#026 動き出す新区⑤

「あ、海です! 海が見えてきましたよ!!」

「あぁ、そうだね……」


 粉雪がチラつく冬の海に興奮するナタリー姉さん。俺としては、一目見ればお腹いっぱいなのだが、娯楽や情報伝達に乏しいこの世界では、"旅"は掛け替えのない体験になりえるのだろう。


「兄ちゃん、村が見えてきたけど、どこから入ればいいんだ?」

「あぁ、馬車を一旦あの辺に留めて、受付をする。多分、ソコソコ待たされると思うが……。……?」


 ルークに馬車の操作を教えつつも、やって来たのは漁村"ベヨネア"だ。ベヨネアは、ドルイドの森を北東に突っ切った先にある辺境の漁村なのだが、我が村と同様に森や海の往来を監視するための存在であり(管理している領主は違うものの)古くから付き合いのある村だ。


「それにしても、なんだか久しぶりな気がしますね。こうして、村長と秘書として、活動するのは」

「そうだね。あっと言う間だったけど、終わってみれば、なんだか長かった気もする」


 現在は、二次開発期間も終わり、俺は調理人ではなく村長として活動している。とは言え、今日は道や諸々を教えるためにルークを連れてきているが、ルークには引き続き新区の監督を任せており、俺も外交面では村長として振舞っているが、村内では企画・人員調整・調理・経営指導の4つが主な業務となっている。


 予定では(二次開発終了後は)身内だけで作業を進める予定だったが、二次で予想を超える人員が集まり、その半分近い人員が新区に残り、開発作業や料理人の教育を続ける事となった。


「おぉ、ようこそベヨネアへ! アルフ殿、お待ちしておりました」

「ご無沙汰しています。……。……?」


 特別な出迎えなどはないが、それでも村長自ら挨拶や案内に来てくれた。まぁ、これは辺境の村ならよくある事だが……ベヨネアの村長の態度は、それと比べても好意的な印象を受ける。


 そして、その原因はココにある。


「おぉ、これが新しい魔道具ですか!?」

「これは魚や海藻を乾燥させるための魔道具です。倉庫にでも設置すれば、内部を天候に関係なく乾燥した状態に保てます」

「おぉ! つまり、これで年中干し物が作れるわけですな!?」

「えぇ。でもに当てるのも重要なので、あくまで避難用と言うか、冬場でも出来るだけ日中は……。……!」


 ベヨネアには、俺が作った各種魔道具を"特別契約"で設置している。今回は食品乾燥機だったが、メインは海水から食塩を生成する食塩生成機だ。


 ベヨネアは漁村であり、ドルイドと同じく産業が季節や天候の影響を受けやすい、不安定な収入源に頼る村となる。そこで役に立つのが、魔道具による屋内生産だ。


 例えば、食塩は海水が無尽蔵に入手できる漁村なら、同じく無尽蔵に生成できそうなものだが、実際には広い土地で海水の水分を蒸発させ塩分を濃縮する作業が必要になるので天候が安定する時期しかできず、最終工程でも大量の薪と手間暇が必要になる。それが魔術式食塩生成機があれば、屋内生産が可能となり、少ない人員、少ない手間、少ない維持費で年中安定した生産量を確保できる。


「それで……相談なのですが、食塩生成機を増設したいと考えておりまして……」


 村長が顔色を伺いながら問いかける。


 大規模な魔道具は安いものでも1000万からと非常に高価だ。当然、これを幾つも同時期に導入するのは金銭的に不可能であり、導入には初期導入費用を抑える特別契約が必要不可欠となる。


「そうですね……指定した干物を優先的に用意してもらえるなら、あと2機ほどご用意できますよ」

「おぉ! それは助かります。是非! 2機ともお願いします!!」


 特別契約の内容はこうだ。例えば1000万の魔道具を販売したとして、その料金を10年で割り(1000万÷10年=年間100万)その代金を生産物で相殺するのだ。塩で言えば、1機で年間2000kg前後の食塩を生成できるので、そこから1000kg強の食塩をドルイドに引き渡せば、1年分の代金を完済したことになる。


 食塩は、魔道具さえ設置してしまえば殆ど手間はかからない。よって、それこそ10機でも100機でも設置すれば、しただけ村は儲かる。しかし、実際にそれほど大量に食塩を生成してしまうと、消費は追いつかなくなるし、値崩れもする。


「それでは早急に用意させます(作るのは自分だけど)」

「いやはや、本当にアルフ殿が魔道具に長けていて助かりました」

「いえいえコチラも、ベヨネアの良い塩や海の幸が安定して手に入り、助かっていますよ」


 この契約(魔道具を自作できるなら)実質タダで塩や干し物を入手できるので、非常にホクホクな商売だ。特に塩は、これから加工食品を大量生産するにあたって重要になる。ぶっちゃけ、年間数トンほど消費する予定なので、むしろベヨネア側が欲を出してくれて大助かりだ。


「あぁ、それと、就職の件ですが、要望にあった人材のリストを作ってはおきましたが……その、本当によろしいので?」

「えぇ、助かります。最終的には面接に合格した人のみとなってしまいますが、基本的には条件に合う人は全て受け入れる予定です」


 加えてルード同様に、ベヨネアでも人材のスカウトを企画した。まぁ、条件としては少し特殊になるのかな? 一言で言えば"一芸入試"で、特定の事柄に特化しており、尚且つ(苗作りを任せているグラムの様に)お金や他の仕事に目移りしにくい人材を狙っている。


「それでは、ご案内いたします」




 こうして、俺はベヨネアで海産資源の調達と、掃除好きや花好きなど、片寄った人材をスカウトしていった。

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