第2話 憧憬と嫉妬


「で、後輩くんを連れて、星音堂せいおんどうに行って来たんだっけ」


 天沼の問いに田口は間髪入れずに答えた。


「そうだ。今日は安齋と次年度の件での打ち合わせ。そういう天沼は? 忙しそうだけど……」


「うん。のおかげで、誘致勧誘をする企業の幅が広がったんだよね。今日は市内周りをしてきたけど、明日は東京に出張」


「それは大変だ。今晩は大雪になるみたいだからな」


「そうなんだよね。明日、東京に行けるかな?」


 二人が連れ立って歩きながら話をする後ろを、じっと黙ってついていく。二人は親しい間柄なのだろう。お互いが遠慮のない感じだ。


 というのは、先日、田口が受講した『十年目の職員研修』のことだろう。共有できる話題があるということは、その研修で、二人は、なんらかの接点があったのだと推測ができた。


「無理しないほうがいいな。気をつけて」


 階段下に到着すると、自分たちは二階、天沼は一階に分かれる。二人は、笑顔を交わして挨拶をした。


「また飲みでね」


「ああ」


 彼が一階の廊下に姿を消したのを見ていると、田口が階段を登り始めたので、慌てて追いかけた。


「仲がいいんですね」


 しかし田口は、大して問題ではないという顔をして、歩みを止めることなく答えた。


「同期だ。先日の十年目職員研修で同じチームでね。なかなか頭がいい奴だ。勉強になった」


「そうなんですか」


「研修は、四人一組で課題に取り組んだから、やはり親しくなるものだな。あれ以来、たまに、四人で飲み会に行く機会が出来た」


?」


 十文字の問いに、ふと彼は振り返る。そして、にこっと笑った。


「大丈夫。ちゃんと話しているから」


 詰まらないの。


 十文字は内心思った。田口という職員は、ぱっと見た感じ、大柄で不器用そうだ。鈍臭そうで、おとなしくて、きっと自分なら、うまく丸め込める相手だと思ったのが第一印象だ。


 それなのに、ふたを開けてみると、全く違っていたのだ。出来の悪い自分に、根気強く付き合ってくれる真摯な一面もある。係長である保住ほずみ尚貴なおたかから、信頼を受ける実直な一面もある。また、からかうと赤くなったり、青くなったり、面白い一面もある。


 人間的にどこを取っても、自分よりも優れていて、憧れたり、尊敬したりする反面、自分にないものばかり兼ね備えているところに、嫉妬みたいな反発するような気持ちも入り混じっていて、彼に対する思いは複雑なものだった。


 古ぼけた扉を開けて、自分たちの事務所に戻ると、なんだかピリピリとしたような雰囲気に、十文字は首を傾げた。


「ただいま戻りました」


「お帰り~」


 係長補佐の渡辺と、主任の谷川の声に、田口は頭を下げた。


「お疲れ様でした」


「待っていたよ、田口


「なんです?」


 猫なで声の谷川に、田口は顔をしかめる。十文字でもわかる。こんな時はろくなお願いがない。彼はさっそく田口のところに行くと、こそこそと耳打ちをした。


「係長がご機嫌斜めだから、なんとかしておいて」


「おれ、ですか」


「そうそう。お前しかいないじゃん」


 田口と十文字は、その話題の張本人の席に視線を向けたが、彼は不在だった。


「佐久間局長のところに行っているんだ。そろそろ帰って来るからさ。頼むよ~」


 渡辺も額のところで両手を合わせる。それを見て、田口はため息を吐いた。


「出来る限りのことはしますけど、責任は持てませんからね」


「はいはい。わかってます」


 そう。こうやって、先輩たち二人も田口を頼りにしているのを見ると、内心、心穏やかではない。


 田口さんはずるい。

 田口さんばっかり。


 そんな思いが心のどこかでむくむくとしているのを覚えて、十文字は首を横に振った。



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