Rush Up
秋山如雪
Stage.1 ハードロック同好会
長い人生には全く予測もつかないことが起こるものだ。
これは俺が体験した奇妙で、そして決して忘れられない出来事の物語である。
すでに桜が散り、その花弁が残り火のように校門へと続く一本道に散らばっている。
着慣れていない新鮮な匂いのする制服をまとった俺は丁度帰路に向かう途中だった。
俺の名前は
だが、俺は音楽のエリートでもサラブレッドでもないし、もちろん楽器の経験もない。
ただ音楽、特に洋楽のハードロックが好きだからという理由だけで入学を決意した。
つまりこの高校の生徒全般から見て、変わり者で異質な存在と言える。まあ、元々音楽を積極的にやるつもりもなかったから、「普通科」と「音楽科」のうち、「普通科」を選んでいる時点で既に異質だが。
今日はその高校に通う初めての日、入学式だ。
そして、式とホームルームが終わり、帰宅途中の校門前で、そのアクシデントは起こった。
そう。それはアクシデントであり、ある意味ではこれから始まる一連の悪夢のような出来事の始まりを告げるものだった。
一陣の風が後方、つまり校舎側から吹いたように感じた。
それを確かめる間もなく、右肩を後ろから思いきり叩かれた。
「えっ」
思わず声を漏らし、振り返った先には一人の懐かしい顔があった。
長身をセーラー服で包み、漆黒の髪をポニーテールにまとめ上げた、少し大人びた雰囲気の女生徒が笑顔でこちらを見つめていた。その均整の取れた目鼻立ち、そして意志の強そうな大きな黒い目に綺麗なまつ毛、そして猫のような口には確かに見覚えがあった。
「優也! やっぱり優也だ。久しぶりだね」
「
そう、彼女は俺の知り合いだった。最も二歳年上の彼女は現在高校三年生。彼女が高校に入学してからは疎遠になっていたから、久しぶりの再会となる。
昨今の少子化の影響で、俺も麻弥姉も兄弟がいない。つまり一人っ子だ。
たまたま親同士が知り合いであり、交流もあったから小さい頃からお互いの家を行き来しているうちに、ごく自然に仲良くなり、実の姉弟のように育ってきた。
最も3年前の中学一年生の時に、同じ中学校に通う三年生だった麻弥姉の印象とは大分違っていた。
彼女は幼い頃から勝気で男勝り。というより、俺の記憶では常にショートカットでスカートも履かず、近所を男子たちと走り回っている悪ガキみたいな彼女の印象が未だに脳裏に強く残っている。
実際、中学三年生の時にもショートカットで男みたいな格好を好んでいた。
彼女がこの高校に入学したのは知っていたが、その頃からうちの両親と彼女の両親も疎遠になってしまい、ほとんど会った記憶がない。
これがあの男みたいな麻弥姉とは、時の流れとは恐ろしい。確か彼女は「音楽科」に所属していたはずだ。
そんな年上の幼なじみの顔を少し感慨深く眺めていた俺に、彼女は好奇心で目を輝かせながら、こんなことを聞いてきた。
「優也、入る部活もう決まった? 決まってないよね、初日だし」
その強引な口調に嫌な予感を感じた。
「そりゃ、まあね」
「よし、だったらこっち来て」
いきなり右腕を強引に取られ、連行される。
思い出した。彼女はこういう性格なのだ。昔から強引で自分がやりたいことに他人を平気で巻き込む。
嫌な予感はさらに的中する。
「ちょっと待て。どこに連れて行く気だ?」
「うちの高校、校則で必ずどこかの部活とか同好会とかに入らないといけないって知ってる?」
外見はともかく、相変わらず女とは思えない強い握力で俺の右腕を掴んだまま、彼女はつかつかと校舎に向かって行く。
「ああ、そういえば入学式で校長がそんなこと言ってたような……」
ていうか、そんなことはもちろん言われるまで忘れていた。
「じゃあ話は早い。私がイイトコロに連れて行ってあげる」
そう言って、小悪魔的な微笑を浮かべる麻弥姉。
こういう時の彼女は、大抵悪だくみしか考えていないことを俺はよく知っている。
そうやって昔から散々彼女に振り回されては、周りの大人に怒られてきたから。
まだ入学初日で、校舎の右も左もわからない俺を彼女はまるでお構いなしに連れ回し、気がついた時には、文科系の部室棟らしき古びた建物に入っていた。
そこの二階の一番奥にある角部屋の前で、ようやく彼女の足は止まった。
だが、扉の入口の上にある表札には何も書かれていない。
怪しい。いかにも怪しすぎる。
彼女は俺の右腕を掴んだまま、その小さな教室らしき部屋の扉を勢いよく開け、
「二人とも、連れてきたよ!」
子供のように元気に言い放つと、ようやく俺の腕を解放してくれた。
そこは、普通の教室の半分ほどしかない、小さな部屋だった。
しかもおかしなことに、会議に使うような味気のない机が中央に一つ、その周りにパイプ椅子がいくつか並んでいるだけだ。
その他には、かろうじて申し訳なさそうに置いてある小さな本棚にいくつかの雑誌が置かれ、本棚の上にミニコンポと、そして何故かギターケースらしきものと、楽器用の小さなアンプが部屋の隅に忘れられたように置いてあった。
パイプ椅子には二人の女生徒が座っていた。
向かって右側の一人は長身の麻弥姉にも劣らない長身の女性。鮮やかな艶のあるストレートの黒髪が美しいが、反面切れ長の吊り目で、こちらを訝しげに睨んでいる。顔立ちは整っているが、少し怖い印象を受ける。
一方、向かって左側のもう一人は、それとは全く対照的で、中学生くらいに見える小柄な幼児体型。表情も先程の女性とは逆に無邪気で、好奇心旺盛な子供のような円らな瞳で、こちらを興味深そうに見ている。どちらかというと小動物のような可愛らしさを持っている。髪型はセミロングで、その末端が少し跳ねているのが特徴的だ。
「紹介するね。幼なじみ兼舎弟の赤坂優也」
麻弥姉はそう言ったが、二人の反応は全く対照的だった。舎弟は酷いが俺は慣れている。
「あ、そう」
少し顔を向けただけですぐに目を逸らし、手に持った文庫本に目を落とす黒髪長身女。
「よろしくお願いしますねー」
一方、興味ありげに屈託のない無邪気な笑顔で挨拶する幼児体型女。
「優也。こっちのツンツンしているのが
相変わらず、性格を反映する大雑把で適当な説明だ。
ていうか、この小さい子が2年。先輩なのか。どう見ても中学生にしか見えん。
「麻弥先輩。小さい子はヒドいですよー」
「ああ。ごめん、ごめん」
そんな和やかな二人のやりとりを見ているよりも、まず聞いておきたいことがある。
「で、麻弥姉。ここは何部? 何の活動をしているの?」
すると麻弥姉は面倒臭そうに、
「ああ、ここね。一応、『ハードロック同好会』っていうんだ」
と答えただけだ。全然説明になっていない。
「ハードロック同好会? 何だ、そりゃ。活動内容は?」
「ここはいいよー。ゆるいし、ラクだし、適当に来てダベってたらいいし」
「だから活動内容は?」
麻弥姉は小さな溜息を一つついて、
「うーん。まあ、アレだね。適当にハードロックとか聴いて、適当に論評して、後は……」
「後は?」
「まあ、そんなところ」
「どんなところだよ!」
つい突っ込んでしまった。
「はあ、もうわかった。でもな、麻弥姉。俺はここに入るなんて一言も言ってないぞ」
「じゃあ、何か入りたい部でもあるの?」
「ないけど、一通り見学くらいしてから決めたい」
それに対し、麻弥姉は呆れたような口調で、
「ああ、無駄無駄。あんた、昔から優柔不断だからね。どうせ色んな部活見ても結局、どこにも決められないって」
と言ってきた。悔しいが反論できない。確かに音楽付属校に入ったのに全く音楽ができない俺には選択肢は限られてくる。
「まあ、人助けだと思って入ってくれないかな?」
「人助け?」
「そう。これもうちの校則でね。部として認められているところは最低5人。同好会は最低4人って決まってんの。このままだと、この同好会も解散になっちゃうからさ」
「それなら別に俺じゃなくたっていいだろ。女子ばかりなんだから、女子を入れればいいだろ」
しかし、その提案は麻弥姉の鶴の一声であっさり却下となった。
「何で? 今から探すのメンドい。せっかく知り合いがいるんだから入ればいいじゃん」
何かもう彼女とのやりとりが疲れてきた。この人は昔から何かあると「メンドい」で済ます適当な人だからな。
「そもそも何でハードロック同好会なんかに入ってんの? 他にもあるだろうに」
麻弥姉はついに大きな欠伸をしながら、
「まあ、ラクだってのもあるんだけど。この同好会については凛ちゃん。あなたから説明して。あたし、もうメンドいから」
と後輩にいきなり無茶振り。
「えっ。私ですか?」
白戸凛と名乗る小柄な先輩は一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐに気を取り直したのか、その円らな瞳を俺に向けて説明を始めた。
「私も又聞きなんですけど、どうも何年か前の卒業した先輩が隠れ蓑に作ったらしいですよー」
「隠れ蓑ですか?」
「ええ。ほら、うちの高校、必ずどこかの部か同好会に所属しないといけないでしょ。でも、どうしてもどこにも合わない人もいますよね?」
「ええ、まあ」
「そういう本当は帰宅部でいいやっていう人が、生徒会からの隠れ蓑に作ったんですって」
どこかの適当で面倒臭い女とは違って、彼女の説明はわかりやすい。
「でね、最初はそういう帰宅部志望の人が結構いたらしいんですけど、結局そういう人って幽霊部員になって来なくなっちゃったらしいんです。で、生徒会からも目をつけられて、大半の人は別の部とか同好会に移っちゃったから、今はこの同好会も解散寸前なんですって」
「うちの生徒会は厳しいんですか?」
「はい。一応学校の方針で、部や同好会がきちんと活動しているかチェックしているらしいんです。活動の有無は入学希望者にもアピールできるから、たまにチェックしているらしいですよ。特に今の生徒会長は真面目な人なんです。わかりましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「どういたしまして。よかったー」
安堵したように照れ笑いを浮かべる白戸先輩。どこかの面倒臭い女と違って可愛い人だ。
「で、どうすんの?」
和んでいる俺に、鋭い声がかかる。
「どうするって言ってもな。少し考えさせて……」
「却下!」
いきなり遮られた。
「大体あんた、音楽なんてロクにできないじゃん。そのくせ、『
さすがは幼なじみ。俺の趣味のことをわかっている。そうなのだ。俺は洋楽を中心としたハードロックやヘヴィメタ、パンクなどを「聴く」のは好きだ。ただ、楽器は全く弾けないし、別にやろうとも思わないが。
「ヘタレ洋楽オタクは余計だ。まあ、でも確かにその手の音楽を聴くのは好きだ」
「じゃあ、いいじゃん。ここに来て、携帯音楽プレイヤーで好きなだけ聴いていればいいよ。誰も邪魔しないし」
その麻弥姉の一言に安心した俺は、つい出来心でそれを肯定し、受け入れる決意を下してしまう。
後々考えると、それがそもそもの間違いだった。
まあ、健全な男子高校生としては綺麗どころの女子生徒が三人もいる同好会なら入りたいという気持ちも否定できまい。
「わかったよ。とりあえず名前だけ入れといて」
俺の一言に麻弥姉は、
「やった! これで卒業まで安泰ね」
と大喜びしている。
「赤坂くん。改めてよろしくお願いしますねー」
白戸先輩も笑顔を見せている。
そして、黒田と名乗る無口な女はというと。
我関せずという感じで、一人黙々と文庫本を読んでいた。よくわからない人だ。
こうして俺は、強引に半ばなし崩し的にこの「ハードロック同好会」なる怪しい同好会に加入した。
その時、ふと目についたのが、例の部室の隅に忘れ去られたように置いてあったギターと思われるハードケースだった。
このケースの持ち主が誰かを確かめておかなかったことが、後に波乱を呼ぶことになる。
ちなみに、黒田先輩も白戸先輩も予想通り「音楽科」に所属していた。やはり俺はこの学校では異質らしい。
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