#035 それぞれの表と裏④
「……。それでは、コチラが受け取りの証書です。お納めください」
「確かに。それではキエルドさん、また明日」
ルードに借りた倉庫で、今日もドルイドから運ばれた木箱を受け取る。
「キエルドさん、この木箱はどうしましょう?」
「すぐに王都に輸送するので、馬車に載せておいてください」
「了解です」
ドルイドで生産される調味料は飛ぶように売れている。当初は、王都とルードに限定で販売していたが……その味や使いやすさから好評を博し、ホープス商会の運輸網を用いて王都周辺、更には大陸全土に輸出する方針となっている。
「キエルド、久しいな」
「こ、これはアバナ様、事前に仰っていただければ、お出迎えをしたものを」
王都から戻ってきた馬車から現れたのは、我らがアバナ商会の商会長、アバナ様その人だ。本来なら学園で勉学に励んでいるはずなのだが……どうやら、お忍びで来なければならない事態に陥ったようだ。
「そう慌てるな。急を要する案件では無い。しかし……このまま兄さんを放置するわけにも、いかないからな」
「心中、お察しします」
それまでドルイド産の調味料は、一部をアバナ商会が輸送しているものの、基本的にはホープス商会の輸送網を利用して王都に届け、そこからはホープスの店舗でホープスの商品として販売している。つまり我々は"卸し業者"として活動しているのだ。しかし、アバナ様の躍進に目を付けた御兄様たちもが調味料の販売にのりだした。
現状、アバナ商会の卸しの立場から見れば、販売する窓口が増えることによる"益"は大きい。しかし、中長期的な視点を考えると楽観視は出来ない状況となっている。
「兄さんたちは、ホープス商会の看板をたてに、王都に送った商品を次々と中継都市で名義変更して、自分たちの販売網で販売しだした。それも仲介手数料"無し"でだ。しかも、調子に乗って価格操作や……質の悪い塩で"嵩増し"までやっている疑惑がある」
「なんと! それは由々しき事態です」
つまり、我々が本店に販売したはずの商品が、ライバル関係にあるホープス系列の"姉妹店"に納入されてしまうのだ。
コネを使い、商品を安く仕入れ、高く売る。それは商人として当然の行為であり、我々に批判する義理は無い。しかし、ホープス内でも御兄様たちの経理は独立しており、そこで本店に献上されるはずだった"成果"を横取りされ……更には質の悪い嵩増し商品に加工・販売されては、これまで育ててきたブランドイメージを損なう結果となる。そうなれば、今後の売れ行きのみならず、アバナ商会の事業展開にも大きな足枷となるだろう。
「何が面倒で厄介って、身内の不祥事なところだ。他の商会なら、いくらでも言ってやれるのだが……」
「王都に送る馬車を、身内に限定しますか?」
「そうしたいのは山々だが、それでは短期的な利益がな……」
悪用されたくなければ、アバナ商会の商会員に輸送させ、卸しの処理や、それこそ小売りまでやってしまうのが確実だ。しかし、それではホープスのネームバリューや販売網を利用できず、今度は規模縮小の影響で大きく収益を損なう結果となる。
もちろんアバナ商会は、既に少なくない収益を上げている。しかし、その利益の殆どを馬車の購入や人員の増強に投資しており、経営自体は"赤字"なのだ。そんな状況で、今さら経営方針をローリスクローリターンに切り替えるのは難しい。
「あとは……そうですね、販売店にマガイ物との判別方法を告知するのはどうでしょう?」
「それは……正規品を再加工しているので難しいだろうな。それに販売店側も、儲かれば何でもいいってのが本音だろう。判別できたところで、気がつかなかったフリをされるのがオチだ」
「確かに……」
正規品は、当初から充分な品質管理がなされている。商品はすべて箱単位の販売であり、その木箱も封印付き。開封すれば一目で分かるし、焼き印を見れば何時生産され、それが何箱中の何箱目なのかまで分かるようになっている。
「だから、俺が(学園を休んでまで)ココに来た。兄さんたちに中抜きされる前に、ルードで卸しの処理をしてしまう」
確かに、ルードで卸しの処理をしてしまえば、アバナ商会とホープス本店とのやり取りは確定する。例え、中継都市で名義を変更されても、それはあくまで本店と支店間でのやり取りであり、本店から我々に支払われる報酬や実績は確りお互いの帳簿に残るのだ。
「それは……危険ではありませんか?」
素人には分かりづらい話だが『どの街で会計処理をするか』は非常に重要だ。王都で必要な処理を行えば、ホープスの事務所や人員を活用できるほか、税金もこれまで通り王都に納める形になる。それを地方に移転すれば、手間は増えるし、何より王都の貴族の庇護から外れてしまう。
ドルイドは現在、領主のヤークト家から強い圧力を受けている。それでも問題なくドルイド産の商品を販売できているのは、上手くヤークト家の目を盗んでいる事も大きいが……一番の理由は『ホープスは王都の貴族の庇護下にあり、下位にあたるヤークト家は手だし出来ない』からだ。もし、その庇護を受けられなくなれば、最悪、両方の貴族を同時に敵に回す展開になってしまう。
「リスクは承知だ。まぁ、アルフに知られれば、タダでは済まないだろうがな……」
ドルイド産の商品を王都で処理している理由は他にもある。それは『アルフ氏との契約』だ。貴族に関しては確かに問題だが、実際のところアバナ商会は別商会であり、その会計を分ける分には幾らでも言い訳ができる。
しかし、ドルイド側はそうもいかない。我々はイザとなればドルイドと利益を切り捨てれば済む話だが、ドルイド側は村の存続にかかわる重要な問題となる。よって『1年間はホープスの名義を使い、王都に商品を卸す』契約となっている。まぁ、御兄様たちの中抜きを許してしまっているが、会計処理自体は王都にて行われているのでグレーではあるが、黒にはならない。実際その方法で、すでにルードの個人商店に、我々も商品を卸している。
「そうですね。それが賢明な判断かと」
口には出さないが、綺麗ごとを言うなら『友人としても商売人としても、契約違反は最低の行為』だ。もし、契約違反していたことがアルフ氏に知られれば、来期からの専属契約は破棄され、それこそ御兄様たちがアバナ様に代わってアルフ氏と専属契約を結ぶ可能性もある。そうなれば、アバナ商会がこれまで行ってきた投資がすべて無駄、更にはドルイド側に制裁も出来なくなってしまうだろう。
「まぁ、もしバレたところで、今のアルフに俺たちを切り捨てる選択肢はない。足元を見るようで悪いが、これも"商売"だからな」
商売に善悪はない。『信頼が何よりも重要』と言う意見もあるが、だからと言って義理"だけ"で商会を大きくする事は困難であり……上を目指すなら、清濁をあわせもつ必要がある。それで言えば、アバナ様は間違いなく才覚があり、同時にすべてを失う危うさもある。
こうしてドルイド産の商品は……ホープスではなく、アバナ商会の商品となった。
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