#032 それぞれの表と裏①

「まったく、御父様や御兄様は何を考えているの!? これ以上、ドルイドと関係を悪化させて……」

「"フィーア"様、それ以上はお控えください。御二人とも、深い考えがあっての事です」


 馬車の中で、仕立ての良い衣服を身に纏った少女が毒づく。彼女の名前はフィーア・L・ヤークト。領主を務めるヤークト家の末席に名を連ねる者であり、実務を交えて、教養と経済を学んでいた。


「爺は御父様の味方なのね?」

「その様な事は……」

「でも、私は私。いずれこの地を離れるとしても、今は私なりの方法で、領地を繁栄させてみせるわ!」


 この国では、貴族の家に産まれたからと言って無条件で貴族になれる訳ではない。当たり前の話だが、特権階級である貴族の数が増えれば、平民以下の層から吸い上げられる"富"の分配が目減りしてしまう。その為、くらいに応じて相続できる爵位には制限があり……末の子が貴族であり続ける事を望むなら、他の貴族と結婚し正妻(あるいは婿養子)になるか、相応の功績をあげて継承枠を増やす必要がある。


「流石はフィーア様、ご立派になられて、爺も嬉しく思います」

「ちょ、やめてよ爺。最近、ますます涙もろくなったんじゃない?」


 フィーアは幼少の頃より本家を離れ、老執事の指導のもと、各地の農村の農業や経済活動を支援する仕事に従事していた。


 本来なら、貴族の娘として(政略)結婚していても不思議のない歳ではあるが……地方貴族の中でもヤークト家はとりわけ横のつながりが薄い(孤立している)事に加え、本人も事業家として上を目指す意思があるため、婚姻の話は現在保留となっている。


「――コンコン―― ドルイドの関所が見えました」


 馭者が、目的地に到着したことを伝える。


「ご苦労。そのまま関所につけてください」

「畏まりました」

「はぁ~。まさかこんな形で、アルフと再会する事になるなんて……」


 フィーアが腹部をさすりながら呟く。ドルイドの現村長であるアルフとは、幼少期から交流があり……何を隠そう、農業や経済の基礎を教わった"恩師"でもある。


 そんな相手に対し、(直接関与していないとは言え)親を処刑し、更には強引な手段で村長の座を奪おうとしている。これは貴族として育ったフィーアにとっても理解できるほどの明確な"不義理"であり、若い彼女の胃を大きく傷つける原因となっていた。





「お待ちしておりました、フィーア様」

「えっと、その……出迎えご苦労」


 冬が終わり、天候が安定しはじめたこの時期を見計らい……ついに領主が、公式に村を訊ねてきた。


「この度は、わざわざ村まで御足労いただき、農業や経営の指導をいただけるとのことで、大変光栄に存じて……」

「ぐっ!」

「あの、お加減でも?」


 突然、腹部を押さえ姿勢を崩したのは、当主"代理"として村を訪問したフィーア様。流石に当主本人が出向くことは無かったが……形式だけの代理人(平民)ではなく血縁者(貴族)を送り込んできたのは、本気具合が伺える行動だ。


 今まであった裏からの妨害工作とは違い、植え付け時期に合わせた訪問は領主の正式な業務であり、流石にコレを拒否する事は許されない。本来なら、代理人に挨拶をさせて終わる形式的な行事なので、いくらでも誤魔化しようはあったのだが……。


「いえ、お構いなく。それより、時間が惜しいです」

「まぁ、そう急くものではないぞ。貴族として、優雅な振る舞いを心掛けるのも……」

「なっ!? アルフ! これはどう言う事ですか!!?」


 突然、驚きをあらわにするフィーア様。それもそのはず、何気なく話に絡んできた兵士は、騎士であり、フィーア様より遥かに高い権力を持つエスティナ様だ。面識は無いはずだが……どうやら軍服に刻まれた"紋"を見て、貴族である事を察したようだ。


「えっと、コチラは騎士のエスティナ様です」

「うむ。良しなに」

「え!? 失礼しました! 近隣の領地を管理しているヤークト家の……! ……!!」


 土下座とまでは行かないが、それに近い勢いで頭を下げまくるフィーア様。エスティナ様は軍閥なので(普段から平民の兵士と混じって行動する事もあり)階級を振りかざす事は無いが……2人の間には、それほどまでに大きな"権力の差"が存在する。


「現在、村では……新人部隊の訓練として施設を一部提供しており、エスティナ様はその教官として滞在しております」

「そそそそ、そうですか!? グッ!」

「一応、申請は通していたはずなのですが……」


 またしても腹部を押さえ、姿勢を崩すフィーア様。一応、新区を『そう言った目的で使用する』事は書面で通達していたのだが……(念のため申請は片っ端から通していた事もあり)情報が伝わっていなかったのだろう。それに、仮に知っていたとしても『騎士が村に滞在している』など予測できるはずもない。


「折角なので、私も視察に同行しよう。なに、領地経営は専門外だ。口は挟まんよ」

「そ、そうですか……」


 好き勝手させないために、エスティナ様には事前に擦り合わせをしていたのだが……ここまで上手くいくと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。実際、フィーア様は恨みのあるヤークト家の一員である事は事実だが、逆に言えばソレだけ。元より末の子として継承権は無く、男児と違って嫁ぐことが分かっているので、直接お家の事業にもかかわっていない。


 推測の域を出ないが、俺の見立てでは……フィーア様は父さんたちの処刑にはかかわっておらず、真相も知らないものと見ている。あくまで、今回の様にヤークト家の名を掲げる行事の代行として使われる立場であり、いざとなればその時々の都合に合わせて嫁ぎ先が変えられる存在。それがフィーア様なのだ。


「えっと、よろしければ、村を視察する前に……工房でお薬をお出ししましょうか?」

「……その、お願いします」


 あと、オーラとは別に、単純にこの人、苦労人で憎めない。




 そんなこんなで、俺はフィーナ様の視察を受け、正式に(新区も含めて)村の現状を領主に見せつける事にした。もちろん、マズい部分は確り隠すが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る