#008 失われた栄光・鉱山都市ルード⑦
「クソ! なんなんだよ!?」
「なんなんだよって、どう見ても同業者だろ? つか、ココは俺の縄張りだぞ? 勝手にやって来たのはソッチのほうだ」
「え? ちょ、どうするんだよリーダー」
どうやらこの大剣使いは、元々この場所を縄張りにしていた野盗で、俺たちは余所から流れてきた野盗だと思われているようだ。
「悪いが、もうすぐココを通過する馬車は俺たちのエモノだ。場所を勝手に使ったのは謝るが、今回は見逃してほしい」
「リーダー! 数はコッチが勝っているんだ。下手に出る必要はねぇぜ!!」
「そうだ! ヤッちまおうぜ!!」
「待て!!」
次の瞬間、取り囲んだ仲間が手にする剣が、耳ざわりな金属音と共に吹き飛ぶ。
本当に一瞬だった。大剣使いが軽く姿勢を落としたかと思うと、次の瞬間、切っ先の残光が周囲を一回転して、ほぼ同時に剣が吹き飛び、中には真っ二つに切断されているものも。
「ちょ、嘘だろ!?」
「ひぃ~~」
「俺が
「わかった! 積み荷はソッチの取り分でいい! その代わり、俺たちと、向こうに繋いである馬は見逃してくれ! 余所に行くのに使うから!!」
俺は勢い任せに、ギリギリ最低限の譲歩を提案する。ぶっちゃけた話、仲間を見捨てて逃げたいところだが、大剣使いに隠し持っている500万を知られることは絶対に避けなければならない。
「そうだな……時間もないし、まぁいいや。馬車や……女がいたら貰うぞ」
「わかった! じゃあ、馭者や男は殺すって事で!!」
「よし! それじゃあイッチョやりますか!!」
とりあえず聞き分けの良い相手で助かった。今となっては村長の命なんてどうでもいいが、村長と大剣使いが戦っている隙に逃げるのも手だ。
*
ほどなくして、馬車が俺たちの横を通り抜け、予定通り倒木の前で停車する。下りてきた冒険者は演技する気がないのか、キョロキョロと周囲を見渡した後、コチラに駆け寄ってくる。
「まずは
「「応ゥ!!」」
「ちょ、話が違うぞ!!?」
「待ってくれ! 俺たちは!!」
なぜ自分たちが襲われるのか理解できない様子の冒険者たち。もしかしたらコイツラも使い捨てのコマなのかもしれないが……そんな事は今更気に掛けるだけ無駄。今は確実に、懐の500万を持って逃げることだけを考える。
「なるほどなるほど。何やら見覚えのある顔で驚きです」
秘書を馬車内に残し、現れたのはもちろん村長。しかし、今まさに馭者であり護衛の冒険者が切り殺されている状況にも関わらず、顔には驚きの色は微塵も感じられない。相変わらず見た目に反して肝が据わっているというか、なにを考えているかサッパリ読めないヤツだ。
「言ってろ! 悪いが、お前にはココで死んでもらう!!」
「そうですね。これは……少し本気を見せなくては、ならないようですね」
そう言って取り出したのは、ショートソードと……本!?
「マズい! アイツは魔法使いだ!!」
「「へぇ?」」
「遅い!」
次の瞬間、眩い閃光が駆け抜け、仲間の1人が吹き飛ばされる。
魔法学校に通っていたのだから魔法が使えるのは当たり前。しかし、実戦で"魔導書"を使いこなすとなれば話は別だ。本来、魔法使いは魔力を増幅させる
対して魔導書は、同じ魔法装備でも用途が根本的に違う。魔導書には、魔法に必要な術式が予め記されており、対応した魔法限定で高速発動を可能とする。つまり、魔法攻撃力や細かな調整を捨てて、詠唱速度を重視した型となる。
では、コレの何が怖いかって話だが、重要なのは詠唱速度ではない。ヤバいのは2点。速射できるので『前衛に守ってもらう必要が無い』点と、そもそも魔法杖で『増幅する必要が無いほど魔法攻撃力が高い術者』しか使えない点だ。
「クソッ! とにかく横に動け! 絶対に止まるな!!」
「「お、おう!」」
「さて、それはどうでしょう?」
村長の周囲の地面が一瞬光を放つ。アレがどんな魔法なのかは分からないが『踏んだらヤバい』のは間違いないだろう。
「足元に注意しろ! 何か仕掛けたぞ!!」
「え? 足元……なッ!!?」
突然地面から火が噴き出し、また一人やられる。
しかし、見た目こそ驚異的な魔法だが、流石に即死するほどの威力は無いようだ。魔法を喰らった2人は、動けないながらも意識を保っている。これが"全力"なのかは判断出来ないが、魔導書には『微調整が出来ない』と言う弱点がある。つまり、同じ魔法なら俺も、1発は耐えれるって訳だ。
「ふっ! 少しは楽しめそうだ」
そういって前に出たのは大剣使い。先ほどの取り分の時にも思ったが、どうやらコイツは金銭目的の野盗と言うより、山籠もりしてまで戦闘技能を磨く戦闘狂に近い性格のようだ。
「なるほど。これは、少しマズいですね」
「お互いに……なっ!!」
ハッキリ言って、次元が違う。
閃光のような高速魔法を、大剣使いは常識はずれな動きで華麗に回避する。そして暴風を思わせる大剣の一撃も、同じく常識外れの動きで村長は回避して見せる。
この世界にはバケモノが存在する。それは魔物や魔人の事では無く、人でありながら人の限界を超えてしまう天才たちの事だ。もちろん、そんなバケモノは、そうそうお目にかかる機会は無い。まぁ、すれ違う事くらいはあるだろうが、基本的に本物のバケモノは(俺たちと違って)チンケなプライドのために力を見世物に使う事は無い。
しかし、戦場やダンジョンの最前線では、話は別だ。バケモノたちが集まり、更にその中で頂点を競い合う。その世界に凡人が入る余地は無く、間違って迷い込もうものなら命は無い。まぁ、俺の場合は片目だけで済んだが……。
「あれ? おかしいですね。まさか……暗器を、隠し持っている、なんて……」
あまりに常識はずれな動きで、どちらが優位なのかすら分からないほどだったが……お互いの攻撃は重く、終わりは驚くほど突然やってきた。
「ふっ。俺に
一瞬の隙をついて大剣使いが、篭手に忍ばせておいた細身の短剣で村長の心臓を一突きした。
根元まで刺さってしまった短剣が手放され、村長が力なく倒れる。その背中からは刀身が突き出ており、やがて地面は赤く染まっていく。
「やったのか!?」
「見ての通りだ。まぁ、前衛のいない魔法使いをヤッても、なんの自慢にもならないがな」
どうやら今日は最高にツイているようだ。この大剣使いと出会わなければ、俺は間違いなく、この場で死んでいただろう。
結局、あまりに見事な戦いぶりに逃げるのを忘れていたが……大剣使いは思わぬ好敵手に機嫌をよくしたのか、俺たちは無事、500万を懐に忍ばせたまま、この場を去る事が出来た。
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