003 舞踏会における、王国の観察

 煌びやかな照明が、俺の視界を邪魔する。


 王宮の五階にある大広間は、流石というばかりか、豪華だ。その装飾は、たった一つであっても、港の惨状が食い止まる金が得られる。まさに贅沢の宴。金のシャンデリア。ミスリルの壺。壁にかけられた、荘厳な武具防具達。

 王宮の生活は、昔より随分と質素になっているのかと思いきや、案外そうでもないらしい。


 「ロゼ様。お一つ、いかがですか?」


 「ああ。一つ、貰おう。」

 

 忙しそうに、ウェイトレスが走り回る。ここでは、沢山の料理や酒が振る舞われるのだ。俺は、勧められたワインを一つ受け取り、一気に飲み干す。そして、邪魔になった、空のグラスをウェイトレスに返した。


 酒は、人の思考を鈍らせ、誤った方向へと導く。飲みすぎると、記憶を失う可能性まである、毒であるのだ。だが、毒であるからこそ、回復魔法が使える。ウェイトレスがギョッとした表情をしたが、俺が酔う心配はない。

 

 「も、もう一つ、どうですか?」


 「いや、いい。」


 ウェイトレスの声が、何故か震えている。別に酒が好きってわけではない。なんせ酔わないからだ。


 俺のランクでは、酒を飲んでも体が勝手に毒を分解するので、アルコールが回らない。回復魔法をかけたのは念には念をおしてだ。任務中に少しでも酔うわけにはいかない。

 俺が一杯飲んだのは、舞踏会では、勧められたら一杯飲むってことが常識なだけ。


 「おい、ゼロが、龍も酔い潰れるっていう、ドラゴンエールを一気飲みしたぞ」

 「どうせ手違いだろ。ありえん。誰かが、入れ間違えたんだよ。ふざけんなよ。」

 「ゼロの野郎が無様に倒れる姿、見たかったぜ」


 不愉快な声を、俺の研ぎ澄まされた聴力が捉えた。他にも、散々な言われようだったが、その中で一番多いのが、「我儘で無能のゼロ」という中傷だった。


 初めは、ゼロと呼ばれてピクリとした。俺の教会での登録コード名がそれとまったく同じだから、どこかで漏れたのかと勘違いした。だが任務中は基本、ファーストが被っている仮面。認識阻害付きの特注品をつけている為、俺のことが外部から漏れる筈はない。


 話を盗み聞きする限り、どうやら、何もできない無能力を揶揄して、ゼロとからかわれていたみたいだ。反対から読んだらロゼだからか……。ネーミングセンスが、俺のコード名を名付けた、アレゴロと同レベルな奴らである。

 

 だがおかしい。何がおかしいってか、小馬鹿にされているのが偽人間レプリカドールだからだ。あれには上級の精霊が搭載されている。性能も、既に実証済みだ。普通の生活を送る分には、何も困ることはない筈であるが。


 「……ねぇ、ろぜ。わたし、ちょっとよっちゃったかも。」

 

 マルタが顔を真っ赤にしながら、猫撫で声でそう言う。最初の一口を飲んでからずっと、この調子である。足取りは覚束なく、執事の男が支えなければ、今すぐ倒れるだろう。服装も、入場した他の頃と比べて、随分乱れている。多くの貴族達の目に毒だ。


 「けっきょく、せーゆーしゃにもあえなかったしぃ。さいあく!」

 

 「姫、少し飲み過ぎです。また旦那様に怒られますよ」


 「え……えーいっ! 煩いッ! !? ……ッて、あれれ??」


 マルタにこっそり回復魔法をかける。このまま放っておくのは、酷である。

 酔いが覚めたのが自分でも分かったのか、マルタは赤い目をパチクリさせて辺りをキョロキョロ見渡す。




 まぁ、偽人間レプリカドールの性能だなんて、今考えても仕方ない。俺は思考をやめることにした。


 丁度、涼しい風が、大広間の中へと忍び込む。

 昔、よく一人で遊びにきたからか。なんだか、俺は無性に外に出たくなった。


 ……少しくらい、仕事以外のことを考えても、バチは当たらないだろう。


 「少し、夜風に当たってくる」


 マルタにこっそり耳打ちして、ラウンジに出る。大きな扉を潜り、少し歩いた先には、王国全体が見渡せる場所がある。

 その場所は、人によっては空中庭園と呼ぶ人もいる。


 身を乗り出し王国を見渡す。ネオンの光が綺麗な街だ。その懐かしい景色を見たからか、俺は珍しく、傷心的センチメンタルな気分になってしまう。思わず、昔のことを思い返してしまう。


 魔王討伐。その第一人者として、教会暗部の秘特階級シークレットランカーに選ばれたのは、もう三年前のことだ。教会からの命令は、以降一層激しくなっていった。前線での野宿は当たり前。連日連戦も、回復魔法が使える俺だからこそ可能だった。


 毎日が、闇の眷属との戦いである。血を血で洗うその戦いは、一体なんのためだったのだろう。そんなことを、王都の平和ボケ具合を見ていたら、ふと思う。


 「ここ……、綺麗でしょ? 僕が見つけたんだ。ここだと……、街が一目で見渡せる」


 背後から、聴き慣れない声が届く。子供っぽい声。


 一筋の風が、俺の体を通り抜けた。庭園の中央の梅の木から、枯れ葉がダンスを踊るように、宙を舞う。


 「フザケるな。ここは、俺が最初に見つけた場所だ」


 思わず反射的に、俺は軽口を返す。すると、声は、ちょっと小馬鹿にしたように、ププッと笑った。

 

 「……ふふ。知ってるよ。冗談。なんせ、ここは、君が、僕に。教えてくれた場所だからね……、ロゼ」

 

 まるで全てを赦すような、優しい声調だ。


 黒目黒髪の男だった。中性的で綺麗な顔立ち。華奢な体つきで、剣の一つすら握ったことない柔らかい手。けれども、体には鎧を纏っている。俺が幼い頃憧れた、宝物庫に立てかけられた鎧。決して厳ついことはないが、静かな威圧と畏怖を感じさせる。フェンディルの鎧。


 この男が……、おそらく、聖勇者なのだろう。俺にはそう確信できた。普通ならば、聖勇者特有の輝かしさに、思わず感嘆するところだろう。


 けれども俺は……、警戒レベルを一つ、上げる。この男こそ、俺の今回の粛清対象ターゲット。シオンだからだ。


 シオンが、俺の殺傷範囲キルゾーンまでのこのこと歩いてくる。とても無防備だ、今なら九十%、殺れる。だが、奴の能力は計り知れない。確実に殺れない場面では、やらない。最低でもランクと、使える魔法、癖、スキル。これくらい知っておかないと、聖勇者レベルを相手取るには不利だ。


 「なんで……、ここにきた。今回の舞踏会の主役は、アンタなんだろ?」


 俺はとっさに、マルタから聞いた情報をそのまま使う。シオンは俺から目を逸らした。口元は微かに笑っている。だが、その表情から読み取れるのは。迷い。困惑。葛藤。


 「ここからは……、僕が守らないといけない人達がみえる。国が見える。僕がずっとこのまま逃げていたら……、必ず、敵はここを攻めてくる。そしたら……、きっと多くの人が死ぬ。」

 

 シオンは、一つ一つ言葉を選ぶように、呟いた。 

 聖勇者がこの世界に呼び出されたのは、たった半年前。それまでは、別の世界の、戦争すらない平和な国に住んでいたらしい。それが、王国に来て、自身が守らなければならないと考えるほどになったのだ。王国のやつらに何を吹き込まれたかは知らないが、素直に、俺は、立派だと思う。



 「たいそうな、正義感だな」


 「そんな、他人事な。君も、僕が戦いに行かないと、困るだろ」



 シオンは、今まで平和に暮らしていたせいか、生き物の命を奪う行為が……、とても苦手らしい。魔物を殺すことすら吐き気を催すほどで、植物系の魔物を倒すことでランクを上げていたようだ。そして、限界がきた。それからは、逃げるように王国の中に篭っていたらしい。

 一部の貴族たちからは、非難を浴びているのも事実だ。そんなものはもはや、とても聖勇者とはいえない。と。


 「逃げたきゃ、逃げればいい。確か、聖勇者って。他の世界から来るだろ? だったら、この世界のことなんか関係ない。」


 俺がいうと、呆れたようにシオンは乾いた笑みを浮かべる。


 聖勇者が逃げれば、秘密裏に始末しやすくなる。殺す大義名分ができるから堂々と仕事をこなせる。聖勇者は今の状況から逃げることができる。どちらもWIN-WINの関係である。


 そんな打算があった。けれども、これは俺の本心でもあった。仮に俺が聖勇者だったならば、迷わず逃げるだろう。俺には、見ず知らずの奴のために、かける命など、ない。


 「……ハハ。逃げたきゃ逃げろ、だなんて、この世界に来て初めて言われたよ」


 シオンは、呆れたようにため息をついた。 


 「それなら、一回やってみて、無理なら逃げればいい。実際。向き合ってみないと、わからないこともある。」


 「……そうだね。向き合ってみないと、わからないことも……、あるよね」

 

 シオンは掌をじっと見つめた。そして急に、天に向けて振り上げた。星を掴むように、拳を強く握った。


 その眼差しには、先程までの迷いは見られない。


「ありがとう。ロゼ。やっと目が覚めたよ。僕は……、行く。」


 そこで、俺は漸く気づいた。粛清対象ターゲットにアドバイスをする無意味さを。自分から、面倒事を増やしただけだ。失敗した。雰囲気に、流されすぎたかもしれない。



 「いや、やっぱり、考え直せ。俺は逃げた方がいいと思う。それに、聖勇者なんかいなくても、案外魔王って倒せるだろ」


 「なんでこう……、人の決意に水刺すようなこと言うのさ」


 俺が何言ったとしても、シオンは、きっと立ち向かっただろう。言葉にはしないが、なんだかそんな気がした。


 「そういえば、君、随分とランクが上がったんだね。あぁ。スキルで人のランクが見えるんだけど。ごめん! 勝手にみちゃ不味かった?」


 「……まぁ。問題ない。」






 

 「!! それにしても! 僕よりも五も高い。ランクだなんて! ずっと王宮にいたのに、一体どこで訓練したんだい!!」








 大広間の真ん中、全ての貴族がシオンのことを注目する。


 「僕は……、魔王討伐へと旅に出ようと思います! あ、それと……、パーティなんだけど! 一人推薦したい人がいます! 第五皇子の、ロゼ! 僕と、どうか一緒に来てくれませんか!」



 俺は死んだ。

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