石造りのビネーチ
私の家は町のはずれにある。
隣町に行くためには路地をぬけて中央通りを通る必要があった。
この町は王都ラウレラの近くにあるので、人の出入りが少なくはない。中央通りはいつも活気に満ちていた。
中央通りは、町のシンボルである噴水をぐるっと囲む広場のことである。中央通りには店が多く、
今日は休日で、バザールが開かれていた。
……どうりで人が多い。
人の隙間を縫いながら私は広場を抜けようと、足を進めた。
「そこの冒険者の兄ちゃん!ウチの防具見て行かないか」
「旅のお供にポーションはどうだい」
「小腹が空いたら窓辺のエール亭へおいで、宿もあるよ」
道行く人たちに声が投げかけられる。
バスケットを両手で抱えながら、少し早足で歩いた。落としたら大変だもんね。
「あれぇルチアーナちゃん!」
名前を呼ばれて振り返ると、笑顔の眩しい、恰幅のよいエプロン姿の女性が立っていた。ハンナさんだ。
「広場に出てくるなんて珍しいね。お買い物かい」
「いえ、隣町に行商に行こうかと……天気も良いので」
ハンナさんは夫婦で料亭を営んでいる。
人数よりちょっと多めに盛られるから、冒険者や大食らいの男たちに人気で、両親が生きていたころは記念日や特別な日によくお世話になっていた。
そうかいそうかいと短い巻き毛を揺らしながら豪快に笑う姿はこちらまで元気が出る。
「ルチアーナちゃんの刺繍は大人気だからねぇ。アッ、そう、この前仕入れてもらったの、また追加で頼んでもいいかい」
「わかりました、来週末でも大丈夫ですか?」
「頼んだよ。引き止めちゃって悪いね。またいつでも食べにおいで」
背中をパシンと叩かれて半歩前へつんのめる。
大きく手を振るハンナさんに別れを告げて、私は隣町へ向かった。
太陽はちょうど真上、心地よい日差しが肌に降りそそぐ。
◆
隣町、ビネーチは私の故郷から南へ一時間程歩いた場所にある。間の森を突っ切ればもっとはやく着くが、いつも迂回して倍の時間をかけていた。
以前は森に入っていた。
その方が時間の短縮になるし楽だからだ。だが、なぜだか森を抜けようとすると迷う。迷って、結局、迂回するのと変わらない時間がかかる。それどころか、それ以上に時間をくってしまうこともある。
私は特別方向音痴というわけではない。
むしろ道を覚えるのは得意な方だ。なのに、その森では嘘みたいに道が覚えられない。
今では、日頃家にこもってばかりだし、ちょうど良い運動にもなるのでまあいいかと迂回するようになったのである。
父や母と森に入っていたときにはそんなことなかったと思うけど……。
不思議なこともあるもんだと特に深くは考えなかった(だって森に入らなくても困ることはないし)。
「ついた」
ビネーチは静かな町だ。
地面は石畳で一歩踏み出すたびにカツ、カツと革靴が音を立てる。
くるりと辺りを見渡していつもの店へ向かった。ビネーチは石造りの建物が多い。それも相まってか、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
私が向かう先もそうだ。
石造りの、真っ白な雑貨屋。
軒先のチョコレート色の看板には『魔法雑貨ルーチェ』と浮き彫りで書かれている。名前の通り、魔力が込められた雑貨を中心な取り扱っている店だ。
母の生前の委託先のひとつであった。
今は店主さんのご好意で、私の作品を仕入れてもらっている。
「こんにちはぁ……」
ウォールナットの扉を開けると、ふわりと光の粒が隙間からすり抜ける。
外へ出ていった粒は何度か点滅しながらゆっくり光を小さくして消えた。込められた魔力は、対象から離れると消えてしまうのだ。
扉を閉めて中に入れば、たくさんの雑貨が天井までびっしりと並んで、まるで、私を見て!と言わんばかりにそれぞれが光の粒を飛ばしている。
眩しいぐらいの光から消えてしまいそうなものまで多種多様で、雑貨自体もマグカップから文房具、はてはホウキなども取り揃えられていた。
そのどれにも魔力が込められているのだから、凄いもんだと感心する。
「いらっしゃぁい」
しばらく見惚れていると、カウンターの奥の階段から間延びした声が聞こえてきた。
「今日はお買い物かしらぁ?」
「お久しぶりです。これ、少しできたので追加に」
「きゃあ、新作ね、よかったぁ。もう無くなりそうだったから連絡しなきゃって思ってたのよぉ」
店主、ミラさんがバスケットの中を覗いて顔をほころばせた。
ミラさんはエルフで、長命種だ。長命種は人間よりも遥かに寿命が長い。人よりも寿命が長い生き物はいくつかいるが、エルフはその中でも代表的な種族である。
長命種はその寿命のせいか、のんびりした性格のものが多いというけれど、ミラさんは特にそうだと思う。
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