第19話 「命の源」

「ぐあっ!? いってぇ……!」

「ばっかやろ、いきなり空から降ってくる奴があるか!」

「空じゃ……」


 僕はすぐ目の前にあるクルードの顔を見て、自分の予想が当たっていたことにふっと息を漏らした。それと同時に体中にすさまじい痛みが走り、思わずうめく。


 僕が飛び出したのは、ちょうど入り口の真上に当たる窓。どうして真上だと分かったのか。それは、僕の目が覚めた部屋の窓から見えた景色が、この事務所の裏側の景色と似ていたからである。だから、ちょうどその部屋の反対側に位置するあの部屋は、入り口のちょうど真上なのではないかと思ったのだ。


 それをクルードに説明すると、彼は驚きと呆れが入り混じったようにぐるりと目を回した。


「その予想が外れてたらどうするんだよ……? それに、俺らがいなかったら? 俺がキャッチできなかったら?」


 僕はクルードに地面に下ろしてもらい、深々と息を吐きだした。我ながらかなり無茶なことをしたと思う。彼の言う通り、クルードたちがこの場にいなかったら、僕の地理感覚がおかしなことになっていたら、クルードの反射神経が散々なものだったら。このどれか一つだけでも欠けていたら、僕は体中の骨を折って死んでいたことだろう。


「いやあ、何とかなるかなーって……」

「コハクくん!」


 鋭い声が聞こえ、僕はびくっと体を震わせながら振り返った。そこには、腕を組んで瞳に怒りを宿らせたクロウが立ちはだかっている。


「なんて無茶なことをしたんですか! クルードの言った通り、もしかしたら……いや、ほとんどの確率で死んでいたんですよ!?」

「いや、上にいたところで死にそうだなーと思って……」

「すぐに死にはしないでしょう! WDの連中に雲龍の住処を聞かれるなりなんなりして、少しでも時間はあったはず!」


 僕はその勢いに押され、肩を落とした。そんな姿を見たからか、少しだけクロウの口調が優しくなる。


「……まあ、君のおかげでピクエノの命が救われましたけどね。ウィスドム」

「ああ、分かっている」


 僕はのろのろと顔を上げ、ウィスドムがピクエノを抱えてくれているのに気づいた。僕が空中で放してしまったピクエノを、ウィスドムがキャッチしてくれたらしい。その際に角をぶつけたのか、腕のあたりを痛そうにさすっている。


「あ、そうだ、ピクエノが変な事しか……!」

「大丈夫だ。消える間際の戯言に過ぎない。こうしてやれば……」


 ウィスドムは右腕でピクエノの体を抱え、左手をピクエノの額にかざした。固唾をのんでその様子を見守っていると、おもむろにその左手が光り始めた。初めは目の錯覚かと思ってしまうほどの弱かったその光は、時間とともにその強さを増していく。そしてついに、目が痛くなってしまうほどに光が強くなった。薄い水色をしている。


「何を……?」

命力めいりょくを分けているんです」

「めいりょく?」

「命の力ですよ。雲龍は、なんと言えばいいか……人間とは異なった体の構造をしているんです。だから、水だけで生きていける。むしろ、水しか飲めない」


 クロウは目を細めてウィスドムから目を逸らした。まだ左手から光は発せられている。


「つまり、雲龍たちにとって命の源は『水』なんです。いまウィスドムは、それに似たようなものをピクエノに分けているんですよ」


 僕はまだ痛む体を押さえ、ゆっくり立ち上がった。隣に、ポケットに手を突っ込んだクルードが歩み寄ってくる。


「んで?」

「え?」

「どこのどいつをぶっ飛ばせば、俺の気が済むんだ?」


 僕は彼のことを見上げ、はっと息をのんだ。フードで陰っていてよく見えないが、その目は、傍から見ても分かるほどに怒りで真っ赤に燃えていた。もともとのオレンジ色の瞳が、それをさらに際立たせている。

 クルードは頭を振り、フードを払い下ろした。磨かれた角がきらりと光る。


「考え事はテメェがやれ」

「……クロウさんとかウィスドムの方が向いてるよ」

「あいつらは腹黒いだけだ」

「だけとは何だ、だけとは」

「そんなに腹黒くはありませんよ」


 二人の抗議を受けても、クルードはどこ吹く風。それどころか、にやりと笑みを浮かべた。


「飛び降りる度胸、気に入ったぜ。それに、逃げ出しながらあたりのことを観察して考えられるってのは、普通じゃできねーさ」


 突然の誉め言葉に僕は驚いたが、すぐに背筋を伸ばしてうなずいた。

頭脳担当に武力担当。カッコイイではないか。


「私とピクエノはすぐに〈雲の世界〉へ戻る。すぐに手当てしてやらねば」

「え、ケガしてるんですか?」

「ケガというほどでも……いや、心のケガか」

「……分かりました」


 僕は次にクロウへ目を向けた。彼は腹を決めかねているように視線をさまよわせていたが、不意に面白がるような光を目にたたえた。


「君たちがケンカを始めたら大変ですからね。ついていきましょう」

「よし、腹黒野郎が来りゃあもう大丈夫だろ」


 僕は首肯し、事務所の入り口の取っ手に手をかけた。一瞬、引きずり込まれたときの恐怖がぶり返してくる。それでも僕は、ゆっくり取っ手を下ろした。


「どれくらいやればいい?」

、だ」

「了解」


 僕は考えを巡らせた。あの神経質そうな男を除けば、あとは何とかなる。問題は、あいつをどうやってはめるか、だった。


「……クルード、聞いて……」

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