女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

第1話 行きつけのスナック

 カランコロンカラン。スナックの入り口の扉を開けると、乾いた音が鳴る。どこか懐かしくて、耳障りの良い音が、僕達お客を迎えてくれる。

 週に三回か四回、仕事帰りにこのスナックへ立ち寄っている。もう常連と呼べるほどの、リピート率だ。そのお陰で、僕以外の常連客はもちろん、三人いるママさんやアルバイトさんとも仲良くしてもらっている。

「あーら、翔ちゃん! いらっしゃーい!」

 長い黒髪を耳にかけながら、小百合ママが僕をカウンターへ招いてくれた。L字型のカウンターの短い方へと座る。店の隅っこで、店全体を見渡せるこの席が、一番好きだ。小百合ママが丁寧に差し出してくれたおしぼりで手を拭く。

「小百合ママ、生頂戴」

「はーい! ミッチャン! 翔ちゃんが来てくれたわよ! 生お願いね!」

 小百合ママが、カウンターの内側の奥へと声をかけた。奥からは、了解した声が返ってくる。店内には、すでに何人かのお客さんがいて、顔見知りと目が合うと会釈をした。向こうは、もう出来上がっているみたいで、立ち上がって大袈裟に手を振ってくれた。僕は、苦笑いで返す。

 カウンターには、椅子が七脚あり、その背後にはソファとテーブルが並んでいる。全体で二十人弱ほど入れるだろう。こじんまりとした店だ。

 店内を眺めていると、笑みを蓄えたミッチャンママが、僕の前に生ビールを置いた。そして、溜息を吐いた。

「あんたまた来たの? 年頃の男が、こんな店に入り浸ってんじゃないわよ」

 常連客に対して、とんだご挨拶だ。先ほどまでの笑顔が嘘のように、仏頂面になっている。ミッチャンママは、わざとらしくもう一度深い溜息を吐いて、別の客の席に着いた。自分の店を『こんな店』と言って良いのだろうか。

「はい、柿ピー。ごめんね、翔ちゃん。ミッチャンは、本心では嬉しいのよ。でも、素直に喜べないんじゃない?」

「分かってますよ」

「そうだ! 翔ちゃんも早く彼女作って、ここへ連れてきなさいよ」

「・・・それはそれで、ハードルが高いというか・・・」

 僕は、誤魔化すように、柿ピーと生ビールを口内に流し込んだ。小百合ママが言う事にも一理あるが、なかなかに難しい。大学卒業前に別れた振りだから、もう三年彼女がいない。そろそろ彼女でもとは、考えているのだが、僕の現状を受け入れてくれる女性がいるのか不安だ。

 愛情深く、器の大きな女性でないとなあ。

 その事を以前、ジェシカママに相談したところ、真面目過ぎるとお叱りを受けた。まだ若いのだから、もっと遊びなさいと。そして、『そんな事くらい』で、別れようとする女なんかロクな女じゃないわ! と、野太い腕を組んで、プンプン怒っていた。おっしゃる通りなんですがね。そんな事を思い出しながら、顔を上げて店内を見た。

「あれ? 小百合ママ? 今日、ジェシカママは? 休みなんですか?」

「ああ、ジェシカちゃんは、買い出しに行っているわよ。あ! 噂をすれば」

 小百合ママのスマートフォンに着信があった。相手はジェシカママのようで、何やら話している。

「え? それは大変ね。まだ、バンプちゃんが来ていないの。お客さんが増えてきてるから、困ったわね・・・あ! ちょっと待ってね」

 小百合ママは、僕と目が合い、顔を寄せてきた。

「翔ちゃん、お願いがあるのだけど、力貸してくれない? 今日必要な物が多すぎて、ジェシカちゃん一人だと運べないらしいの」

「ああ、全然良いですよ。いつもの業務用のスーパーですよね? すぐに向かいますと、お伝え下さい」

 僕は立ち上がって、店の扉へと向かう。小百合ママが、スマートフォンを耳に当てた。

「え? あ、翔ちゃん、ちょっと待って! ジェシカちゃんが、何か食べたい物ある? って」

 振り返って天井を眺めた。天井には、ミラーボールから放たれる光が、回っていた。

「じゃあ、ジェシカママお手製、ナポリタンで」

「分かったわ、伝えておくね。気を付けてね。翔ちゃん大好きよ」

 僕は笑みを返し、スナックを出た。大好きよは、小百合ママの口癖みたいなものだ。最初は抵抗があったものの、今では心地良く感じる。ジェシカママの作る料理は、とても家庭的で美味しい。元々は、高級料亭の板前さんをしていたようだ。食材やらの勝手がまるで違うようで、毎度買い過ぎたり、足りなかったりする。それもご愛敬だ。なにせ、このスナック『マーブル』は、オープンしてまだ半年ほどだ。三人のママは、まったくの未経験から、店を始めた。まだまだ、手探り状態で、試行錯誤している。

 三人の夢が詰まった素敵なお店だ。

 三人の夢を微力ながら応援したいし、見届けたい。

 スナック『マーブル』。正確にはーーー。

 女装スナック『マーブル』だ。

 小百合ママもジェシカママも、そしてミッチャンママもオジサンだ。

 お客さんは、まさに老若男女様々で、女装した男性もちらほらいる。僕には、そういった癖はないけど、楽しい空間だ。オープンしたばかりだけど、結構繁盛している。

 三人のママのメイクやファッションのクオリティも、まだまだ発展途上だ。もしかしたら、世間的には、『気持ち悪い』と言われるかもしれない。

 それでも、仕方がないし、それでも、応援したい。

 ミッチャンママの本名は、竹内満男、六十歳。

 僕の父さんだ。

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