贅肉を売る

すでおに

贅肉を売る

「店内で、ビックバーガーセットで、ポテトとコーラ。それと単品でハンバーガー1つ」

 カウンターを挟んで立つ男は慣れた口ぶりで注文した。テイクアウトではなく店内飲食、セットのサイドメニューはポテトで飲み物はコーラ、それにハンバーガーを追加。これがこの男が決まって注文するメニューだった。


 商品の乗ったトレイを受け取った男はいつも通り、カウンターから見て左奥、窓際の二人掛けの席に一人で座った。そこが空いていなければその隣、隣も空いていないとしかたなく壁向きのカウンター席に座る。


 席に着くとまずストローを差してコーラに口を付け、ポテトをいくらか頬張って指先を舐めてからハンバーガーに手を伸ばす。締めがビッグバーガーで、食べ終わるとルーティンを済ませたようにそそくさと退店していく。好きなものは最後にとっておくタイプのようだが、好きならばこそできたてのうちに食べた方が美味しいのに、といつも眺めていた。


 服装はいつも同じではないものの似たような系統で、店に来始めた春先はインナーのTシャツの上に前を開けたボタンシャツ、下はジーパン。暑くなり始めてからはTシャツに短パンにビーチサンダルのラフな格好。自宅が近いのかもしれない。服装に気を遣わないのは興味がないからか家が近いからか。前者のように思えるのは、どこかオタクっぽい雰囲気をまとっているせいでもあった。


 そしてこの日は中肉だった。"この日は"というのが重要で、私がこの男に注目するようになったのは毎日店に来るから、だけでなく、その体形にあった。


 身長は170㎝に届かない小柄。初めて店に来た時はどちらかと言えば痩せ型だった、はずだ。第一印象を記憶しているわけではなく、思い返してみればというものだが、これには訳があった。

 毎日通ってくる男は、カウンターを挟んで向かい合っているうち、まるで近づいてきているかのように日に日に体が大きくなっていった。もちろん身長は変わらない。初めは気づかなかったけれど、段々と気づかずにいられないほど、店員の間でも噂になるほど丸々と太っていった。


 ストレスによる過食だろうか。ハンバーガーだけではここまで太らないから、よそでも大食しているのだろう。2ヶ月もすると、Tシャツの裾から下っ腹が見えるほどパツンパツンになり、汗をびっしょりとかきながら来店したが、男はそんなことを気にする素振りも見せず、いつものメニューを完食した。


 それが、そんな彼が、ある日突然げっそりして店にやってきた。昨日まで丸々としていたはずが、たった一夜で別人のようにやせ細っていた。いつもと同じ時間に、同じ服装で、同じメニューを注文したから気づいたものの、そうでなければ同一人物とは気づかなかっただろう。


 しかしそれで終わらなかった。男はやつれた体でお決まりのメニューを注文すると、また次の日も、その次の日も来店しては同じメニューを完食し、2か月も経つと元通り丸々と太った。それがまたある日、げっそりして来店したのである。


 なんなんだ?なにものなんだ?

 ドッキリ番組かと疑うほどに不可思議な現象が繰り返されていた。


―ちょっと訊いてみなよ―


 店員の間でささやきあったが、結局訊けずじまい。他の客が気づいて噂になっていないかとネット検索してみてもそれらしいものは見当たらない。毎日顔を合わせている店員でなければ変化に気づくものでもなかった。


 病気かと想像してみたところで、そのような病気は思いつかない。双子説もでたが、納得できる事情は見当たらなかった。



 その男と店の外で出くわしたのは、夜の8時を回った通り沿いの公園だった。他には誰もいない公園で、街灯に照らされた男は一人でベンチに座ってコーラを飲んでいた。昼間店に来た時と同じ白いTシャツと青い短パン、この日はまだ痩せ気味だった。

 隣には、いっぱいに膨らんだスーパーのビニール袋が置かれていた。ビニール越しに、赤い半額シールの貼られた弁当が重なっているのが見えた。買い物帰りにここで一休みしているようだ。


 私がベンチへ歩み寄ると男は怪訝な表情をしたが、すぐに和らいだのは街灯が照らした顔に見覚えがあったからだろう。


「いつもお店に来てくれますよね」


 男は座ったまま顔を見上げた。話しかけてみたもののどう続ければいいかまとまらずにいた私に、男の方から切り出してくれた。

「こんなに買ってどうするのか、興味があるんですか?」

 彼は横に置いたビニール袋に視線を向けた。興味を持たれている自覚はあるようだ。


 興味があるのはその袋だけではないが、控え目に頷いていた。


「もちろん自分一人で全部食べるんですけど。これは今日の夕飯と夜食と、明日の朝食の分です」

 彼はそう言うとコーラに口を付けた。


「全部食べられるんですか?」


「実は僕、ミートディーラーなんです」


「ミートディーラー?」

 聴き慣れない言葉に思わず眉間にしわが寄った。


「ぜい肉を売っているんです」


「ぜい肉を売る?」

 さらりと言われても簡単には飲み込めない。


「体についたぜい肉を売ってお金を貰っているんですが、まあご存じないでしょうね」

 男はまたコーラをぐびっと飲んだ。


「そんなことが出来るんですか?」

 脂肪吸引という整形手術は耳にしたことはあるが、売るとはどういうことだろう。


「血液や内臓を金にしている人もいるようですが、それとは近くて遠いものです。多くの人はぜい肉を邪魔ものに思っているでしょう。それはその通りでもあるんですが、世の中にはぜい肉を必要としている人もいるのです」

 男はコーラのボトルを股に挟んで続けた。

「隙間産業と言うんでしょうか。世の中には肥満で悩んでいる人がいるように、太れずに悩んでいる人もまたいるのです。数は少ないようですが。人に相談しようものなら『自慢してる?』と嫌味ととらえられてしまいますから口には出しづらいようです。ヘビやトカゲが苦手な人は多いですが、愛好家もいる。それと似ていると言えるでしょうか」


 男は手のひらでベンチの横を差した。座るよう勧めてくれたようだが、首を振って話の続きを促した。


「これまでは華奢であることが絶対条件だったファッションモデルも、最近では、不健康で教育上よろしくないと敬遠される事例も出てきました。痩せすぎたモデルが排除されてしまう。ですが世の中には生まれながらにして食が細い、あるいはいくら食べても太れないという人もいるわけです。無理やり食べることはそれはそれで体に悪いはずですがそういう声は届かない。天職であったはずの仕事からあぶれてしまう。そういった人はぜい肉を必要としているのです」


「買い取ってくれるのならぜひ自分もぜい肉を売りたい人という人がたくさんいそうですが」

 私もその一人だ。


「ぜい肉なら何でもいいというわけにはいきません。だからミートブローカーという仕事が成り立っているわけですが」


「ミートブローカー?」


「売り手と買い手を仲介してくれる人です。ぜい肉であればなんでもいいというわけにはいかないのです。色々と条件があって、まず新鮮なぜい肉でなければなりません。何年も熟成されたぜい肉はその人の臭いが染み付いてしまって、販売には適しません。それと健康な人。僕は太った時も血圧も血糖値も正常で、持病もありません。一番重要なのは、血液型のようにぜい肉にも型があって、一致しなければ提供できません。幸い僕はP2型で、これは一致する人が多く、買い手も多くつきます。1キロ1万円で買い取ってもらえます」


 筋が通っているようないないような、しっくり来てはいないが続きに耳を傾けた。


「意識的に太ることは簡単ではありませんし、それを生業とし、何度も繰り返すには根気も必要になります。時間も必要で、幸い僕はそれらの条件を備えていました。僕は子供の頃から太っていて、それでいじめられたりもして。ずっとコンプレックスでしたが、この仕事と出合ってそれがなくなりました。この体質のおかげで人助けができるのです」


 男はコーラを飲み干した。空になったペットボトルをベンチに置くと乾いた音が夜の公園に響いた。


「始めたばかりの頃は、これからは思う存分好きなものを食べられる、それでお金がもらえると喜んだのですが、今は食事が楽しくなくなりました。仕事になってしまい、太るために食べなくてはならないのです。それでいてぜい肉が落ちてしまうので運動は出来ませんから、運動せずに健康なぜい肉を蓄えておかなければなりません。日々の積み重ね、それがミートディーラーになるということです」

 男は目を見詰めてそう言った。この日は痩せているせいで端正な顔付きに見えた。

「それでは帰って食事をしなければなりませんので」

 男は立ち上がってビニール袋を手にし、公園を出て行った。


 小柄ながらも精悍な背中が闇に消えて行った。

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