第40話 やっぱり、ね

 高丸君のところでも紹介した備作教研は、この数十年来、不登校生の受入れを積極的に行ってきた。以前は先ほどの高丸君のように、講師の私がかねて知っていたD高等学院を紹介するなどの手法を使っていたが、最近では、四国の私立通信制・X高校の提携校として、通信制高校の校舎運営も受け持っている。

 彼は、現在高校2年にあたる学年の鈴木隆雄君で、岡山市内の中学出身。中学時代には野球部に所属し、投手でキャプテンもしていた。プロを目指すほどの力があるわけでも、そのつもりもないのだが、将来は鉄道関係の仕事に就きたいと言っている。

 

 鈴木君は、中学時代から備作教研の岡山にある事務所兼教室に通っている。彼は、私立のS高校はもちろん、公立M高校にも推薦で合格した。とはいうものの、推薦入試で聞かれた教科的な内容は、ほとんど「わかりません」としか答えていなかったとのことで、正直不安ではあったが、それでもなぜか、無事に合格できた。当時私は彼の入試指導もしていたのだが、実はその頃から、何か胸騒ぎというか、何かが起こりそうな予感がしていた。実は彼も、そうだったという。私と彼が感じていた「予感」は、見事に的中した。

 彼はM高校入学後、わずか1週間で学校に行かなくなった。他校から新たに赴任した野球部顧問の男性教諭が彼の担任となったのだが、この先生、やたらに張り切って、鈴木君に野球部への入部を熱心に勧めた。そればかりか、学級委員を「押しつけ」ようとするなど、一見熱心な「指導」をしてくれたのだが、それが鈴木君には精神的な重荷になってしまった。加えて、その学校は自宅から列車で30分ほどかかる場所にある。6か月分の定期券を数万円払って買っていた。

 だが、結局それも、1か月と利用しないうちに払戻となった。学校に置いていた教科書類は、母親が、あいさつがてらに引取りに行った。かの野球部の顧問で担任の先生、かなり反省されていたようだが、後の祭りだ。

 鈴木君の話によると、その学校には岡山市内からも多く生徒が来ているが、その生徒たちのレベルは、かなり低いです、とのこと。彼自身、その時点ではそれほど学力が高い方ではなかったのだが、その彼でさえも呆れるほどの場所だから、推して知るべし。

 このような生徒が家庭教師の業務委託先で出たと、私は県南の私立K高校の説明会の後、教頭を務める早田先生(現在は、同じ学校法人の運営する別の中高一貫校の校長をされている)に述べたところ、この一言。何ら驚いた様子もなかった。


 「やっぱり、ね」

 

 ちなみに鈴木君は、この後、4月中にもM高校に転学届を提出、5月の連休明けよりX高校の通信制過程に「転入」し、現在高校2年次。週に何度か、レポートの添削で講師の指導を受けている他、毎日のように備作教研の教室兼事務所に来て、高校卒業資格の取得と大学進学に向け、一所懸命に自習している。このままいけば、3年次となる来年度の3月には、高校卒業資格を確実に得られるだろう。


 かつて不登校に陥ったり、高校を「降りて」大検や転編入を通して通信制高校などに向かったりすることで道を切り開いた若者たちには、多かれ少なかれ、悲壮感やこみ上げる不信感、言うならば社会への「ルサンチマン」が随所に感じられた。

 しかし、これまで述べた4人の「教え子」達からは、そのような悲壮感はほとんど感じられない。

 ある事情で神戸市内に一時期校舎を構えていた通信制高校のNK高等学院を訪れたこともあったが(こちらは学校法人O学園が運営している)、ここに集っている生徒らからも、先ほど述べたような「悲壮感」は、少なくとも受けなかった。

 NK高等学院は兵庫県を拠点にしている通信制過程を持つ学校だが、近年は中学校も回っていて、それがきっかけで高校入学時から入ってくる生徒も少なからずいるという。このNK高等学院で校舎を運営している佐東先生も大検出身で、以前はD学院の岡山校にも勤務されていて、先ほど述べた高丸君の絡みでも交流があった。同僚の石井先生もまたD学院の校舎の責任者をされていた人で、この人もまた大検出身。

 統計をとったわけでもないから正確なことは言えないが、意外とこの手の「学校」には、大検出身者が多いのかもしれない。

 一度、佐東先生と石井先生と私の3人で、神戸の三宮で「大検出身者」の飲み会をしたこともある。

 その場所は、昭和の時代にもあったような焼き鳥居酒屋だった。

 昭和ばかりか、大検も、もはや遠くなりにけり、ということなのだろうか・・・


 広域型の通信制高校がこれだけ広く社会に認識された今日、私たちのような者からしてみれば、社会の大きな変化を、こんなところで否応なく感じてしまう。

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