第36話 コンピューター専門学校の面接対策

 先ほど述べた通り、高丸君は、中学時代不登校を経験し、私立高校に合格したまでは、よかった。

 だが、入学数日で退学してしまった。


 1年間引きこもりのような状態ですごした後、私の紹介で岡山駅前に「校舎」を構えている株式会社立の通信制高校・D学院に「再入学」した。彼のケースは「転編入」の「編入」ではなく、「過年度卒」の入学者というわけである。

 その校舎は、駅前のビルのテナントの一角にある。一見すると他の資格予備校などの「学校」の「校舎」と、あまり変わらない。

 だがこれが、典型的なこの種の「高校」の、「校舎」なのである。これまで不登校だった彼も、この「高校」には、3年間通い続けた。

 一方で私の家庭教師指導も継続することとなった、というより、ここから本格的に再開することとなった。それから3年間、私は彼の自宅に赴いてはレポート対策を中心に指導した。大体90分から120分、長くて150分程度で、月に6回前後は指導に出向いた。私自身は自動車の運転免許を取得しておらず、また、行く場所も郊外の駅前ということもあって、岡山駅からその駅までの回数券を常々買っては通っていた。もし私が運転免許を持っていて、クルマもあったとしても、その場所なら、列車で通ったことだろう。

 高丸君がD学院に通い始めて3年目、いよいよ卒業が迫ってきた。レポート対策は順調で、岡山駅前にあるD学院の「校舎」にもほぼ毎日通い、しかも、学校が行う行事には積極的に出るようにもなっていた。当時のD学院のHPで、彼がかれこれの行事に参加している姿を度々目にした。

 さあ、どこに行くかということになり、しばらく検討した結果、彼はゲームクリエイターになりたいので、コンピューターの専門学校に行きたいと言い出した。その専門学校は、関西圏の、とある大きな駅前にあるという。D学院は私が紹介したが、今度は、高丸君自ら専門学校を探し出し、オープンスクールにも通うなどして、受験することに。幸い、受験科目は面接だけだ。D学院で高卒資格に必要な単位はすべて取得して卒業の可能性も高くなったので、彼は「高校卒業見込」の受験資格で、専門学校を受験するわけである。


 レポート対策もいくらか残っていたように思うが、この年、確か2009年の夏から秋にかけての時期、備作教研とも相談し、高丸君はいくらか指導時間数も増やして、面接指導をしてくれと言ってきた。

 確かに、面接といえども試験だ。どのような受け答えをすればよいか、まずは、想定問答を作成する。即答で何なり答えられるような人は無理に作らなくてもいいが、やはり、慣れるためにはまず、どう答えるかを紙に書くなりパソコンに打ち込むなりして、文章を作ってみる方がいいだろう。幸い、私はいつもノートパソコンを持ち歩いているので、これを高丸君宅に持っていき、パソコンに想定問答を打ち込み、それに基づいてまずはしゃべり、それでおかしいと思えば修正を加えていくなどして、できたデータは自宅のパソコンからプリントアウトしてもらい、それでさらに、練習を重ねていった。


 さて、想定問答通りに進めても問題ない質問ならいいが、志望動機とか、希望する将来の進路とか、この学校に進学して何をしたいとか、そういうことになると、書いた通りのことをそこで話さえすればいいというわけにもいかなくなる。

 もし書いた通り言えばいいというのなら、話はずいぶん楽にはなるはずだが、そういうわけにもいかない。

 なぜなら、面接試験といえども、やはり、「面接」であり、それは面接官と受験者との「会話の場」だからだ。普段の何気ない会話同様、いやそれ以上に、どんな対応が相手から返って来るかわからない。ならば、それに対しても柔軟に対応できるよう、会話力を磨かなければいけない。

 要するに、文章でいくら完璧に取り繕った回答を用意してそれを面接官の前で吐き出して回答しても、それに真実味がなければ、相手も果たして彼(彼女)を合格させていいものかどうか、考えざるを得なくなってしまう。


 ちょうどその頃、ある先輩の塾で2件ほど、よく似た「事件」が別の場所で起きていた。

 ひとつは、元講師が退縮後突如として、働いてもいないはずの残業代を支払えという裁判を起こしてきたというもの。

 もう1件は、家庭教師を頼まれてある会社の社長の子息を数年来にわたり講師を派遣して教えさせていたのが、兄弟の末っ子の最後の1年になりかけた段階で、突如、相手の社長らと結んで「直接指導」に切り替えて、それがその会社の名前が絡んでの「事件」となり、こちらも裁判となってしまった。

 前者と後者は別の先輩の塾だが、前者はせいぜい40万円前後だったので簡裁案件、後者は、数百万円単位の損害の上に背任的要素もあったから、こちらは初めから地裁案件となって、ともにしばらく係争した。


 これらの事件の詳しい内容と顛末については省略するが、この「事件」を起こした2人の元講師には、ある共通点が見られた。

 前者の彼女は、岡山県内の公立普通科高校を卒業後、ある女子大を4年時の半ばで中退した。しかし、塾講師としては優秀な人物だし、生徒にも慕われていた。だが、退職後間もなく、誰に吹き込まれたのか、してもいない残業代を請求してきた。その彼女の履歴書は、確かにバランスのとれたきれいな字で、実に読みやすく、志望動機もしっかりしていた。

 後者の彼も、そこは同じ。彼は岡山県立の普通科高校を卒業後、東京の大学に通い、大学時代は大学祭の実行委員長も務めたという。彼の履歴書もまた、バランスのとれたきれいな字で、これまた読みやすい。動機などの文章は先述の彼女ほどの出来具合ではないが、そつなくまとまってはいた。

 ただ彼は、その塾の先輩によれば、表面的な返事は良いものの、肝心の仕事自体は、もう一つできる人物ではなかったという。

 

 これらの話を聞いたある先輩が、こんなことをおっしゃった。

 「履歴書や作文などの上手な人物は、確かにその通り優秀な場合もあるが、文章や文字で自分を取り繕っていることも、ままあるものだ」


 さて、高丸君の話に戻すが、彼は、いささかぎこちないながらも、面接練習を自宅で重ね、いよいよ、関西の専門学校の受験に臨むこととなった。

 面接だけだし、要はやる気があって来てくれるかどうかだけがポイントだから、ほぼ、その場で決まるとみてよい。実際、その場で結果が出た。


 次で述べるエピソードを紹介すれば、よくご理解いただけよう。

 要は、先ほど述べた2人の元塾講師たちの、ある意味正反対の状況となったわけである。

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