作者人狼
志風
[花]と浪漫を束ねて
「はな?」
「そう、花」
発掘物の古書を立場を悪用して読むのが好きなセンパイから声がかけられた。
初めて聞く単語だ、つい聞き返してしまった。
するとセンパイは嬉しそうに、それがロマンチックな代物である、と語ってくれた。
ロマンチックな男になれ。そう言われたので、つい口にしてしまった。
「もしそんな男に私がなったら、花束、受け取ってくれますか?」
…帰ってきたのは「100年早い」という台詞と、背中の痛みだった。
今思えば、私は間違いなく彼女に恋をしていたのだろう。
恋なんて不要なシステム、旧人類から引き継いだのは何故なのか。
そんな疑問を抱いたまま30年。
私の研究は佳境を迎えていた。
「先生、こちらがS-6B4-025です」
「ん、ああ。助かる」
「…先生、本当に、花なんて物は存在するんですか?」
「…あるさ。過去の文献にもいくつか登場している。全て創作、というわけじゃないだろうし、旧人類よりも古来から存在するのなら再現もできなくはない筈だ」
「…わかりました。もう植えますか?」
「そうだな、また番号を記録して植えといてくれ」
花栽培の研究は、細かい数字は改良が数万を超えたあたりから数えるのをやめてしまったが、幾度となく繰り返した改良によりそろそろ花が咲いてもいいくらいにはなっている。
少なくとも、芽が出た時は教え子と三日三晩騒ぐくらいには興奮した。
花が咲く為の条件はいくつかある。それら全てを満たすために、一つ一つ改良を重ねて、今に至る。
「咲いてくれよ…?」
いない神に祈るくらいだ、私は疲弊していたのだろう。
そんな私に電話が来た。
「センパイの、番号…」
嫌な予感を抑え、私は電話を受けた。
———————————————————
「はな?」
「そう、花」
何を言っているんだ、という顔で見られた。
頭の良い彼も知らないことがあるのだ、そう思いながら私は話す。
「あら、知らないの?花ってね、綺麗なものらしいの。まあ、もうないのだけれどね」
「ああ、旧時代の」
「そう。本で読んだの。どうも昔は想いを寄せる人に束にして送ったそうよ」
「へえ、無駄なことをするんですね、旧人類は」
「こら、そういうこと言わないの。いいじゃない、それって…」
「ロマンチック、って奴ですね。センパイ好きですよね。何遍も聞きましたよ」
「そう、ロマンチックな話よね。あなたもそういうのがわかる男になりなさいよ?」
「っす。あー、もしそんな男に私がなったら、花束、受け取ってくれますか?」
唐突な台詞に、心底驚いた。
どうしよう、ドキドキとしてしまう。
「…100年早い」
「あいった、ちょ、なんで背中叩くんですか!」
痛みに悶える彼をよそに、私は部屋を出る。
「あんた、そういうのほかの女に言っちゃ駄目よ」
気付かれてないといいな、赤くなった顔。
私は彼に恋をしていたのだ、いつ思い直したってそう。
そして、私は30年経った今も、彼に想いを馳せている。
(でももう、それもこれで終わりね…)
朦朧とする意識は、過去の記憶を呼び覚まし、いやでも彼のことを思わせる。
(走馬灯、聞いたことはあったけど本当に見ることになるとは)
おや、外が騒がしい。いや、元から騒がしかったのか?男の声がする。
事故で死にかけた私の元に来る男なんて、誰が…まさか。
「…——!——」
ダメだ、聞き取れない。
もうダメなのだろう、私は。
ああ、最後に、伝えればよかったなぁ。
そんなことを思いながら、私は全てを手放した。
———————————————————
おそかった、私はあまりにも遅すぎた。
いや、むしろ早かったのかもしれない。
ここまでの怪我で意識のあるセンパイは凄いのだろう。だけれど、どんなに意識が強くても、医療が進歩しても、身体の6割の損傷はどうしようもなかった。
「…センパイ!センパイ、なんで、なんで……!」
私の声は届いても、彼女からは返事は無い。
返事は…無い。
そして、進歩した技術は無慈悲に私に現実を突きつける。
動かなくなったその図は、彼女の死を意味していて。
世界は、私は、彼女を失った。
———————————————————
「ユーリ、センパイ」
「お久しぶりです」
「大変、遅くなってしまいました」
「あの日から色々ありました」
「大変でしたよ」
「でも、おかげで準備することができました」
「センパイの名前から取って、ユリ、って名付けました」
「待たせてしまって、申し訳ありません」
「私は、センパイの言うロマンチックなヒトに、なれたでしょうか」
「なれてたら、いいなぁ」
「これ、受け取ってください」
「……また、来ますね」
墓前に供えられた白い花束は、月に照らされ、それはそれは、美しく輝いていた。
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