41.剣と華と九 - 狸爺一
その眼差しは目の前の少女に叱られていた時とは全く違う、明らかに鋭く、睨み付けるような厳つい表情を見せてきていた。
「ああん?なんだ?てめえ、まだ何か用か?」
まるで自分の仕出かしたことが全部
「この続きは、いずれまたどこかでやりましょう。」
「上等だァっ!てめえ!今度会った時が死ぬ時だと憶えておけや!!」
「だから!そういうのはダメですって!!もう!」
今にも食って掛からんとした
余りにも勢いよく体を乗り出したところを、引き留められたものだから
そのままくっと袖を掴んで
頭を上げると
周りに居た群衆は、
周りに人が居なくなったのを感じて、そこでようやく
「はあ……、あの少女が割って入ってきてくれて助かりましたね。誰も死ななくて良かったです。」
地獄から抜け出したかの如くしみじみと
「全く残念なものです。」
往来の先から向かってくる人を避けながら、
「何言ってるんですか。あれで黒羽織の人……
「それはそうかもしれませんがねえ。何と言いますか、私は斬られ損ですよ。」
言いながら
乾いた血の塊が弾けて、ぽろぽろと零れ落ちていく。
「しかし、何でしょうかねえ。あの剣華組と言うのは。何やらあんな小さな少女が局長とか呼ばれていましたが。不思議なものです。」
「剣華組のみなさん、あの女の子に頭が上がらない感じでしたね。偉い武士の家柄とか、そう言う血筋なんでしょうか。何と言いますか、あれだけ怖そうな顔した人たちが女の子に叱られてるのは、すごい形無しな感じでしたけれど。」
「そうですね。まあ、あれだけ可愛い少女に叱られるのでしたら、それはそれで楽しそうにも思えますが。」
顎をしゃくりながら
それに対して、思わず
「
「まさか。そんなことは有り得ませんよ。」
本気なのかどうなのか、良く分からないような様子で目をぱちくりと瞬かせながらも、しれっと
「それより
無理やりに話題を変えるように
「え、ああ、そう言えばこっちです。」
そのまま歩いていくと、商店の立ち並んでいた道並みから、次第と武家屋敷然とした家々の立ち並んだ道へと風景が変わっていく。
活気のあった商人街とは打って変わって、酷く静まり返ったその道には、往来を行き交う人の数も少なくなり、そしてその身なりも比較的落ち着いたものとなっていた。
戦乱の時代から多少なりに平和な世の中になってきたとしても、人が住む場所が、その住む人の格によって区切られていくのは、何処であろうと何時であろうと変わることはなかった。
町人は町人の家に住み、百姓には百姓の、商人には商人の、武家には武家の住むべき地域と言うものがある。
そんな武家の集まる区域の中でも、最も大きな屋敷の前へと二人は通りかかった。
見渡すほどに長い塀を聳え立たせるその家は、巨人でも中に入れるのかと言う程の大きな門を構えさせ、近づくものを圧倒させるかのような佇まいを見せている。
なんとも大きな屋敷だと、
ほうっと、思わず
「ここでございますか?」
「ここです。ようやく辿り着きました……。」
はあっと
傍らで
「なんともまあ、大きな家でございますねえ。一体どんな身分の人が住んでおられるのやら。」
「もう言っても大丈夫ですかね、ここに住むお方は――」
「口にしてみただけで、誰が住んでいるかとか興味はありません。」
さぱりと
「あ、そうですか……。」
しょぼんと
多少なりに、自慢まがいのことがしたかったのだろう。
ただ
殿様が住んでいようが、乞食が住んでいようが、どちらにしても
「まあ、とりあえず用を済ませてしまいましょうか。」
そういって
一言二言と言葉を交わした後、
それを見た途端に、衛兵は僅かに顔を顰めて見せるが、嫌々と言った雰囲気で、門の脇にある戸口から屋敷の中へと入っていく。
そうして、しばらく待っていると、戸口が再び開かれると、衛兵が顔を出して手を招いた。
「おい、そこの女。入れ。お会いになるそうだ。」
衛兵が言うのに頷いて
ふと
「
「私もにございますか?私としては、こんな家に入りたくもないんですけれどねえ……。」
「
どこか嬉しそうにせがむ
* * *
十二
眼鏡を掛けた若い家令の男に案内され、二人が通された部屋で待っていたのは、白髪の混じった結構な老人であった。
それは一見に、狸人形かのように、ふくよかな体つきをしていた。
相貌には深い皺の刻まれていて、頬や顎には目立つほどの肌が弛みを見せている。
瞼の肉も弛んでいるのか、目つきは僅かに穏やか。
口元が緩んでいるのもあって。
頭もその殆どが白く、残りの毛も灰色にくすみ始めていて一層に老人然として見える。
ただ、生える毛自体の衰えはないのか、月代の反り際はくっきりと分かれ、後頭部にはがっしりとした髷を結われているようだった。
部屋の中央から僅かに壁へと寄った位置に座っていた老人は、片手に持っていた煙管を軽く吸うと、じろりと二人に向かって据えた視線を向ける。
煙を吸って痰が絡むのか一度喉を鳴らした後、
「入りなさい。」
と、酷く皺枯れた声で老人は言った。
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