこともあり、死傷者は出なかったが……馬車は破損し、積み荷もダメになってしまった。


「そっか、馬車は残念だったけど……人的被害が出なかったのは不幸中の幸いね」

「でも、なんだかそれでアバナ商会が文句を言ってきてるみたいなんだ。期日までに規定量が届かなかったから、契約先とモメて……それで違約金を折半しろ、とかなんとか」

「え? それは……どうなんですか??」


 もっともらしい理由に、2人は揃って俺の顔を覗き込む。確かに大口契約の場合、商品が納入されないと違約金を求められるケースは確かにある。しかし、こちらは小型の馬車で毎日同じ量を運んでおり、その1回が遅れたくらいで、違約金を求められるような事態には"普通は"発展しない。


 何せこの世界、到着が2~3日ズレるのは当たり前。とくにこれからの時期は、嵐で街道が崩壊し頻繁に通行止めになる。まぁ、それでも何かと理由をつけてゴネてくる客は居るだろうが……仮にもホープスに勤めていたキエルドさんが、その程度の言いがかりに屈するとは思えない。


「……まぁいい、今回は払ってやれ。しかし、本来アバナと客が結んだ契約に、卸し元のウチが違約金を払う義理はない。次は絶対に払わないと念押ししておけ」

「おぅ。わかった!」


 その場はそれで丸くおさまったのだが……。





「お忙しいところ申し訳ありません」

「いえ、まぁ忙しいのは事実ですが、大切な取引相手ですから当然時間は作りますよ。それで、お話とは……」


 後日、今度はわざわざキエルドさんが村に出向き、急遽会談の場が設けられた。まぁ、まず間違いなく悪い話だろう。


「申し訳ぇえ……ございません!!」


 突然の土下座。その、流れるような一連の動作は……大手商会に勤める商人であり、左団扇でやっているほど甘くは無い事を物語っていた。


「えっと、とりあえず、内容を聞いていいですか?(面を上げろとは言わない)」

「その、ドルイド産調味料の売買の件なのですが……先方と交渉が難航しており、売価の大幅な値下げをせざるを得ない状況となりました。もし、値下げを断れば、仕入れ量は大きく減らされてしまう見込みでして……」

「別に、他の相手に売れば済む話なのでは?」


 毎日箱単位で送っているのは"調味料"であり、到底一軒の取引先で消費できる量ではない。それこそ、王都だけでも消費できるか怪しい量で……現に、近隣の街や村にも販売していると言う話だった。


「それが、なかなかそうもいかないのです。王都の近隣では、メグミシリーズの粗悪な複製商品が安価で出回り、販売量は激減。それでも、高級志向の有名店は、本物を続けて買ってくださっているのですが……その、残念ながら同じ値段で販売するのは困難な状況となってきまして」

「なるほど、つまり貴族ご用達の高級店に、足元を見られているわけですね」

「そ、その通りです! もちろん、永続的にとは言いません。粗悪品の売れ行きは一時的なもの。味の違いが知れ渡れば、すぐに需要は回復し、こちらも強気に交渉できるようになります!!」


 実にもっともらしい理由だ。しかし、考えてみれば矛盾は多い。まず、貴族向けの外食店は、そもそも恵シリーズを買わない。何より格式を重んじるので、既製品の調味料を使うなんて有り得ない話だ。


 加えて恵シリーズの価格は、冒険者や一般料理店なら充分に手の届く価格(ホープスがボッタくり価格で販売していたのなら別だが)となっている。粗悪品の出来栄えがどれ程なのかは知らないが……そこをケチるくらいなら、最初から『塩でイイじゃん』って話になる。


 とは言え、問題はそこではない。ここで俺が値引き交渉を蹴ったとして、他に売る相手がいない……いや、ルードやベヨネアなど小さな取引先は存在するが、それでは消費が追い付かない。結局、足元を見られているのは他でもない、ドルイドウチなのだ。


「分かりました。では、これくらいでどうでしょうか?」


 あえてここは、ギリギリの値段を提示してみる。


「!? そ、その……も、もう一声!」


 一瞬ではあるが、キエルドさんの顔に"驚き"が見えた。多分だが、キエルドさんが想定していた"限界"がいきなり飛び出してきたので驚いたのだろう。そして、すぐさま予想を変更し、通常通り値引き交渉に入る。


 それなら今度は、原価ギリギリの値段を見せてみる。ここまで来ると、ただの塩と大差ない値段だ。これで粗悪品に値段で勝負できないなら、その商品は塩より安い事になる。


「これならどうでしょう? コチラとしては限界まで譲歩した価格なのですが……」

「も、もう一声! せめて、このくらいは……」


 話にならない値段が出てきた。もちろん、ここから交渉で少しは値上げできるだろうが……これでは無知な地方の農民をボッタくっているのと変わらない。当然だが、俺はそんな罠には引っかからないし、そのあたり、キエルドさんも理解しているはずだ。


「その値段でお譲りできるのは、今の10分の……いえ、限界まで頑張っても5分の1が限度ですね」

「それでは、先ほどのお値段でいいので10分の1の量を……。売れ行きが回復しましたら、順次、値段や仕入れ量に反映させますので!」

「では、当面はその価格で」




 こうしてドルイド産調味料は、一時的に儲けのない状態で販売することとなった。

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