22.対峙四
「また
呆れかえった口調で言うと、髭男はむしろそれを強がりと感じたのか、にやりと口元を緩ませて侮ったような表情を見せる。
「ハハッ!……くたばれや!!」
やにわに口を開いて髭男が大声を上げると、それを合図として、一斉に男たちの腕が振られた。
真黒な刃先をした苦無が闇の中に溶けながら、宙を滑って一挙に押し寄せてくる。
「
「は、はいっ!」
慌てて
「ふっ!!」
吐き捨てた
細い切っ先が、すうっと真一文字に空を斬った。
途端、ぎいんっと金属の強くぶつかる音が三つ、連なり重なって鳴り響く。
刀の滑った軌跡に、三つの火花が散って、舞い落ちる。
その閃光は、闇夜を一瞬明るくさえ感じさせた。
「え?」
身を屈めたままに眺めていた
真っ暗な闇の中、それが何の音なのか、誰にも確認はできなかったが、それが何であるかを全員が察していた。腕を振るった姿勢のまま硬直した髭男が息を飲んで、丸く目を剥かせる。
「ま、まさか……全部切り落としたとでもいうのか……?」
「何を驚いたみたいに言うのですか、そう大した事でもありますまい。」
「なっ……。」
さらりと言った
目の前で起きたことが、そんな軽く言えることではないことくらい、
ただ、しれっと言ってのける
前の時もそうであったが、彼女は信じがたい技や動きを、誰でも出来ることの様に言ってのける。
まるで、他の誰もが同じことを出来る、と信じてでもいるかのように。
困惑して次の手を打ちあぐねたのか、髭男は動きを止めていた。
「おや、止まってしまわれましたねえ……。」
そんな男の様子を殊更に侮蔑するように言うと、
ぎゅっと握りしめて、その握り心地を確かめると、ふむっと一つ頷く。
途端、
ひゅっと風を切り裂く音が空を通っていった。
「はっ!?」
草むらの中に一人の男の間の抜けた声が響き渡った。
「がっっ……ぐあっっ!?」
次の瞬間、右の草むらに立っていた男が大声を上げて、体を反り返らせる。
はたと桔梗が目を向けると、叫び声をあげた男の胸には、苦無が深々と刺さりこんでいるのが、月影の中で微かに見えた。
そこでようやく、
「はっ……あァ!?な、なんで俺がっ……。」
がさりと草葉の震える音がして、地面に体のぶつかる鈍い音が鳴り響いた。
死んだかと
少なくとも、この争いの間に襲ってくることはないはずであった。
「おやぁ。あれで死にませんでしたか……。やはり慣れぬ刃物はいけませんねえ。」
軽く言いながら、再び体を屈ませると
ひゅうっと上に軽く投げると、苦無がくるりと一回転して、その柄をはしりと
「て、てめえ……苦無が扱えるのか?まさか、てめえも、どっかの隠密か……?」
髭男の言葉であったが、傍らで見ていた
ただ、そんな髭男の言葉にも
「いえ、なあに。刃物の扱いは得意なだけでございますよ。差し当たって、刃の付くものなら全て。」
言いながら苦無の刃先を指先で摘まむと、
「それで、どうなさいますか?このまま苦無の投げ合いっこしましょうか?」
「くそっ……。」
髭男は悪態を一つ突いて、眉を
男達には否応がなかった。
今見せられた通りに
仮に投げ合いになれば、一方的に殺されるだけになってしまう。
それならば、まだ刀で斬り合った方が、太刀筋を防げる可能性がある分にマシと考えたか、髭男は自らの腰にある刀へと手をかける。
傍からして見てみれば、刀で打ち合うにしろ苦無を投げ合うにしろ、どちらにしろ、危うさしかない。
危うさしかなかったが、彼らも隠密であるからには、請け負った仕事から逃げることが出来ぬのであろう。そもそもが命の価値などない者たちであり、幼少より命を投げ捨てることを叩き込まれた者たちである。死にたくはなかろうがそうするしか他がない者たちであった。
ぐうぅっと何とも鈍い声で唸りながら、髭男は腰に差していた刀を抜く。
合わせて草むらに居た、もう一人の男も渋々と言った様子で刀を手に取っていた。
「それで良うございます。そうして頂けると嬉しうございますね。」
苦渋の表情を浮かべる男たちに対して、ただ切り結べるのが嬉しいだけなのか、顔を綻ばせて
地面に刃先がぶつかって、からんと軽妙な音が一つ響いた。
そんな
刀の携えた左手を髭男の方へと向かって伸ばすと、
ざわりと草木が鳴った。
男達が僅かに身を引いて草の葉が縺れ擦れ合った音だった。
にじりっ、と地面を踏みしめる音をさせて、
合わせるように、髭男は真横にへと足を動かす。
がさりがさりと、草枝を踏みしめる音を立て、髭男は草むらの中へと足を突っ込んでいった。気が付けば
目が慣れてきたせいなのか、草むらの陰に隠れながらも、
この明るさならば、と
真横に構えられた
次第、男達は踏み込めばすぐ様に、
僅かに、刀の届く半歩前にして二人の男は動きを止めた。
ふっふっ……と、男達の浅い呼吸が静やかな闇の中で低く響く。
それは機を待つと言うよりは、覚悟を決めると言うべき刹那の間であった。
右手に髭男、左手に手下の男。
果たしてどちらが先に襲ってくるのか、左右から挟まれた
手下の男が、がさりと身を動かす。
咄嗟に、
「けえええ!!」
途端、髭男が雄叫びを上げて振りかぶると、思い切りに地面を蹴って
「しぃっ!」
即座に身を転じて
瞬く間に振り下ろされてくる刃先へと、
瞬刻、凌ぎながらも、すぐに髭男の切っ先はするりと軌道を変えて
それを刀の側面にかち合わせ、
ぎいんと鈍く低い音が響くと、ぎりぎりと二人の刀が擦れあい、打つかって数度弾け合った。
「やああっ!」
不意にどこか情けのない声が周囲へと劈いた。
いつの間にか、
髭男に対処していて無防備な
「ははっ!」
軽く笑い声をあげるや、
「おぅ!?」
刀を弾かれて、髭男の体が僅かに崩れた。
その機を見逃さずに、
「がふっ!?」
突然に腹を蹴られた手下は体をくの字に折り曲げると、顔を顰めて体を後退らせた。
その結果として、切っ先は揺れ、
手下の男は腹を押さえながら、二歩三歩足を下がらせると、思いとどまって地面を強かに踏みしめていた。
姿勢を乱した髭男も一度身を引いて、手下の男の傍らへと近づく。
長く伸ばした足をゆっくりと下すと、二人に向かって体を向き直し、ふっと
「良いですね。良いですよ。やはり戦いって言うのはこうでなくちゃいけません。」
「抜かせっ。」
髭男は忌々し気に呻いて、刀を構えなおした。
ただ、そう言った口の威勢は良かったが、機を図っているのか、男達はすぐには襲い掛かることもなく距離を取り始めていく。
そんな男たちの態度に、軽く口元を緩ませると、
弾けるように
一足飛びに
「いいっ!?」
慌てて男たちは刀を
鋭く
途端。
低く尖った音が響いた。
刃先が思い切りに、男達の刀へとぶつかっていた。
「うぉわっ!?」
途端に男たちの体が弾き飛ばされた。
背の高い草がなぎ倒されながら男たちの体が地面の上を転がっていく。
「んなっ……。馬鹿な……。」
倒れた体を
吹き飛ばされたのが信じられないように、男たちは互いに顔を見合わせた。
「何だ今のは……?」
「ふ、吹き飛ばされました。」
「だろうがなァ……。そう言うことが問題じゃねえ。」
「……それは?どういう?」
「あいつから攻められたら受けてられん。ってことだよ。こちらから仕掛けるしかねえ……。」
そう髭男が声をかけると、手下の男は恐れからかちかちと歯を鳴らして、情けの無い表情を晒しながらも、うぅっと唸り声をあげて頷いた。
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