優れていれば何をやっても許されるのか!? ~異世界でも思い上がった上級国民は絶対に許さないマン~

赤月カケヤ

1 こんなことが許されるのか?

 初めて人を殺したのは、八歳のときだった。


 相手は母の再婚相手、つまりは義理の父だ。


 今思えば、貧しいボロアパートで、女手ひとつで子供を育てていた母にとっては、良縁だったのだろう。


 広い一軒家に、ピカピカの車。生まれて初めて回っていない寿司を食べた。


 義父に初めて会ったときの記憶は、今でも鮮明に覚えている。


 髭をきれいに整えたオシャレな人で、表情が豊かで話もおもしろかった。

 新しい父親に対する期待を差し引いても、第一印象としては良いものだっただろう。


 しかし、妹が生まれたあたりから、その態度は一変した。


 家の中では怒号が飛び、いつも母か俺が殴られていた。

 妹がしゃべるようになってからは、妹も暴力の対象となった。


 義父はいわゆる「できる人間」らしく、他人の失敗や自分の価値観に合わせられない人間を蔑み、極端に嫌った。


 俺は学習能力のない母とは違い、だんだんと対処の仕方を学んでいって、叱られることはほとんどなくなった。

 けれど、幼い妹に義父を満足させる結果が出せるはずもなく、妹は毎日のように叱責と暴力を受けていた。


「無能な人間は生きている価値がない」


 それが義父の口癖だった。


 そんな偉そうなことを言っていた義父は、大人のくせに感情の制御は下手くそで、仕事で何か気に食わないことがあったときなど、いちゃもんレベルで粗を探しては、妹たちを怒りの捌け口とした。

 

 横暴、暴虐、残虐、独善、唯我独尊。


 義父はいつも感情をありのままに出せたが、代わりに俺たちの感情は消えていった。


 唯一の救いは、仕事のおかげで義父が家にいない時間があったこと。

 鬼が帰ってくるまでの間、俺たちは束の間の安寧を得ることができた。


 義父の主義で家にテレビはなかったが、パソコンを一台分け与えられていた。これは優しさというより嫌いなモノの排除で、「情報に疎い奴は馬鹿。パソコンくらい使いこなせて当然」という意識高い系の持つ、偏った価値観によるものだった。


 そして、そのせいで妹は殺された。


 妹がいつの間にか、ネットでぬいぐるみを購入していたのだ。義父のお下がりのパソコンだったせいか、クレジットのアカウントが残ったままだった。


 一度もプレゼントを買ってもらった経験のない妹にとって、それは喉から手が出るほど欲しかったものに違いない。


 妹への暴力は熾烈を極めた。


 妹が「ごめんなさい」と謝れば、「謝って済むことか!」と殴られ、言葉に詰まっていると「謝ることもできないのか!」と、また殴られる。

 ダブルスタンダードのオンパレード。

 四歳児にとっては平常時であっても混乱の極みだっただろう。


 無表情に「ごめんなさい」を繰り返すだけとなった妹の態度に、義父はさらに激昂した。


「同じ言葉を繰り返すのは、反省の意図がない証拠だ!」


 そう決めつけて、ひたすらに暴力を振るった。


 その間、母はじっと黙って、災悪が過ぎるのを待つだけだった。


「こいつは馬鹿だから、言葉が思いつかないんだよ」


 俺はタイミングを見計らって、そう言った。

 妹を馬鹿だと本気で思っているわけじゃない。義父に言葉を届けるための嘘。


 ある程度信頼を得ている俺の言葉は、いつもだったら義父の理性に届くのだが、今日は違った。今度は俺が殴られた。


 そこで初めて気づく。怒りはひとつではなかったのだ。


 おそらく、会社で頭にくることでもあったのだろう。

 ぬいぐるみの件は、暴力を振るうための単なる口実でしかなかったのだ。

 俺は義父の怒りを見誤ってしまった。


 腹を蹴り飛ばされた妹が「痛い」と言ってうずくまる。義父は「大げさに痛がるな!」と、さらに激昂して蹴り続けた。


「様子がおかしい」と俺は止めに入ったが、義父は「こういう同情を誘おうという態度が許せない! 卑怯だ!」とさらに蹴りつけた。


 俺は咄嗟に妹に覆い被さったが、髪の毛を掴まれて引っぺがされた。そして止めとばかりに、もう一度妹の腹を蹴り上げる。


 妹はまるで人形のように、四肢をだらんとさせたまま転がっていき、びくんびくんと痙攣するだけとなった。

 それで気が済んだのか、義父は汚い言葉を吐き捨てて自分の部屋へと帰っていった。


 俺は急いで妹の元へ駆け寄った。そして異変に気づく。


 びくんびくんと痙攣する妹の瞳からは光が消え失せ、小さな震える口からは血が溢れ出ていた。

 明らかに異常な状態だ。


「救急車を呼ばなきゃ」


 俺の科白に、しかし母は首を縦に振らない。お父さんに相談しなきゃ。そんな悠長で意味のないことを言う。


 すぐに義父が呼ばれ、どうするかの話し合い――いや、どう隠蔽するかの密談が行われた。


 そして、そのくだらない密談の最中、妹は数回ビクビクッと痙攣したあと、二度と動かなくなってしまった。


 ――妹は、その短い人生を、こんな形で終えてしまったのだ。

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