23.対峙五

 息を一つ飲み覚悟を決めるように髭男と手下の男は柄を握りしめた。

 刀を構えて互いに頷き合うと、勢い駆けてその身を同時にふでへと襲い掛かっていた。

 足先にかけた土を跳ねさせながら、髭男は満身を反り返らせて、一挙に距離を詰める。


「けええぇぇぇぇ!!」


 草原をつんざ猿叫えんきょうを上げて、やにわに飛びかかる髭男の刀が真黒まくろな闇の中に振り下ろされると、一瞬の間も置かずに手下の刀が袈裟掛けに迫っていく。


「なっ!卑怯なっ!?」


 二人同時に切りかかることに、草むらに隠れながら眺めていた桔梗ききょうが思わず声を張り上げてしまっていた。今までもかこうたり、闇の中からおそうたりとしてきた中で、今更な言葉ではあったが、それでも襲い掛かられる桔梗ききょうの側からすれば思わずも叫ばずにはいられずに、隠れていた草の葉の下から身を乗り出させていた。


 ただ。

 二人がかりで襲い掛かった髭男達は、むしろ必死の形相であった。

 鬼神に迫るかの如きの顔をして、勢い増しながら目の前の女へと向かい力いっぱいに斬りかかっていく。


 思い切りに振り込まれる二人の斬撃へと、ふでは一振りに腕を薙がせると、その手に持つ刀を一直線に空へと滑らせた。


 瞬間、

ぎいぃんっ――

 と、金属の思い切りに衝突する音が周囲へと響き渡る。


 続けざまに刀身の衝突する音が鳴り響き、闇夜の中で、鉄の削れる火花が散った。

 瞬く閃光の中で、ふでは横なぎに襲い来る髭男の刀を一つ勢い増して弾き飛ばすと、次いで振り下ろされてくる手下の刀をふでは細い刃先で僅かに逸らしていく。


 草葉くさはの隙間から眺めていた桔梗ききょうが「あつ」と声を漏らす間に、すらすらとふでは押し来る二人の刀を器用にいなしていく。


 時には、とっ、と手下の男の足を蹴るや、その動きを止めたかと思うと、その僅かな隙間に、髭男の刀を弾き返していく。間髪を入れずに続けて飛んでくる二人分の剣筋を、息もつかせずにするするとふでの刀は受け流して、さらりと月影の中で握る刀の細い身頃をぎいんとにぶ戦慄わななかせていた。


 三人が斬り合う様は、まるで予定調和な動きをする演舞でも見せられているかのようであった。


 思わず息を飲んで眺めていた桔梗ききょうは、ふと受けに回っていたふでの刀が、一太刀、二人の男へと斬りかかったのを感じた。

 目を凝らして見返した時には、いつの間にかふでが刀を振るい、必死で男達がそれを防ぎに腕を振り回していく。


「あ、あれ……いつの間に……?」


 確かに二人がかりに斬りかかられていたはずであった。

 それが気が付かぬ間に、ふでが斬りこむ側へと回っている。

 何が起きたのか、と桔梗ききょうが目を見開いている間にもふでの振るう腕の回転は速くなっていき、次第と男達を追い詰めていく。


「ぐぅぅぅぅ……。」


 二人がかりにもかかわらず、男達の刀は迫りくる太刀筋を防ぐだけに追い込まれていく。

 徐々に、徐々に、とふでの剣筋に追いつけなくなっていき、髭男が滲み出るような呻き声を上げた。不意に、すうっとふでの刀が、外へと向かって緩く弧を描く。


「あっ……。」


 思わず声を上げた手下の腕がそれに釣られて、剣筋を防ぐためにびくりと動きを固めた。

 その瞬間、ふでの足が跳ね上がり、思い切りに手下の手を蹴り飛ばす。

 折れるかの如き衝撃が、男の掌へと襲い掛かる。


「ぐうあっっ!!」


 と、手下の男が哀れな声を漏らした時には遅かった。


 男の握っていた掌から刀が飛び出して、柄からくるくると弧を描いて宙に舞っていた。

 刹那に、手下の男は、髭男へとすがる様に視線を向ける。

 髭男は目を見開いて、くうっと、どうもしようのないと諦めの唸り声をあげる。


 その瞬間、振り上げた足を踏み込んで、ふでは思い切りに手下の顔へと刀の柄を殴りつけていた。


「ぎいいいいっ!」


 その一撃で昏倒して、倒れ込まんとした手下の男の頭を、掬いあげるかのような動きで、さらりとふでは首を掻っ切る。

 ぽとりと首が胴から離れて、道の中を跳ね転がっていくと、桔梗ききょうの足元まで飛んできて、男の口から支えを失った舌がでろりと垂れ落ちた。


「うわっ……。」


 白目を剥いて地面に転がった男の顔を見て、思わず桔梗ききょうは身を引いてしまう。

 そんな悠長ゆうちょうな態度をとっている間に、道の先では、ふでがさらりと刀を振り下し、僅かに姿勢を保っていた手下の男の体が、全身の力を失ってどさりと土の上へと倒れ込んでいくところだった。


「ああ……もう、あと一人になってしまわれましたか。」


 地面に俯せた体の斬れた首先から、とぷとぷと赤い液体を染み出して、地面に血だまりを作っていく。そんな手下の男の体を見下しながら、物侘しそうにふではぽつりと零した。

 自分で斬っておきながら、それがまるで心底に悲しいことであるような響きがあった。


「てめえ、どの口がっ!!」


 手下を斬られた怒りを露わに、髭男は怒鳴りながら刀を振り上げた。

 髭男へと顔を振り向けると、ふではその剣筋をさらりといなす。

 そして、足を思い切りに蹴り上げた。

 虚空に刀を空振らせ、姿勢を崩し切っていた髭男の腹へと、ふでの足先が深々と突き刺さる。


「ぐうっ!」


 したたかに悶絶もんぜつして髭男はうめき声をあげると、即座に後方へと思い切りに飛び退いていた。

 大きく後ろへと下がって、そのまま草原の中へと男は着地する。

 細く長い葉先がなぎ倒されて、原っぱの中には僅かばかり道が出来たかのように、一本の線が出来上がっていた。


「本当に足癖のわりいやろうだっ……。」


 蹴られた腹を抑えながら、髭男は忌々しそうにぺっと唾を吐き捨てる。

 口の中を切ったのか、唾の中には僅かに血が滲み、粘っこい痰となって長草の葉にへばりつく。


「それがお生憎様に、手癖も悪いんですがねえ。」


 侮った口調でふでは、笑うように言って見せる。

 それは明らかに戯言ざれごとであった。

 髭男の罵りなど気にもしないように、ふでは安穏として掌をひらひらと返して見せる。


 その掌には、手下の男の頭を殴打した時に噴き出した血がこびりついていて、戯言ながらに異様な雰囲気を醸し出している。

 傍から見ていた桔梗ききょうからしても、何一つ笑えない冗談だと感じてしまうほどであった。


「笑えねえな。」


 唇の端を噛んで髭男は、ふでの言う戯言を聞き流す。

 じりじりと草を踏みしめて、襲い掛かられないようにと横へと移動しながら男は出るに出れなくなってしまっていた。


 先ほどは二人掛かりで襲い掛かっていたにもかかわらず、軽くあしらわれてしまった。

 たとい、このまま真っすぐに襲い掛かったとしても、簡単にいなされて、容易に斬り捨てられてしまうだけだろう。そう想像が出来てしまい、髭男は足をつけたそこから一歩も踏み出せなくなっていた。


「くそっ……何か手はねえか……。」


 小さく呟きながら、更に男は足を横に動かしていく。

 ふと、髭男は足先に触れるものを感じた。

 ふでへの警戒を向けながらも、恐る恐るに視線だけを向けてみると、そこに一人の男が倒れていることに気が付く。


 先に苦無で胸を突かれた手下の男の一人だった。

 死体かとも思ったが耳を澄ましてみると、まだ死んでいないのか未だに呻いているのが聞こえてきた。


 それを見て髭男には一つの考えが思い浮かんだ。

 途端、男は手だてがなくなって緊張していたはずの口元を、にやっと緩ませた。


「おい!何を悠長に倒れてるんだ。立ちやがれ。」

「ぎぃっ……やめっ……。」


 髭男は手を伸ばすと、痛みに叫び声をあげる手下を引っ張り上げて、無理やりに立ち上がらせる。

 ふらふらとして足元もおぼつかず、何とものろのろとして立ちあがる手下の態度にいらいらしながら、髭男はそいつの腰から刀を抜くと手元へと差し出して口を開く。


「ほら!これを握れ!」


 無理やりに刀を握らせると、髭男はその耳元でぼそぼそと言葉をかけた。

 言葉を聞いた手下の男はふるふると首を振るうが、その首根っこを髭男が捕まえてぐっと握りしめた。


「良いから!やるんだよ!!」


 ぐううっと手下の男が辛そうに声を上げた。

 そうしてすぐに男は、何度も首を横へと振るった。


「四の五のの言わずにやれっ!やらなきゃ今殺す!!」


 どすの効いた低く唸る声であった。

 それで手下の男はぴたりを首を振るのを止めてしまった。


 ぱっと掴まれていた首が離されるや、ううっと唸りながら手下の男は刀をだらりと握って、ふらふらとふでへと向かい歩き始めていた。

 それは本当に、ただ刀を握っていると言うだけだった。


 刀を握ってだらりと携えたまま、揺れる足取りで辛そうに手下のとこは足を一歩一歩踏みしめていく。痛みでぼろぼろと涙を流しながら、男はふでの元まで辿りつくと、必死の形相で刀を振り上げた。



「何とも痛ましいものですね……。」


 よろよろとしたその刀が振り下ろされる遥か前に、するりとふでの刀が袈裟に流れた、男の体に首元から腰に向かって、滑らかに刃先が通り抜けていった。



 痺れるかのごとくに、男の体が反りかえった。


 そう思った瞬間、切り口から空へと向かって勢い良く血が噴き出す。



 それは見事な血飛沫であった。


 夜空に曼殊沙華まんじゅしゃげが咲いたかのように、赤く、弧を描いて、大きな血飛沫が舞う。


 その血の噴水の向こう。


 影の中から、不意に男の体を足蹴にして、髭男が跳びかかってきた。



「ふ、筆殿!危なっ!!」


 傍で二人の攻防を見つめていた、桔梗ききょうは思わず声を上げた。

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