第6話 帝王と葛藤
「十文字は保住室長と一緒に仕事していたんだよね。どんな人なの?」
「どんなって……。頭良くて、昼行灯みたいな人だけど、スイッチ入ると誰も手がつけられないくらいのスピードで仕事こなしちゃうスーパー公務員でしょう」
「それって仕事のことでしょう? 人と成りのこと」
「性格とか?」
「そうそう」
「面倒なことが嫌いで。だけど部下のことはよく考えてくれるし、ちょっと常識から逸脱しているから、不思議ちゃんなところもあるかな? ああ、からかうと結構本気にして真っ赤になって可愛いところもあるって言うか……」
「——可愛い?」
天沼の視線に十文字は慌てて両手を振る。
「や、いや。そういう意味じゃないし。保住室長は田口さんのものだし……」
「田口?」
「……はっ!」
十文字は口元を押さえる仕草を見せたが、それはもう遅いのだ。天沼は「なるほど」と考え込んでしまった。
「田口の大切な人って、あの人なんだ……」
「いや。あの……おれから聞いたって言わないでよ……。結構秘密守ってたんだけどな……」
弱った顔をする十文字だが、天沼はお構いなし。色々なことが——点と点が繋がったのだから。
「なるほどね。そういうことか。だから。おもちゃって、そうそう。あの時だ」
確か澤井の気まぐれで、推進室に行った時に佐々川とそんなニュアンスの話をしていたことを思い出したのだ。
「なるほどね」
天沼は考え込んだ。
「どうしたの?」
「——ううん。なんかしっくりこなかったことがわかったなって。もやもやと霧掛かっていたことが明らかになった感じ」
「天沼さん……」
「保住室長は澤井副市長のお気に入り、もしくは、それ以上の関係だった。ところが田口銀太という男が現れて、その保住室長を横取りされた。だから副市長は田口が嫌い。だけど、どこか似ているところがあって親近感を持っているというのも頷ける。なにせ同じ人間を好むのだから、タイプが似通っているのかも知れないという事」
天沼の推理は凄い。
十文字は開いた口が塞がらない様子でぽかんとしている。十文字が知っているのは、田口が保住と付き合っているという事実。澤井との三角関係については詳しく知らないのに。天沼はこの二ヶ月でさっさとそれを把握したということだ。さすが妄想の帝王。ぷっと吹き出して笑ってしまった。
「な、なんで笑うの? 外れ?」
「ううん。おれも澤井副市長と保住室長や田口さんの関係はわからないけど。うん。多分、それだよね。天沼さんって、やっぱ妄想力半端ないわ」
「……っ」
彼は恥ずかしそうに赤面した。
「だって。副市長は保住室長の前だと別人みたいに優しいんだもん」
「それってヤキモチ?」
「また! すぐにそういう事言うのやめてくれない? 最初の頃もそう言っていたでしょう? 田口とのこと」
「田口さんとのことはもう整理ついたんでしょう?」
「意地悪だね。とっくに付いているでしょう? じゃなかったら、こうして十文字と住んでいないじゃない」
顔を赤くして十文字を見ると、彼は目を細めて自分を見ていた。なんだか気恥ずかしい。正直、付き合うようになってからも、そう同じ時間を共有したわけではないので、どうしたらいいのか見当もつかないのだ。
「またくだらない話しちゃったじゃない!」
ソファから立ち上がり、話は打ち切りにする。しかし、ふと握られた腕にはっとした。驚いて見下ろすと、十文字は笑顔を見せていた。
「——なんでも話せばいいじゃない。おれは天沼さんの言葉を聞いていたい」
「……ありがとう。十文字」
ぴりぴりとしていた雰囲気が緩むのを感じて十文字は思う。
——こんなキザなセリフ、よく吐けるよね。十文字! おれ!
そんな感情とは裏腹に、きっと一緒に住んでよかったのだと思う自分もいることは確か。目元を拭ってから、天沼は笑顔を見せた。
「今日はおれの特性カレーだからね!」
「特性って。おれでもカレーはできますけど」
「なに言ってんの! おれのカレーは美味しいんだから」
十文字は夕飯の手伝いをしようと、キッチンに移動してきてから、ゴミ箱を覗き見る。
「ちょっとばっかり高いルーを買ってきただけじゃない」
「うるさいな〜。十文字は。本当、可愛くない! 早く着替えてきてよ」
「わかりました」
ぶつぶつと文句を言う天沼は十文字を廊下に追い出した。
***
廊下に歩みをすすめた十文字はふと思う。
「明日、休み? 天沼さんが?」
——嘘だろう。本当に奇跡? これって。
「このチャンスを逃していいのか? 十文字。二人でデートできる最初で最後の機会かもしれないんだぞ?」
自問自答する。
「だけど明日は係の歓迎会だ。幹事のくせにお前の考えている悪巧みはお見通しだ」
心の中の天使がそう叫ぶ。しかし、悪魔は囁く。
——いいのか? 本当に……?
自室でワイシャツを脱いでから頭を抱える。
「あああ……っ! おれ、しっかりしろ!」
悩ましい問題。これは由々しき事態だ。十文字は床に蹲って葛藤に苛まれていた。
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