我儘で無能と蔑まれてた王子は、実は序列上位でした〜教会暗部のシークレットランカー〜

麗音

001 八年ぶりの王都とその惨状

「……相変わらず辛気臭ぇな」


 魔王エルメスが宣戦布告して十年。それ以前では考えられない光景だ。かつては他国との貿易で栄華を誇った王都唯一の港は、今やボロボロに廃れて活気がなくなっていた。


 路傍には浮浪者や浪人が物乞いをしている。王宮の方はもう少しマシであるが、ここはより、多くの人が通るから問題だ。それなのにこの体たらく……、一体どうにかならないものか。


 古くて、表面が錆びて剥き出しになった門をくぐる。


 他国から王都への道は、陸路から水路であるが、今は強い魔物が増えているので、船での移動が主な手段であった。だから、王都へと向かうにはこの港を通るっていうのが一般なんだが、唯一の窓口であるここが、未だにこんな有様だという現状に、俺は頭を抱えることしかできない。


 俺が王都を発った八年前とあまり変わってないところ、この国は、港の状態を随分楽観視しているらしい。あるいは改善の余地がないほどに国の財源が枯れ果てているのか。どっちにしろ、その切羽詰まった状況に俺はため息をついた。


「お待ちしてました。」


 物陰から現れたシスターに、顔を顰めながら軽く会釈した。街の教会にいるシスター達と同じような、上等なシスター服をきている。

 

 俺が顔を顰めた理由は、顔面に怪しげな仮面をつけていたからだ。仮面をつけたシスターほど、怪しいものはない。十中八九、それを見たものはシスターを騙った愚者だと勘違いするだろう。だが、彼女の右耳には、司祭であることを示す球状のリングがついている。おそらく本物だ。


「教会からの命令で前線より帰還した。認証ナンバーは000で、登録コードはゼロ……。あんたは?」


「私は、認証ナンバー053。登録コードは、ファーストです。ゼロ様を枢機卿の元に案内する為に遣わされました。」


「よろしく頼む。ファースト。生憎久しぶりの王都だ、内情には疎くてね。何かと分からないことが多いから、色々と聞くかもしれない」


「こちらこそ。もし、至らない点がございましたら、ご申し付け下さい」


 淡々とした声調でファーストがそう述べた。事務的なその言葉に、彼女の意思はまったく窺えない。傭兵としては多いタイプだが、シスターとしては珍しい。治癒術とは、己の感情を力に変える源とするので、術師の多くは情熱的な奴なのだが。


 ファーストに連れられ、薄気味の悪い路地裏へと分け入った。


 住むものが居なくなり何年も放置された栖をいくつも通り過ぎる。住民は逃げたのか死んだのか分からないが、随分と無駄な敷地である。どうにかせねばなるまいが、こんな柄の悪そうな土地に移住したい物好きもいないだろう。戦争が続けば民は困窮する。とはいえ、八年前の状況より今はあまりにも酷い状況かもしれない。

 

「……俺がいた時は、これほどではなかったぞ。皇帝は一体何をしている?」


「皇帝様は、隣国との関係悪化を食い止めるのに精一杯のようです」



「まったく。なんという、体たらくだ。」


 魔王軍の侵攻が迫ってきている今、人類同士で争っている暇などない。おそらく、この国もかの国も、敵の脅威をイマイチ理解し切れていないのだろう。もし、一人一人が人類の上位者以上の力を持つ幹部の力を目の当たりにでもすれば、すぐにでも協力し会えるだろうか? 考えてみる余地はありそうだ。

 

 国中心部へと近づいていくにつれ、少しずつ浮浪者の数は減っていった。だが、建物の古びた感じは未だに変わることはない。歩いている人の質は、先ほどまでの柄の悪さと比べてはマシになってる気がするが、俺の思い過ごしの線もある。


 ファーストは、オンボロな建物の中で一際目立つ美しい建物の前で立ち止まった。


 それは、どこの街でも存在する教会である。王都の教会は、他の町と比べて一際綺麗だった。俺も所属する神聖ローレライ教団は王国とは別口の勢力で他国にもその力は通用している。北の帝国、西の皇国。そして南の王国。大陸全土に影響力をもつ、国家の利益とは独立した存在。それこそが、教会が王都の惨状に晒されていない唯一の理由であるのだろう。


「久しぶりだ、教会というのは。」


「……前線でも、教会はあったのでは?」


「教会は確かにある……。けど、俺は特に最前線にいたから、顔を出してる暇なんかなかった」


「毎日教会で祈ることは、教義で決まっていますが……」


「仕方なかったんだ。雪崩のように攻め込んでくる闇の眷属を、代わりに毎日相手してるんだ。きっと許してくれるだろ」


 ファーストは咎めるような視線で俺のことを睨みながら、教会の裏側へと向かっていった。表の華やかさと比べて、些か不釣り合いが過ぎるほど不気味な場所だ。扉に手をかけ呪文を唱えると、ファーストの姿は一瞬のうちに消える。


 その扉は、部外者の立ち入りを許さないためか、移動式の魔法陣になっている。司祭クラス以上魔力を持ち、かつ管理者の許した人間でなければその道は潜れない。さらには、任意に設置できる特殊な魔法陣のため、簡単には見つけることはできないだろう。


 以前来た時もさながら、相変わらずの徹底ぶりだ。


 神聖ローレライ教団は一つの巨大な勢力であるとはいえ、その内実は四つの組織に分かれている。まず、教会の財布を管理する財務部、武器を生み出す技術部、教会の神官を務める事務部、教会全体の政治を司る内政部。


 それら四つは敬虔なるローレライ教団の信徒ならば知っていることであるし、教会も公表している情報である。


 けれども、実は教会の組織には、ある。


 その五つ目が、俺の所属する暗部であり、その存在は一般人には秘密とされている。

 

 暗部の役割は、教会の威信とその秩序を保つこと。主に戦闘を担う組織であり、闇の眷属を葬ることが役割だ。だが時には、異端と認定された人間を処分することもある。そんな、一見。非殺生の教義に反するような任務だから、公に対する情報の統制は当たり前だし、隠密性を崩すことはない。


 ファーストが消えていった渦の中を不審に覗き込みながら、俺は滑るように魔法陣に入り込む。世界が暗転する–––––。



「……クソ。また、通れたか」


「教会の技術部は優秀ですから。万が一にも貴方が通れないことはありません」 


「そんなことくらい、知っている。」



「……行きましょう。枢機卿がお待ちです」


 ミスリルでできた頑丈な壁を半目でみながら歩く。その性格の悪さに頭が痛くなった。俺や同職が戦った成果は、全て枢機卿の成果になる。当たり前だが、結果を出せば出すほど教会からの暗部への支援金は増える。だが、暗部から俺たちに回される金が増えたことは一度たりともない。


 本部の守りを固めることで結果的に俺たちの仕事の成果につながるらしい。だがどう考えても、嫌がらせにしか思えない。俺にはそうしなければならない理由が全く分からないからだ。他の暗部の奴らも、恐らく枢機卿の趣味だと思ってるだろう。そんな意地汚い奴に、できれば会いたくない。


 クソ。手違いで魔法陣が作動しなかったら良かったのに。


 薄暗い。ミステリアスな雰囲気の廊下を歩く。ミスリルの銀色で目眩がする。目を擦りながらも暫く歩くと、扉が現れた。


 「それでは、私はこれで。」


 ファーストはそこまで俺を案内すると引き下がっていった。特に任務の話は、基本的に枢機卿と一対一で行うのだ。



 部屋の中は、今までの荘厳さと比べて質素だった。レトロな雰囲気のタンスに本棚。事務用の木造のテーブル。どれをとっても、高価そうにみえない家具達である。先程までの煌びやかさと比べて、少し見劣りしてしまう部屋だ。

 

 だが……、嫌いじゃない。そう思ってしまう。ここまでの長い廊下に張り詰めたミスリルとこの簡素な部屋。高低差がありすぎなのだ。思わず、拍子抜けだと感じて、警戒心を緩めてしまう。それが目的なら、やはり食えない奴である。いや、ただの趣味だという可能性もあるが……。


 「やぁ。久しぶりだね。ゼロ。いや、ロゼと言ったほうがいいかな」


 冷んやりした空間。止まった時間を静寂が包み込む。


 枢機卿アレゴロ。物騒な暗部といった組織のリーダーであるに似合わない。正真正銘のである。

 透き通るような真っ白な銀髪に、悪魔のように真っ赤な目。右耳には司祭のリングをつけていて、左耳には真っ黒な紋章を象った物をつけている。法衣を纏っているのは確かだが、普通のシスターが着ているものと少し違う。肌の露出を避けつつ、無駄を最小限まで省いた、運動性が高そうな法衣。


 そしてその美貌は、八年前から全くと言っていいほど変わっていない。薄気味悪い女だ。 


 「わざわざ前線から呼び出して、一体なんのようだ。アレゴロ。」


 「……ふ。相変わらずの傲慢な態度。私も人のことは言えないが、君も大概だね。」


「御託はいい。まさか、俺に会いたいといった。くだらない理由で呼び出したわけでもないだろ。」


 

 「私と君の仲だ。仕事の話ばっかりしていたら、つまらないのだが……。まぁいい、それなら建設的な話をしようじゃないか。例えばそうだ。君に頼み事がある、といったらどうかな。」

 

 そう言いながら、アレゴロは、ニヤリと口元を歪める。その様子は、どこからみてもシスターが浮かべる柔かな微笑みだ。けれども、俺には何か裏がある笑いのように見えて仕方がなかった。


 奴は、生粋のサディストであると同時に、生まれながらの効率主義だ。無駄話なんて尚のこと、自分の性質を知られてる俺を前にして、今更あんな笑いかけをするとも思えない。と、なると……。


 「……今回の仕事は、仕事であって仕事じゃないってことかよ」 


 「ご名答。さすが、頭がよく回る。」

 

 仕事であって仕事ではない。その言葉は、暗部ではよく使われる常套文句であった。それはいわゆる汚れ仕事。任務の達成難易度のくせして、報酬が殆ど得られない。


 そのため、同職の間では、割に合わないただのと言われる。


 「それに、ロゼ君。特別、君じゃないとできないことだ。」


 俺じゃないとできないことなど、たがが知れている。俺は直すことは得意だけど、壊すことは苦手だ。しかし。教会内部にはプリーストは沢山いる。敬虔なプリーストであるならば、誰でも使える治癒能力。その能力を求められているはずはない。


 「……必要なのは、肩書きか。」


 「そう。君の–––––、第五皇子としての肩書きが……、必須だ」

 

 アレゴロが、深刻な声調でそう答える。


 俺の肩書き……、それはアレゴロが言った通り、王国内での第五皇子としての身分だ。皇子の身分でできることなど、たかが知れてる。けれども、その中から考えると、相手は、貴族か、皇族か。よほどの権力者が相手のようだ。

 

 「俺が今あんたから受け持ってる任務は……、魔王討伐の援護だ。それを放ったらかして良いほど、優先度が高いのか?」


 「そうだね。優先度は、一番高いと言ってもいい。」


 「闇の眷属のスパイか、あるいは、教会を邪険する序列上位の異端者か。さて、アレゴロ。お前は、俺に誰を殺せというんだ?」


 緊張の糸が張り詰める。

 今まで、アレゴロがこんな表情をしたことはなかった。表情は硬く張り付いたような笑みを浮かべている。白い長髪が、その美貌が、時を忘れて静止する。



 「だよ」

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