第19話 初めてのお見舞い

 外回りの最中に悲報を受け取った僕は、社用車のハンドルを握る手が震えていた。コンビニに社用車を停車させ、これからのスケジュールを確認する。昼食後、一件の打ち合わせを終えたところであった。後二件、お客様を訪問しなければならない。お客様の位置と、星矢さんが運ばれた病院の位置を確認した。距離と時間を考えて、お客様訪問後に病院へ行った方が良さそうだ。帰社時刻が遅くなる事を上司に報告し、浅岡君にラインを送った。

 二件のお客様訪問を終え、スマートフォンを確認すると、浅岡君からラインが入っていた。命に別状はない事と、運ばれた病院と、これから病院に行く事を送り返した。すると、浅岡君も業務終了後に、お見舞いに行くとの事であった。今の時刻だと、作業員は仕事中だけど、きっと気が気じゃないのだろう。心配で注意力散漫にならない事を伝えた。

 さて、と一先ず深呼吸をした。僕が事故を起こしてしまっては、元も子もない。ナビに病院を指定し、アクセルを踏み込んだ。

 総合病院の地下駐車場に到着し、エレベーターに乗って、一階の受付へ向かう。

「すいません。八剣星矢さんのお見舞いに来たんですけど」

「はい、少々お待ち下さい・・・あのそのような方は、お見えになっておりませんが」

「え?」

 受付のお姉さんが、申し訳なさそうに眉を下げている。病院を間違えたのだろうか? スマートフォンを取り出し、父さんからのラインを確認する。場所は、合っている。そう思った瞬間、盛大なミスに気が付いた。八剣星矢さんは、ホスト時代の源氏名だ。しまった。星矢さんの本名を知らない。

「ええっと・・・今朝、ここに運ばれてきた人なんですけど・・・あの、男性なんですけど、見た目は女性で・・・その」

 見るからに不審者の如く狼狽えてしまった。確実に混乱しているのだろう。ハッとした時には、胸の前で左右の手にボールを持っているような仕草をしていた。胸が大きい事をアピールする必要なんかどこにもない。

「ああ! あの方ですね! 失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「あ、はい。竹内翔太です」

「少々、お待ちください」

 丁寧に頭を下げた女性スタッフは、手元に置いてある受話器を持ち上げて、どこかに電話をかけた。そして、相手に僕の名前を告げ、受話器を置いた。

「お待たせいたしました。ご案内いたしますので、こちらをご覧下さい」

 女性スタッフが、カウンターの上に、病院内の経路が描かれている地図を広げた。僕は、覆い被さるようにして、地図を目視する。女性スタッフは、細い指で地図を撫でるように、目的地の場所を説明してくれた。

「ありがとうございました」

 首を突き出すようにして会釈し、受付を後にした。まるで巨大な迷路のようになっている通路を歩き、別館へと移った。エレベーターに乗って、最上階である六のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まったところで、大きく息を吐いた。これまでの人生で、病院のお世話になった事がなかったので、妙な緊張感があった。小さな歯医者なら行った事があるが、これほどまでに大きな病院にきたのは、初めての経験だ。物珍しそうに観察するのも失礼だと感じたので、悟られないように眼球だけをキョロキョロ動かしていた。当然、誰かのお見舞いに来たのも初めての経験だ。幸いな事に、家族は勿論、友人知人も丈夫な人が多い。病院と縁遠いのは、喜ばしい事だろう。だからこそ、知人が何者かに刺され、病院に運ばれたと知らされた時は、心臓をキュッと掴まれたように感じた。

 エレベーターから降りて、女性スタッフに教えてもらった部屋の前に立った。部屋番号しか表示されていない扉を、緊張しながら叩いた。室内から返事があり、恐る恐る扉を押した。

「おう、翔太。よく来てくれたな。ここに座ってくれ」

 開いた扉の隙間に顔を押し込めると、星矢さんが嬉しそうに手を上げた。

「星矢さん! 大丈夫ですか?」

「大丈夫だったら、こんなところにいねえよ」

 慌てて駆け寄った僕に、星矢さんは笑いながら、ベッドの横の椅子を指さした。

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