第2話 一騎打ちと暗躍する者たち

 モルディア王国は大陸北西部のシェラと言う島にある。それ程大きな島ではないが、肥沃ひよくな台地で家畜の餌に困る事も無く作物もよく育つ為、食料や特産品で国が成り立っていた。

 戦場はそのシェラ島の南西部、崖と小さな森に挟まれた草原にあり、アルドレアは港町カロンから進軍してきた帝国の左軍敵将パーヴェルと対峙たいじしていた。

 アルドレアとパーヴェルは左にゆっくり旋回しながらお互いの出方をうかがっている。

 「パーヴェル様。弟の仇を取って下さい!」

 「友人の仇を!」

 「パーヴェル様!」

 周囲の声はパーヴェルに味方する歓声で埋め尽くされており、アルドレアに付いてきた兵たちは不安に駆られていた。

 「こ、これじゃ隊長力出せないんじゃ……」

 「でも俺達が声を出した所でこの人数差では……」

 後ろで話す声を耳にしてエリシャも不安になりアルドレアの顔を見る。

 大剣を右肩に乗せ相手を見る表情は何処か楽し気で、目の前の獲物を狙う獣の様にも見えた。その表情を見たエリシャが安堵あんどしてつぶやく。

 「うん。お父さんはきっと大丈夫」

 緊張の為か無意識にお父さんと呼んでしまうエリシャ。自分の発言を思い返し思わず周囲をうかがうが、皆正面で起こる出来事に集中していて聞かれていない様だった。

 「随分ずいぶんと人気だなパーヴェルさんよ」

 不意にアルドレアがパーヴェルに声を掛ける。

 「皇帝陛下に仇なす蛮族を打倒す。それを皆が望むのは当然の事だ」

 「貴様らルーキス人に蛮族呼ばわりされる筋合いはねえ。なんせ条約文の文字も読めねえんだからな」

 アルドレアの声は低く落ち着いていたが、先程までとは違い少し怒りがこもっている様に感じられた。

 「弱い奴から死んでいく。貴様もさっきそう言ったであろう」

 「戦場での切った張ったと国同士の条約を同じくくりで見る。いかにも蛮族らしい考え方じゃねえか」

 小ばかにした口調で馬上から見下ろすアルドレアに対し、パーヴェルが怒りをあらわにした。

 「皇帝陛下に忠を尽くす民への侮辱。その命であがなってもらうぞ!」

 言うが早いかパーヴェルが馬首を右にめぐらしアルドレアに槍を突き出してきた。

 鋭い突きが空気を割く音と共にアルドレアの心臓めがけて飛び込んでくる。アルドレアはそれを半身ずらしながら右に打ち払った。

 鋼材のぶつかり合う鈍い音が響き、周りの歓声が一層激しくなる。

 アルドレアは右手で打ち払った後大剣を両手に持変え、刃をひるがえして相手の胴に打ち返す。

 右脇腹に迫る大剣をパーヴェルは槍の柄を縦にして受け止めた。

 先程よりも遥かに大きく鋼の音が響き渡り、受け止めた槍が激しく振動して両手を痺れさせる。

 「くっ、何たる膂力りょりょく!」

 パーヴェルは激戦区で戦い抜いてきた将である。今まで幾度も死線を潜り抜け、自分より体の大きな相手を討取った事もある。体格はアルドレア程ではないが、彼も百八十前半程背丈があり、がっしりとした体つきであった。

 多少力の差が有ろうと、受けるのは造作もないと思っていたのだろう。

 だが撃ち込まれた大剣の一撃は、馬上のパーヴェルを左に大きく傾かせ、受け止めた両腕を衝撃で痺れあがらせていたのである。

 慌てて上体を起こそうとするパーヴェルの右側に、先程撃ち込まれた刃が猛烈な勢いで戻ってくる。

 体勢を立て直す暇もなく、戻ってくる大剣を身をひねり辛うじて受け止める。しかし不安定な状態から強力な一撃を防いだ為、踏ん張りが効かず馬上から叩き落されてしまう。

 周囲からと悲痛な叫びが起こり、帝国兵たちが必死にパーヴェルの名を叫ぶ。

 落馬の衝撃に苦悶くもんの表情を浮かべ咳き込むパーヴェル。

 「おっ、おのれ化け物が!」

 片膝をつき、立ち上がろうとするパーヴェルに巨大な刃が振り下ろされる。

 迫り来る一撃を両腕を掲げ槍の柄で受け止めるが、力負けして右肩ギリギリまで押し込まれてしまう。何とか持ちこたえたが、腕が痺れあがり力が上手く入らないようだ。

 そのパーヴェルに対し大剣とは思えないスピードで更なる斬撃が放たれる。

 痺れる腕を何とか数センチ持ち上げ、槍の柄中程でアルドレアの一撃を受け止めた。が、受け止めた鉄槍の柄がくの字に折れ曲がりパーヴェルの右肩から胸部を切り裂いていた。

 「パ、パーヴェル様あ!」

 刃を抜き取るとパーヴェルの体が揺らぎ右側に倒れ込む。肩口から胸までを割かれ、おびただしい血が大地に流れ出していた。

 パーヴェルが咳き込み、喉に流れ込んだ血の塊を吐き出す。それを見下ろしていたアルドレアが馬から降り、大剣を地面に突き刺し問いかける。

 「おい。死ぬ前に答えろ」

 その問いにパーヴェルが死に際の虚ろな視線を向ける。

 「グランベルクはまだ生きてるか?」

 「しょ、将軍は……まだ……ご健在だ……今も……前線で指揮を……」

 「そうか。野郎まだ生きてやがるか」

 アルドレアはそれを聞いて口角を少し上げるが、その体からは薄っすらと怒りのオーラが立ち上っている様に見えた。

 更に言葉を続けようとするが途中で咳き込み吐血するパーヴェル。必死に腕を伸ばし足に手を掛けるのを見て、アルドレアがしゃがみ込む。

 「左軍の……兵は……皆まだ若い……」

 「……俺は貴様らルーキス人が嫌いだ」

 「た……頼む……」

 アルドレアはじっとパーヴェルの目を見ていたが視線を上げる。その先には将軍に槍を渡した従騎士の少年がおり、目にいっぱいの涙を浮かべて此方を見ていた。

 何か思う所でもあったのか、アルドレアは短く息を吐くとこう答えた。

 「逆らう奴容赦しねえからな」

 その言葉を聞き弱々しく笑った後、パーヴェルの目から光が失われ、もはやその口から言葉が発せられることは無かった。

 周囲の帝国兵は皆うなだれ、中には声を押し殺してすすり泣く者もいた。

 ゆっくりと立ち上がったアルドレアの背に向かって一部の敵兵が突っ込んできたが、それらは一合もすることなく叩き伏せられ台地に血をしみ込ませていった。

 「取り合えず勝ち鬨かちどき上げとくか」

 アルドレアが仲間の方に向かって声を掛けると、放心していた兵達が一斉に喜びの声を上げて武器を天に突き出した。エリシャも笑顔で回りの兵と話していたのだが、アルドレアと目が合い馬を歩かせ近づいていく。

 「隊長お怪我はありませんか?」

 「あの程度で怪我なんぞするか。それよりも周りの敵兵が気がかりだな」

 パーヴェルの率いていた左軍はまだ三千はいる。将を討たれ心の拠り所を失った新兵達は、もはや立ち直れないだろう。しかし今回の戦闘の最終目標はカロンである。港町カロンを最小限の被害で落とす為にも、この戦場でできる限り味方の被害を抑え敵に打撃を与えておきたいのだ。

 「エリシャ。周囲で息を吹き返そうと足掻あがいてる奴は居るか?」

 その言葉にエリシャが即座に返答する。

 「味方側から戦場を見て左斜め前方、千人将らしき男がげきを飛ばしているのが見えます」

 アルドレアが首を回してエリシャの指し示す方角を確認すると、八十メートル程離れた場所で飾り付き兜を被った男が馬上で槍を掲げ、回りに声を掛けているのが見えた。

 「パーヴェルを失った新兵共はもう立ち直れねえだろう……が、余計な事する奴は消しとかねえとな」

 そう言うと下を向いて座り込む若い帝国兵の兜を大剣の刃先で小突いた。

 「おい」

 「…………」

 「おいルーキス人」

 鉄製の兜から出る金属音に気が付き帝国兵が振り向くと、右の眼球一センチ程の距離に大剣の刃先が突き付けられた。息を呑む帝国兵をアルドレアが冷めきった視線で見下ろし、低い声で恫喝どうかつする。

 「貴様の槍をとっとと寄こせ。殺すぞ」

 震えあがった帝国兵が慌てて自分の槍を両手で差し出した。

 アルドレアはその槍をつかみ取ると大剣を地面に突き刺し、右手を後ろに引き狙いを定める。相手の動きにタイミングを合わせ、勢いよく前方に投擲とうてきした。

 槍は凄まじい勢いで空気を割き、先程エリシャが指示した馬上の男の頭部に命中した。槍は男の後頭部から入って鼻のあたりから飛び出しており、投擲とうてきの勢いで男の体は前のめりに倒れ見えなくなってしまった。

 「隊長の投げ槍ってもはやバリスタだよな……」

 「そう言えば昔人間バリスタって言われてたって誰かから聞いた事あるな……」

 連れてきていたモルディア国の兵がそんな話をしていると、アルドレアが周囲にとどろく程の大声で帝国兵に呼び掛け始めた。

 「貴様らの将は俺が討取った。そして間もなく、この左翼の左に俺らの総大将の軍が到着する!」

 この言葉に帝国兵が周囲を見渡すと左斜め前方に砂煙が起こっており、馬のひづめと歩兵が大地を踏みしめる音が聞こえてきた。

 「いつの間にあんな所に敵軍が……」

 狼狽うろたえる帝国兵にアルドレアが言葉を続ける。

 「貴様らルーキス人は皆殺し……と言いたい所だが、パーヴェル将軍に免じて投降した奴だけは生かしておいてやる。生きて国の親兄弟恋人に会いたい奴は武器を捨てて投降しろ!」

 もはや抗う気力は無く、左軍帝国兵は次々に武器を投げ出していった。

 アルドレアは周囲を確認しながら大剣を地面から引き抜き馬に跨ると、近くに居たエリシャに指示を出す。

 「俺は今から総大将に報告して来る。お前は連れてきた兵を使って捕虜を一か所に集めろ。武具は全部はぎ取り回収して手足も縛っとけ。歯向かう奴、逃亡する奴は全て殺せ」

 「分かりました。直ちに取り掛かります」

 そう言うとエリシャは周囲の兵に指示を出しながら離れて行った。

 「さて行くか。早く報告しねえと、あのハンマー禿大将突撃しかねんからな」

 大剣を右肩に乗せ馬を進め始めたアルドレアだが、後ろからエリシャが慌てて声を掛けてきた。

 「あっ、隊長ちょっとま――」

 エリシャの言葉を遮ってアルドレアが手を上げて返答する。

 「分かってるよ。百人じゃ手が足りねえからもう少し寄こせって総大将に言っとく」



***



 「おおいヴィルトレウス。親父さん敵将ったみたいだぞ」

 戦場の奥を目を細めながら見ていたガブリエーレがヴィルトレウスの背後から声を掛けていた。

 「知ってるっての。俺ちょっと見張りしてる奴らの様子見てくっから」

 振り返らずに言葉を返すと、崖から離れ馬を繋ぎ止めた場所へ向かう。

 (そう言えば今回の戦で敵を徹底的に叩くから、敗走しだしたら追撃するって言ってたな)

 野戦で可能な限り敵の戦力を削ぎ落してから港町カロンを落とす。つまりこの戦いはカロンを奪還してヴォルガ帝国をシェラ島から追い出す為のものであった。

 (追撃戦となると相手の伏兵とか罠が気になるが……あの敵大将にそんな真似はできねえか。いやでも――)

 ヴィルトレウスはあれこれと考えを巡らせていたが前方を見ると、戦士ギルドの見知った顔が見覚えのある馬に跨っているのが見えた。

 「あっ、勝手に人の馬使うんじゃねえよ!」

 「ああ、御免御免。あぶみ短くしてヴィルトレウスでも馬に乗れる様になったって聞いたからさ。どんなものかと思ってちょっとね」

 身長が低くまだ馬のあぶみに足が届かなかったヴィルトレウス。長距離移動だと必ず馬が必要なのだが、そうなるとどうしても一人付けてもらわなければならない。

 任務の性質上流石に不便だった為、アルドレアの知り合いに頼んでもらって専用の馬具を作ってもらったのだ。

 「そんな暇があるんなら周囲の偵察でもしてこいっての」

 不機嫌な顔で二人を追い払い馬に飛び乗るヴィルトレウス。するとそのうちの一人が笑いながら返答してきた。

 「悪かったって。チビのお前でも乗れるあぶみってのがどんな物なのか気になったんだよ」

 「うるせえ。尻に矢受けて死んでろ」

 別に本気でいがみ合っている訳ではない。これが彼らなりのコミュニケーションの取り方なのだろうというのは互いの表情で読み取れた。

 ヴィルトレウスの返答に笑っていた男達だったが思い出したかの様に話してきた。

 「あ、そう言えば敵陣側の崖の更に奥の方で怪しい奴を数人見たぞ。確認しに行こうか迷ってたんだがお前なら手練れだった場合でも安心だし、悪いんだが手が空いてるならちょっと確認してきてくれないか?」

 男が申し訳なさそうにお願いしてきたが、こんな事は日常茶飯事な為軽く手を振って返事をする。

 「ああ分かった。それじゃ今から確認してくっから何かあったらガブリエーレに伝えといて」

 装備を確認しながら返答するヴィルトレウスに、もう一人の兵士がナイフを二本手渡してきた。

 「斥候排除するのに何本か使ってただろ? 俺よりお前の方が上手く扱えるから持っていってくれ」

 頷いたヴィルトレウスが受け取ったナイフを皮鎧にある小さな穴に差し込む。少し心配そうな表情で見る男に自分の胸を拳で二度叩いて笑い掛けた後、馬の腹を軽く蹴って前進させた。

 「町に戻ったらミルクおごってやるからな」

 「うるせえ。とっとと――」

 ヴィルトレウスが後ろを向いて悪態をつこうとするが正面を見る。

 「うおっ!」

 目前に迫り来る木を手綱を引き絞り馬首を左にめぐらせながら回避する。

 その様子を見ていた後ろの二人から笑い声が聞こえたが、恥ずかしさから振り返る事ができず、馬上で舌打ちだけして木々を縫う様に走りさっていった。



***



  戦場から程なく進むと木々の間隔が徐々に広がり、やがて起伏のあるくさむらが見えてきた。ヴィルトレウスは馬から降り低木の枝に手綱を括り付けると、木の陰から全体を見渡した。

 隠れる場所が無くなる前に一度周囲の確認をする為なのだろう。

 「人の気配は……えな。取り合えず上り坂のてっぺんまで行ってみるか」

 木の陰から出たヴィルトレウスは小さな丘を歩いて行く。空はよく晴れており時折吹く風が心地よく感じられたのか、風に乗って香る緑の匂いを胸いっぱいに吸い込み空を見上げていた。

 やがて頂上付近に到着すると、そこから注意深く顔を出し視線を水平に動かしながら辺りを見渡す。小さな丘の向こうにはまた木々が生えており、その更に奥は薄暗く確認する事はできない。

 (敵軍が撤退を始めるまでまだ時間があるだろうし……もう少し奥まで調べてみっか)

 そう思い立ち上がろうとしたヴィルトレウスだったが、膝を立て中腰になった所から急にその場に伏せて息を殺した。

 その視線の先、木々の暗がりから一人の男が出てきたのだ。足取りで出てきた男は木に寄り掛かるが、ズルズルと力無く地面に座り込んでしまった。

 その様子をしばらく見ていたヴィルトレウスだが、と気づき素早く男に駆け寄っていく。

 「どうしてこんな所にギルド員が……おい、しっかりしろ!」

 緊迫きんぱくした声ではあったが周囲に敵が居る可能性がある。ヴィルトレウスは声量を抑えながら話し掛けると同時に、装備の上から血の出ている個所を確認する。

 (右の腹に深手を負っているな……手足や顔にも無数の切り傷がある。右手のこれは……火傷か?)

 ヴィルトレウスは腰に付けた小さな革製バッグから消毒用の酒を取り出した。服を脱がせ患部を消毒しようとしたのだが、傷口をじかに見た所で「うっ」と声を漏らす。

 (右胸のやや下辺りから背中まで貫通……刺された場所が悪すぎる)

 不吉な予感を振り払う様に頭を振り傷の手当てを開始すると、重症のギルド員の口から弱々しい声が微かに漏れ出した。

 「ギルドの……中に……」

 「しゃべるな。今手当してやるから」

 落ち着いた声で話し掛けるヴィルトレウスの腕をギルド員が掴む。

 「身内に……スパイ……教会の……」

 その話を聞いてヴィルトレウスは出発前に話していた男たちを思い浮かべる。

 味方の居る場所からこの位置は絶対に見えない筈だ。持ち場から離れず来る敵を監視する事になっていた為、こんな所までわざわざ偵察しに行く事も無い。しかし出発前に話しかけて来た二人はここに敵が居る事を知っていた。

 (知っていてあえて情報を流し、俺を偵察に向かわせた……狙いは俺か? でも何故教会が……そもそも奴らが動いたならもっと大騒ぎになっている筈だが)

 考えを巡らせながら手当していたが不意に男の顔を見て質問する。

 「何故こんな所まで行ったんだよ」

 その問いに申し訳なさそうに顔を歪めて男が答えた

 「すまない……家族を人質に……指輪を……探せと……」

 ヴィルトレウスが指輪と聞いて思い浮かべるのは一つしかない。

 まだモルディア王国に行く前の出来事だが、冒険者ギルドからアルドレアが依頼を受け行方不明になった人々の捜索に行った事がある。その時排除した敵から奪い取った六芒星の刻まれた指輪、現在はアルドレアがチェーンを付けて首から下げている筈だがそれの事だろう。

 「あの指輪か。そりゃ教会も公にはしたくないわな」

 ヴィルトレウスは指輪について何か知っている様であった。納得した様子の彼に向ってギルド員が話しかける。

 「罪の意識に……耐えられなく……もう協力できないと……。二人のスパイに……家族を……」

 必死の形相で訴えてくる男の額には汗がビッシリと張り付いていた。

 「大丈夫だ。面は割れてるから後で始末しといてやる。それでアンタの家族も無事だ」

 その言葉に弱々しく笑うと男が懐から何かを取り出し差し出してきた。

 「娘の……誕生日に……渡そうと……」

 そこには男の血に濡れた首飾りが握られており、チェーンに付けられた飾りから数滴血液が零れ落ちた。

 「任せろ。王都に戻ったら必ずアンタの娘に渡してやる」

 力強く頷き首飾りを持った手を握ると男の口から安堵の息が漏れた――が、同時に急速に目から生命の光が失われ、頭を支えていた首はその重さに耐えられなくなってしまった。

 「…………」

 ヴィルトレウスは黙って男の薄く開かれた目を閉じてやり、受け取った首飾りを所持していた包帯で包みバッグの中にしまい込んだ。

 亡骸なきがらをそのままにしておくのは忍びないと判断したヴィルトレウスが、後方に繋いでおいた馬を取りに行こうと立ち上がった。しかし木々の暗がりから草の鳴る音が聞こえ即座に身を屈める。

 (くそっ、やっぱりいやがったか。神殿騎士が動いたって情報は無いが……取り合えずやり過ごすか)

 そう思い息を殺していたが地面を見て舌打ちする。そこには男の体から流れ出た血が付着しており、木々の奥へ点々と続いていたのだ。

 徐々に近づいて来る足音。ヴィルトレウスは足元に転がる小石を拾い上げると、左斜め前の木の横に生えている背の高い草に投げ込んだ。

 近づいて来る足音が一瞬止まる。相手は進路を変え隠れている木の後ろを右から左に通り抜ける。足音の主が音のした辺りに近づいて行くその刹那せつな、ヴィルトレウスが腰の剣を抜き放ち相手の左斜め後ろから脇の下を突き込んだ。

 絶妙なタイミングだった。確実に仕留めたと思いヴィルトレウスは片方の口角を上げてニヤリと笑っていた。

 しかし放たれた一撃は急所を貫く事は無かった。寸前の所で相手が身を反らして突き込まれた剣を回避していたのだ。

 その者は赤茶けたマントで体全体を覆いフードを目深にかぶっていた。放たれた一撃はマントの一部を切り裂いてはいたが肉体に傷を負わせる事はできなかったのだ。

 と、そこへ相手の右腕が横薙ぎに払われ、メイスの先端が勢いよくヴィルトレウスの頭部に襲い掛かって来た。

 「くそっ!」

 ヴィルトレウスがメイスの一撃を身を屈めて回避するが、その先に更に相手の蹴りが迫る。

 その蹴りを体を左に素早く移動させ回避した所で声がかかった。

 「殺すなと言っただろ」

 声の方を横目で確認すると同じく赤茶けたマントで体をスッポリと覆い、目深にフードを被った者たちが三人立っていた。声の感じから男なのだろう。対峙していた者がその男に返事をする。

 「すまん。手練れだったものでつい力が入ってしまった」

 男達が会話している短い時間でヴィルトレウスは、マントを切り裂かれたメイスの男の装備を確認する。

 (マントの中の装備はフード付きチェインメイル。その上から袖無しの脛の中間まである衣服を着てやがるな。腰の辺りにベルトを巻いて腰から下の布には正面と左右に切込みが入っている。胸には十字のマークがあるな……見た感じ神殿騎士の物と同じだが)

 相手を観察しているとメイスの男が話しかけて来た。

 「戦士ギルドのおさ、アルドレアの息子だな? 大人しく従うならよし。暴れるなら手足の一、二本は覚悟してもらうぞ」

 その言葉にヴィルトレウスが舌打ちして答える。

 「子供相手に容赦ねえな。狙いは指輪なんだろ?」

 「貴様、何処にあるのか知っているのか?」

 メイスの男の言葉を聞いてヴィルトレウスがニヤリと笑う。

 (こいつ等はまだ指輪のありかを知らねえらしいな。俺をとっ捕まえて親父に吐かせるつもりなんだろうがそう簡単にいくかよ)

 ヴィルトレウスの表情に反抗の意志有りと見たメイスの男が武器を構えて問いかける。

 「指輪は何処だ。言わぬのなら容赦はせぬぞ」

 「その前に聞かせてくれ。神殿騎士団は青地の布に白の十字の筈だ。だけど手前てめえらのは黒地に赤色の十字だ。」

 「…………」

 相手の言葉を待つが返答は無い。更にヴィルトレウスが問いかける。

 「円柱のフルフェイス兜も被ってねえし、どうも様子がおかしい。お前らは神殿騎士なのか?」

 今は四人しか居ないがもしかしたら今後彼らの本体が来るのかもしれない。少しでも情報が欲しいと思ったヴィルトレウスだったのだが相手はそれには答えなかった。

 「問答もんどうする気は無い。武器を捨てて投降しろ」

 これ以上の情報は得られないだろうと思ったヴィルトレウスが武器を構える。

 「よかろう。では手足の一、二本……貰い受けるとしよう」

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