第10話 小百合ママの助言

 我が家も順風満帆という訳ではない。

 僕は、父さんを応援しているが、我が屋の女性二人は、そうではない。母さんは、あまり興味がないらしく、干渉しない。父さんが、好きな事をしているのだからと、頻繁に友人達と旅行に行っている。応援はしないけど、邪魔もしないという感じだ。母さん自身が、自由に動けるようになったから、むしろ喜んでいるくらいだ。しかし、妹の結衣は、あまり良い印象を持っていない。年頃の女性というのもあるのかもしれないが、家族会議が開かれた晩から、あまり父さんと会話をしていない。とは言え、僕もマーブル外では、父さんと会っていない。夜の仕事だから、活動時間が真逆だ。

 父さんの仕事を応援したいのは勿論だが、僕が父さんと母さんと結衣の橋渡し役を買って出たようなものだ。余計なお世話なのかもしれないけど、孤立無援では父さんが可哀そうだ。夕飯の時に、父さんの事やお店の話を二人に聞かせてあげる。興味がなさそうに素っ気ない相槌しか打たない二人だけど、話を遮断したりはしない。そこが、まだ救いがある部分だ。この事を浅岡君に包み隠さず話した。

「竹内さんは、どうして受け入れられたんですか? 普通、自分の父親の女装姿なんか、とてもじゃないけど、見てられませんよね?」

 君が、それを言うか。でも、その通りだ。僕は、視線をソファの方へと向けた。ミッチャンママが、楽しそうに接客をしていた。

「正直に話して良いの? 君はあまり聞きたくない意見かもしれないよ?」

「是非、聞かせて下さい」

「親孝行になると思ったんだよ。大学も行かせてもらって、なに不自由なく生活してこられたからね。僕は、これまで与えられてばかりだったから。言葉に出してお願いされた訳じゃないけど、出来る限り願いは聞き入れたいと思ったんだよ」

 告白をするならば、肯定され受け入れてもらいたいだろう。その方が、嬉しいに決まっている。ただ、やはり僕の意見は、言わない方が良かったのかもしれない。浅岡君が、俯いてしまった。浅岡君が、親不孝という訳ではない。しかし、そう取られてしまいかねない、物言いであった。

「ごめんね、浅岡君。僕の意見は参考にならなかったね。でも、人それぞれ、考え方は違うから、浅岡君のご家族には、当てはまらないと思うから。気にしないでね」

「いえいえ、全然大丈夫です」

 浅岡君は、手刀を振りながら、目を細めた。本当に、大丈夫なのだろうか? 先ほどまでの明るさに、一気に影が落ちたように見える。

「翔ちゃんの言うとおりね。家族と言っても、それぞれ考え方が違うもの。参考にはならないわ。でもね、家族は基本的には味方よ」

 小百合ママが、カウンターの向こう側から、身を乗り出すように顔を寄せた。基本的にという言葉が、なぜか耳についた。

「ミクちゃんは社会人なんだし、自分の意見を押し通したかったら、しっかりプレゼンして、口説き落としなさいね。家族くらい、他の人に比べたら、簡単でしょ? 何十年っていうデータが蓄積されているんですもの。家族の一人一人が、何が好きで何が嫌いか。誰を味方につけるとスムーズに事が運ぶか。タイミングはいつか。これまでのデータをさらって、最適解を見つけるのね」

 小百合ママのアドバイスに、ただただ納得してしまった。家族の事を理論的に分析した事など、一度もなかった。僕は、これまで、ただ自分の願望を押し付けてきただけであった。

 頼りにならない僕のフォローを、小百合ママにしてもらって助かった。茫然と小百合ママを見つめていると、ウインクをされた。どういう意味なのだろう。

「ありがとうございます。しっかり分析して、家族を口説き落としたいと思います」

「ミクちゃんのお家は、五人家族なの?」

「はい、そうです」

「ふーん、じゃあ狙い目は、女性陣ね。お姉さまとお母さまを口説いて味方につけて、お父様を蚊帳の外に追い出す作戦が良さそうね。多勢に無勢よ。その事は、私達が一番良く知っているものね。それに、父親は娘に甘いものよ」

 小百合ママを真剣な眼差しで見つめている浅岡君が、顎に力を入れて頷いていた。

 浅岡君には、このスナック『マーブル』だけでなく、居心地の良い空間を増やしてもらいたいものだ。浅岡君を激励する為に、彼の肩を叩いた瞬間、内側から込み上げてくる感覚に襲われた。咄嗟に口を押え、大慌てでトイレに駆け込んだ。

 締まらないなあ。と、情けなく便器に顔を突っ込んだ。

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