第12話 曖昧と愛情




 抵抗とは捉え難い、小さな抗いをかわして、十文字じゅうもんじは、天沼あまぬまをベッドに下ろした。彼の腕が離れた瞬間は、天沼にとったら逃げ出せる最後のチャンスであるにも関わらず、彼はそこにいた。否定ではない。肯定だと、そう理解して口元を緩める。


「天沼さん、いいですね?」


「なんで、なんで聞くの?」


「だって、おれ。一応、合意がないセックスはしたくないですから」


 ハッキリとこれから行われるであろう行為を言葉にしてやると、天沼はこれでもかと顔を赤らめた。


「思春期でもあるまいし。そんな恥ずかしそうにするのやめてください。こっちが恥ずかしくなる」


 ネクタイに指をかけて引き抜き、それから、天沼の上に覆いかぶさるようにベッドに上がり込むが、彼はただそこでじっとしているだけだった。あんまり反応がなさすぎて、不安になった。いつもなら、「十文字のバカ」とか言って、足蹴りでもしてきそうなものだが……。


 天沼は、泣きそうな顔をして、ただ十文字を見つめ返してくるだけだったのだ。


「天沼さん?」


「は、初めてなんだ」


「女性との経験はあると豪語していましたけど?」


「だからっ! 男とって事っ!」


「それはそうでしょうね。経験者だったら、もっと色っぽい反応するでしょう?」


「だっ、だから!」


「それだけですか?言うこと。おれの話分かります? 嫌な奴を犯すのは好きじゃない。おれ、男は好きですが、社会的規範は守るんで」


 十文字の下で固まってしまっている天沼は、精一杯なのだろうなと、内心思う。両手をぎゅーっと握ってから、今にも泣き出しそうな瞳で十文字を見上げているからだ。 


 断るだろ?

 ここまでしたら。

 そう予測して、本当はやめたくないけど、いつでも彼の上から退くのだと決めて、天沼の言葉を待つ。しかし、彼は意外な事を言い出した。


「十文字は、おれのことちゃんと見てくれる?」


「は?」


「は? じゃないしっ! だから、ちゃんと見て、欲しい。おれと言う人間を。好きも嫌いも別として、ちゃんとおれの本質を見てくれる?」


 家族にも属せない。仕事に依存して、心を支えている男が、こうして自分に存在価値を見いだして欲しいと懇願するのか?

 

 見ているよ。

 十分理解した。

 彼は自分で、自分は彼。

 重なる部分もあれば、相容れない部分もある。

 それが複雑怪奇な人間の生き様。


「見ていますよ。今も、これからも。おれは、あなたに夢中だ。恋しているみたいだ。年甲斐もなく、ドキドキして戸惑っています」


 十文字の胸も高鳴っているが、きっと、天沼も同様なのだろう。目元が上気して、瞳が潤んでいる。彼もまた、きっと自分に恋をしてくれているに違いないと確信した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る