#025 動き出す新区④

「料理店を経営するにあたって、1番重要になるのが衛生管理だ。確かに味や利益には直結しな……。……!」


 昼過ぎ、俺はブランや料理人志望の連中を集め、店舗経営の講義をおこなっていた。


「質問なんですけど、そもそもルードじゃ、マトモな水が手に入らないんですけど?」

「話を聞いていたのか? 無いなら高い水を買うか、魔動浄水器を買え」

「えぇ……」


 因みに、短期集中コースなので多少口が悪くなる時もある。


「その、あまりお金をかけては、採算がとれないって言うか……」

「浄水器に関しては割引してやれるが、それくらいの投資も出来ないのに自分の店を持つのは高望みが過ぎる。まぁ、泥水で料理を作ろうが、最終的にはお前たちの自由だが、ドルイドや俺の名を店舗にかかげたら、ミンチにして家畜の餌にしてやるから覚悟しておけ」

「うっす」


 半分冗談だが、これから社会に出る若者にヌルい教えをするのは間違い。そんなものは無責任な甘やかしで、将来的にはお互いの首を絞めるだけだ。


「まぁ、金を用意するアテが無いのなら、ドルイドで開業すればいい。あと、ついでに言っておくが、店を持つなら読み書きと法律の勉強、あとは算術も出来ないとダメだぞ」

「「ぐっ……」」

「まぁ、全部自分でやる必要は無い。簡単なのは、すでに食品関係で商売をしている経営者を抱き込み、共同経営をする事だな」

「おぉ、それならイケそうだ!」

「まぁ、そのアテも無いなら、前に言った"加工の仕事"でもして、勉強と貯金をするんだな」


 彼らには3つの選択肢がある。

①、ハイリスクコース。ルードなどの別の街に出店して自力や家族などの支援をもとに頑張ってもらう。

②、ミドルリスクコース。新区に今後建設する予定の屋台通り(フードコート)に出店してもらう。

③、ローリスクコース。店舗の経営には関わらず、加工食品の製造に従事してもらう。


 基本的に①は、家族などのツテがある人限定で、あとは希望しても振るい落とす。メインは②で、特例の料理に特化して調理と店舗運営の基本を、実戦を通して学んでもらう。しかし、客が冒険者や集まった商人だけなので売り上げは期待できない。③は救済案。本来は村人や孤児向けの副業に近い作業内容となる。


「うぅ、将来の事を考えていたら、頭が爆発しそうだ」

「わかる! メシを作って売るだけだと思ってたのに、まさかこんなに大変なんて」

「どうせレシピさえ覚えてしまえば、あとはラクしてボロ儲け出来るとか考えていたんだろ?」

「「うっ……」」


 しかし、分かっていたがどうしても孤児と見習い職人崩れでは、意欲や認識の差が目に付いてしまう。ツテや料理の腕も大切だが、やはり前提として意識改革が必須であることを感じてしまう。


「気持ちは分かるが、ボロい仕事でも、気を抜いていたら直ぐに悪いヤツラに騙されて全財産を持っていかれるぞ?」

「あぁ……たしかに」

「知識は覚え得だ。騙されてスラム生活になった"未来の自分に"刺し殺されない程度でいい、それくらいは頑張ってくれ」

「「うっす」」





「いやはや、ここまで活気があるとは。流石はアルフ氏ですね」

「おべっかは不要です。あと、新区ココではシェフと呼びすてにしてください」


 今日も今日とてせっせと案内。作業速度が速まった事もあるが、ルークが俺のかわりに村長をやっていてくれて、本当に助かる。


「これは失礼しました。しかし、面白いしくみですね。この新区は……」

「まぁ、イチから作れる特権ですね」


 商人のキエルドさんが感心しているのは、新区の区画指定や道路の設定方法だ。新区は、商業店舗や住居などの指定区画以外にも歩道と車道(商品搬入専用道)が完全に独立しているのが特徴だ。


 例えば、商人が馬車で新区に来たとして、馬車が入れるのは商業区画にある商店の裏手の車道までで、許可なく表通りに馬車を入れればソレだけで罰せられる事となる。逆に、商人以外が無許可で路地裏にあたる車道に入れば、それだけで罰する事が出来る。


「これなら、不審者が店の裏でたむろしていても、それだけで強制排除できますね」

「商売とか関係ないですが……防衛面でも、物流を損なわずに不審車両を主要施設に接近させずに済むので、非常に有用ですよ」

「いやはや、若くしてそこまで気が回るとは、全くもって恐れ入ります」

「まぁ、領主がハッキリ見えていますから」

「…………」


 因みにアバナ商会は、新区の店舗を1つも契約していない。今回の訪問は下見がメインなのだが、それでも老舗商会として『学友のよしみ』程度では、迂闊に領主と事を構えるようなマネはしない。


「着きました。コチラが"村の"倉庫です」

「おぉ、これはこれは」


 しかし、よしみも決して無価値では無い。確り配慮してやれば十二分に利用できる。


「倉庫は馬車の荷台に合わせて全床高上げしてあります。村の職員が常駐しており、馬車は一旦施設の奥に入り、そこから……。……!」


 アバナ商会には引き続きルードに拠点を構えてもらい、食材、特に調味料や加工食品を買ってもらう。もちろん、領主の目があるので、ルードまでの輸送は村の者がおこなう。


 ドルイドの森には、俺しか知らない秘密の"抜け道"がいくつも存在しており、それを利用するとドルイド・ルード間を1日で往復できる。あとはルードで引き渡しをして、そこから先は口出ししない。


 村はあくまでおろしに特化して、小売りやバラ売りは一切しない予定だ。そもそも、そんな事をすれば仕事が増え、ミスが増え、トラブルが増える。何かあれば対応するが、基本的には俺が一から十まで支持するのではなく、(オーラ的に)信頼できる相手に任せていく方針だ。


「なるほど……よくできたシステムですね。よければ、ホープス商会にも技術提供をお願いしたいくらいです」

「別料金です」

「いやはや、相変わらず隙が無いですねぇ~」




 こうして、本格的に収益を上げる準備が、着々と整っていった。

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