第20話 今朝の出来事と犯人の目星

「まあ、座れって! 背中はいてえけど、まあ生きてるからな。問題ねえよ」

「・・・そうですか。それより何があったんですか? 刺されたって聞きましたけど、背中を・・・」

「ったく。ミッチャンは、おしゃべりだな」

 苦笑いを浮かべる星矢さんは、背中を摩っている。笑うと背中に響くと言いながら、笑っていた。『翔太、笑わせるんじゃねえよ』と、理不尽な事を言われたが、『それは自爆ですよ』とは言えず、素直に謝っておいた。

 星矢さんは、今朝の状況を教えてくれた。突然、刺されたのは、様々なお店を飲み歩いた明け方の事であった。千鳥足で女性と歩いていたところ、路上で突然背後から刺されたそうだ。僕の知らないお連れの女性が、救急車を呼ぼうとしたが、それを制してタクシーでこの病院へ来た。この巨大な総合病院の院長さんとは、懇意にしている仲のようだ。救急車を呼ばれてしまったら、警察が動いてしまうから拒否をしたそうだ。そして、この病院の院長先生の計らいで、この最上階の個室をあてがってもらった。

「俺はよ、個室じゃなくても良いって言ったんだぜ? でも、あの野郎が勝手によ」

「それは、お知り合いなら、そのくらいの事をしてくれると思いますけど」

「知り合いだからこそだ! 畜生! 折角、この美貌を生かして、女専用の病棟に入れると思ったのによ。気の利かない奴だぜ」

 いや、だからこそ、個室にしたのだろう。星矢さんを女性専用の病室に入れたら、それこそ大惨事になりかねない。かと言って、男性の病室に入れても、色々と問題が起こりそうだ。いや、起こしそうだ。どうして、背中を刺されて、ハーレム状態を望む元気があるのか、さっぱり理解できない。院長先生の冷静で懸命な判断が、最適だ。それでも、そんな軽口を叩けるほど、状態は悪くないと言う事に、胸を撫で下ろした。しかし、一つ腑に落ちない事がある。

 背中を刺されて入院する程の怪我を負ったのに、救急車を拒否した件だ。星矢さんの性格からして、警察に根掘り葉掘り質問攻めに合うのは、面倒だろう。しかし、刺した犯人がいるのなら、警察に被害届を出し、逮捕してもらった方が良いはずだ。そうしなかった理由があるはずだ。

「あの、星矢さん・・・聞いても良いですか?」

「嫌だ」

「・・・警察を拒否したかった理由は、面倒だったから・・・じゃないですよね? 犯人を知っていて、その人を庇ったんじゃないですか?」

「だから、嫌だって」

 星矢さんは、プイッとそっぽを向いて、窓の向こう側に広がる空を眺めた。星矢さんにつられるように視線を向けると、空には色鮮やかなオレンジ色が迫ってきていた。星矢さんは、外を見たまま微動だにしなかったが、僕は諦めず彼を見つめ続けた。その状況が、三分くらい続いた時に、星矢さんは白旗を振ったみたいに深い溜息を吐いた。

「・・・そうだよ。昔の客だ」

「そうですか。庇う程、大切な人なんですか?」

「女は、皆大切だ。女は、国の宝だ」

 飛躍しすぎているし、誤魔化しているようにも聞こえるが、きっと本心なのだろう。

「だから、その人を庇ったんですか?」

 正直、僕は怒りにも似た感情を孕ませて、星矢さんを見つめていたのだろう。いや、睨みつけていたかもしれない。星矢さんを刺した女性に、怒りを覚えている。そして、そんな女性を庇おうとする星矢さんにも、少し憤りを感じる。人を背後から刺すだなんて、常軌を逸している。勿論、正面からでもいけない事だが、無防備な状態で強硬に及ぶ精神に、嫌悪感を抱かずにはいられない。卑劣極まりない。そんな人間は、法の裁きを受けるべきだ。すると、いつも自信に満ち溢れていて、美しい星矢さんの顔が、露骨に歪んだ。星矢さんの顔を見た瞬間に、我に返った僕は、途端に居心地が悪くなり、慌てふためく結果となった。怒りのボルテージが、急激に下降していった。

「恥の上塗りだ」

「え? どういう事ですか?」

「・・・悪いのは、俺だよ」

 まるで、悪事が母親に見つかった子供のように、星矢さんは肩を落とした。


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