第6話 戸惑と邂逅
結局、あの赤ちょうちん以来、
忙しいってこともあるのだろうが、あんな別れ方をした後でどんな風に声をかけたらいいのかわからなかったのだ。
それにワイシャツも返してしまって、彼と会う口実がない。友達だったら口実なんてものはいらないではないかと、自分に言い聞かせてはみても、そんなあっけらかんと彼を食事に誘うなんてことはできそうになかった。
「十文字、悪いけど、
先輩である田口に声をかけられて、台車に乗っている段ボールを見つめた。
「わかりました。行ってきます」
「悪いな。足元悪いから、気を付けて」
「了解です」
田口は別件で忙しいみたいだし、こういう雑用は下っ端の仕事だ。文句を言うわけでもなく、十文字は台車を押した。
エレベーターは中央棟に二機あるのみだ。基本的には来庁者や、お偉いさんたちが利用するばかりで、自分たちのような一般職員は階段が基本だ。
しかし荷物がある場合だけは利用が許可されている。利用してはダメと言っているわけではないのだ。ただ暗黙のルールみたいに、なんとなく利用しないだけ。
使いなれていないから、エレベーターにたどり着くまでも手間取ってしまう。こんなことなら階段で一つずつ下ろしたほうが楽だったかも。そんなことを考えながら歩いていく。
見慣れない職員と多くすれ違った。中枢部の職員たちと顔を合わせる機会など、ほとんどないからだ。
なんだか少し緊張しながらやっとの思いでエレベーターの場所にたどり着くと、そこには先客がいた。自分よりも随分小柄な中年の男だ。茶封筒をいくつか抱え、少しお腹が出ている横のシルエットは、愛嬌があるようにも見えるが、エレベーターのランプを凝視しているその眼光は鋭くて、冷たい感じがした。この調子でいくと、彼と同じエレベーターに乗らなくてはいけなくなるのだろうか。
密室に一緒にいられるような雰囲気ではないと思い、「一回やり過ごそう。急いでいないし」と心に決めて、彼からは離れた場所で立ち止まった。
しかしそんな仕草が逆に違和感を生んでしまったのだろうか。男はふと、視線を上げると十文字の姿を捉えたのだった。
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