地下道に逃げ込むとそこは、鼠と生ごみのオーケストラだった
いありきうらか
地下道に逃げ込むとそこは、鼠と生ごみのオーケストラだった
朝、汚いアスファルトの上を走った。
飼い主の元から逃げ出した、犬のぬいぐるみが全力疾走している。
待てー、と言いながら、レーザービームをまき散らす飼い主。
飼い主は光沢のある銀色の球体だった。
道路を走る流線形のプラスチック。
横断歩道で自殺しようとした電柱は、プラスチックに吸い込まれた。
「毎日毎日大忙し!電気を運んで大忙し!」
電柱は大声で叫んでいる。
「電気を運んでいるのは、電線だろ!」
プラスチックのツッコミで、曇り空が爆笑した。
曇り空が雷で、民家を吹き飛ばした。
「ちょっと!やりすぎだろ!」
太陽が曇り空に話しかける。
「…ということで、雷で民家を吹き飛ばしてみた、でしたー!」
生配信していたようだ。
恐らく光ファイバーを通じて、脳に届けられたことだろう。
「ラブレターです!ラブレターです!」
思春期がランドセルにモールス信号を送っていた。
「いやいや、まだ早いよ」
タバコを吸いながらランドセルは答えた。
こんな朝には、通学路を歩く無邪気が美しい。
無邪気は世間の悪意に関心を寄せず、人生を謳歌している。
それを見た悪意は、下品な金切り声を上げる。
「はしたないわ!あんな子と仲良くするんじゃありません!」
悪意から吐かれた息は、みるみるうちに無邪気を溶かしていった。
その悪意の首を、光ファイバーが締め付ける。
「P・T・A!B・P・O!私が嫌なものは皆が嫌い!ハッスルハッスル!」
悪意は首だけで踊っていた。
「今日もクソみたいだなあ」
僕は呟いて転がっていた。
コンビニで商品の入れ物としての機能を終えた僕は捨てられた。
「今どき、レジ袋だなんて時代錯誤だね」
キャッシュレスが僕に話しかけてくる。
「君だって、時代遅れだろ、今やテレパシーだ」
そう言うと、キャッシュレスは僕に中指を立ててきた。
募金箱が僕に向かって最期の言葉を伝えた。
「24時間営業じゃなくて、一生営業だよね」
「しょうがないだろう、赤血球に自覚はない」
コンビニが人間であるならば、人間は血液に過ぎない。
賞品を生産し、運ぶだけの存在。
資産を蓄えたコンビニは、さらに増殖していく。
右車線のみに、100m先に増殖する。
「さぁて、僕もそろそろ燃えないゴミ行きかな」
そんなことを呟いていると、コーヒーを取り出した人間は、僕を捨てた。
「それなら店員に、袋いらないですって言えばいいのに」
面倒が夢も暇も奪うことを僕ですら知っていた。
風に乗って、転がる。
「飽きない?いつもこんなことしていて」
「そんなことない、僕たちは向きを変えれば、気が済むからね」
風は僕に囁いた。
僕にはそれが強がりに見えた。
宙を浮く機械が、人間を乗せて宇宙へと旅立った。
その機械は、人間もろとも空中で爆発した。
大気圏って、あずきバーより硬いらしいぞ。
ルンバが僕に教えてくれた。
「君の仕事も、AIに取って代わられるんだろうね」
皮肉をルンバにぶつけた。
そして、その皮肉は的中した。
僕の友達は、土の中に埋められていった。
リサイクルされた一部は、Youtuberに破壊された。
水槽に脳が浮いている。
その脳を、台車でホームレスが運んでいた。
「これはね、僕の脳なんだよ、僕が、僕の脳を運んでいるんだ」
「待ってくれよ、本体はどっちなんだい?」
「本体は台車だよ」
昔に比べて電子的な装いになった台車は僕にウインクをしてきた。
家なんて必要ない。
雨を凌げさえすれば、生きていける。
そんな価値観が一般的になったこの世界で、家は都市伝説となっていた。
ベニヤ板の屋根の穴から、ロボットが顔を出した。
「防水性・撥水性、兼ね備えているのは耐久性!」
お前なんて、電気がなかったら何もできないだろ、と僕は思った。
停電しても僕は生きていける。
僕には家も主もいらない。
僕はまたアスファルトの上を歩いた。
金属を溶かす雨が降ってきた。
ロボットの体が音を立てて溶けていく。
「また作ればいいんだよ」
ポリエチレンは人間を励ました。
人間はポリエチレンに言った。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
ポリエチレンから与えられたペットボトルを一生懸命舐め続けた。
「あー嫌だ嫌だ」
僕はそれなりに自由で良かったなあと思う。
泡の混じった雨が、排水溝へと流れて行った。
その泡は、逃げ遅れた人間を次々と倒していった。
「彼らは、いつになったら銀色の体になるんだろう?」
世界は様変わりしたというのに、人間だけは変わらない。
ロボットに乗っ取られることを心配している場合ではない。
いや、もうお前らは乗っ取られているんだよ。
君たちが制御できていることなんてほんの少しだ。
どのように動いているかなんて、理解せずに使っている。
自分の都合の良いように使っている。
実は、都合の良いように使われているだけなのに。
世の中が便利になっているのに、幸せではないのはそのせいだ。
彼らはいつになったら気づくのだろうか。
光速で走った物体が水を蒸発させていく。
道路に蒸発しきれなかった雨が、体を引きずらせている。
濁った雨が排水溝へとなんとかして入っていく。
「さて、僕も休むとしようか」
長方形の隙間に、自分の体を詰め込んだ。
地下道に逃げ込むとそこは、鼠と生ごみのオーケストラだった。
地下道に逃げ込むとそこは、鼠と生ごみのオーケストラだった いありきうらか @iarikiuraka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます