亜人の王と列王の指輪

日ノ本桓武

第1話 辺境の戦場

 「俺らの軍、押されてんなあ」

 皮鎧を着込んだ男が、まるで他人事の様に崖下の戦場を見下ろしながら呟いていた。

 胡坐あぐらをかき、右手で顎を撫でる男の年齢は二十四、五歳位だろうか。少し深みのある茶色の髪を真ん中で分けており、時折吹く風がそれを優しく揺らしていた。

 男は退屈そうな表情で両軍のぶつかり合う様を眺めていたが、背後から近づく気配を感じ剣の柄に手を掛ける。タイミングを見計らい素早く振り返る――が、直ぐに緊張を解いてため息をつく。

 「なんだお前かよ」

 「なんだじゃねえよ。お前も敵の斥候排除する様言われてたのに、何で俺だけ走り回らなきゃいけないんだよ」

 そこには十代中頃程の少年が不満をあらわにした顔で立っていた。

 短めの黒髪に少し目じりの上がった顔立ちは生意気な印象を受けるが、少年らしい幼さをまだ顔に残していた。

 装備は胸に皮鎧といった感じの軽装だったが、左腕には鉄製の籠手こてを巻いており、手の甲側から刃物――仕込み刃だろうか――が飛び出していた。

 崖上の森林を駆けまわっていたのであろうその体には、所々草や葉を付けており、それらを手で無造作に払いのけながら戦場を覗き込む男の隣に立った。

 「なあガブリエーレ、親父の部隊は?」

 「アルドレアさんはまだ動いてねえな。流石に遅いと思うんだが……もしかして何かあったか?」

 少年は戦場を見下ろしたままそう話すガブリエーレには返答せず、反対側の森を眺めながら彼のひざの上に小さな袋を放り投げた。

 「罠の準備とかで飯食ってないんだろ? 取り合えずこれ食っとけよ」

 ガブリエーレが袋の口を開けると中に干し肉が入っており、燻製くんせいされた肉の香りが漂ってきた。

 「流石はヴィルトレウス。よく分かってるじゃねえか」

 ガブリエーレは嬉しそうに袋の中身を取り出し口に運ぶ。

 ヴィルトレウスはその様子を横目で確認した後座り込み、ショーソードを更に短く削り出した剣と、仕込み刃に付いた血のりをふき取り始める。

 「……親父にもしもなんて事が起こると思うか?」

 「まあ無いわな。あんなバケモンみたいな強さの男に勝てるやつはいねえよ。大体今回の敵大将は戦場に出た事の無い素人なんだろ?」

 敵の拠点を偵察したヴィルトレウスの情報によれば、戦死した前指揮官に代わって派遣されたのは地方都市の領主の息子と言う事だった。

 「領主は安全な辺境の戦場で息子に経験積ませてやりたかったんだろうが、あの息子じゃ経験以前に戦線を維持するのも難しいだろうな。ただ……この戦場を新兵育成所として使ってやがるヴォルガ帝国は気に食わねえ」

 少年はそう言うと、忌々し気に敵本陣のある辺りをにらみつけながら唾を吐いた。

 その様子を見てガブリエーレは大げさに肩をすくめてみせる。

 「まあ、なめられるのはムカつくよな。魔術師部隊とか投入されないって点では助か――」

 薄く笑みを浮かべながら軽口をたたく様に話していたガブリエーレが、不意に言葉を止めた。

 二人の間に静寂せいじゃくが訪れ、風に揺れる草木の音だけが静かに耳に響く。

 この崖上には、二人とは別に戦士ギルドから二十人送り込まれている。そのうち半数は罠の仕掛けを担当し、残りは敵陣側から崖上に迫る斥候を監視排除しているはずであった。

 「おいおい監視してる奴ら仕事しろよ。……まさか、やられてねえよな?」

 ガブリエーレのほほに冷や汗が筋を作る。

 十人を一人で瞬殺する程の手練れが来たのか、それとも此方の人数を上回る敵兵が崖上に侵入してきたのか――それにしては静かだったが――どちらにせよ、此方の意図を知った可能性がある敵を生かしておく訳にはいかない。

 二人は目配せでお互いの意思を瞬時に伝えると、一斉に左右に分かれ木の影に滑り込んだ。

相手がこちらの動きに反応する気配は無い。それどころか不用心にどんどん近づいてくる……誘ってるのだろうか? それとも……。

 徐々に近づく草を踏む足音。それに交じって小枝を踏み砕く乾いた音が響いた瞬間、二つの影が木の陰から滑り出し正面の茂みを突き抜ける。

 突然飛び出してきた二人に驚いて声を上げる相手。その者に対しガブリエーレは左から首筋を、ヴィルトレウスは右から短い剣を脇の下に突き立てる……事は無かった。

 「うわっ、やっ、やめろ、味方だ味方!」

 切っ先が急所をえぐる寸前で止められ、声を上げた兵士がその場にへたり込んでしまった。

 ヴィルトレウスはため息をつきながら剣をさやに納めると、その兵士に対し手を差し伸べながら言い放った。

 「背後から無言で近づいてくるなよな」

 その言葉にガブリエーレが信じられないといった素振りでつぶやく。

 「お前がそれを言うのかよ……」



***



 崖から主戦場を挟んで反対側には木々が生い茂っており、湿り気を帯びた足元の落ち葉からは独特な臭いが立ち上っていた。

 「たかが斥候排除に随分時間掛かったな」

 声の主は三十代前半、身の丈百八十センチ後半と言った所だろうか。明るい短めの金髪に獣のような目、鼻下と顎の髭は繋がっており、一目でただ者ではないと分かる偉丈夫いじょうふだった。

 分厚い筋肉に覆われた体にチェインメイルを着込み、上から黒塗りのフード付きマントを羽織っていたのだが、長年愛用しているのか裾の部分がボロボロになっている。

 ため息交じりにぼやく大男に対し、すぐ後ろの兵士が苦笑しながら声をかける。

 「隊長の息子さん程の力量を我々に求められても困りますよ」

 その言葉に気分を良くしたのか、後ろの兵士と横並びになると頭を軽く叩きながら笑った。

 「おうよ。俺の子供達は皆優秀だからな」

 その様子を見ていた更に後方の兵士――随分若く見えるが新兵だろうか――が、隣り合う別の者に声をかける。

 「あのアルドレアって大男は信用できるんですか?」

 その問いに対し、隣の兵士が何か気が付いた様な表情で声の主に返答した。

 「そうか。お前この前正規軍に配属されたばかりだから知らないのか」

 そう言うと男はまるで自分の事の様に嬉しそうに語り始めた。

 「我らが祖国は今まで帝国の攻撃に対し劣勢を強いられてきたが、アルドレアさんが来てからは連勝続きなんだぜ。因みに前回の戦闘で、帝国軍左翼を突破して敵総大将を討取ったのはあの人だ。」

 その話に更に別の兵士が興奮した様な表情で割り込んでくる。

 「あの時俺直ぐ近くの戦場に居たんだけど敵左翼の将……名前忘れちゃったけど、その敵将を甲冑ごと叩っ切って振り返らずそのまま本陣に突撃するの見ててさ。興奮して思わず叫んじまったよ」

 話し終えるのを待っていたかのように、また別の兵士が楽しそうに口を開く。

 「でもあの突撃を可能にしたのは、息子のヴィルトレウスが敵拠点に潜入して要となる将を数人暗殺したからなんだろ? 確かに隊長も凄いが俺は暗殺を成功させた息子さんもただ者じゃないと思うな」

 皆一様に先頭を歩く大男に大きな信頼を寄せていた。それを目の当たりにして、最初に疑問を投げ掛けた青年が安堵あんどの表情を見せる。

 「そうだったんですね。士官学校にも出ていない流れ者の平民に百人も兵を付けると聞いた時、うちの総大将は何考えてるんだって思ったんですけど、これなら安心できそうですね」

 嬉しそうにそう話す青年は、更にアルドレアの隣を歩く人物を見て質問する。

 「それじゃあの女の人は? 俺より若く見えるんですけど装備はかなり良い物ですよね」

 その視線の先には、背中まで伸びた銀髪を揺らしながらアルドレアの方を向いて話す少女の姿があった。

 すらりと伸びた手足に横顔からでも分る切れ長の美しい瞳、防具の隙間から見える素肌はきめ細かく、周囲の男共の目を釘付けにしていた。

 手にはルーン文字の刻まれた銀の槍を所持し、左右に羽を模した飾りの付いた兜――統一感がある為恐らく全身一式で揃えたのだろう――を被っている。

 「ああ、あの女性は――」

 と、隣の男が言いかけたが、今まで会話に参加していなかった別の兵士達が次々に口を開いた。

 「あれは天使だ」

 「いや女神様だ」

 「戦場に舞い降りた勝利の女神……」

 神々しい者を見る様な眼差しで少女見つめる男の一人が言葉を続ける。

 「彼女の名前はエリシャ十六歳、隊長アルドレアの義理の娘で現在士官学校で勉学に励んでおられる。学校での指揮能力を測る模擬戦では負け無し。今装備している武具は、二年に一度開かれる国主催の武芸大会で優勝した際の褒美です。」

 その話を聞いた青年が、少し引きつった半笑いの顔で返答する。

 「よ、よく調べてるんですね」

 そう言い終えた所で不意に隊の足が止まった。どうやら所定の位置に到着したらしく、今まで談笑だんしょうしていた兵士達に緊張が走る。

 「手はず通り俺を先頭に敵左翼の横っ腹を食い破る。左翼敵将の首を取るのが俺らの仕事だから、途中の有象無象うぞうむぞうは適当にあしらってとにかく走れ。エリシャは歩兵の援護を、それとそっちのお前。お前は火矢で崖上と自軍に合図を送れ」

 落ち着いた低い声で指示を出し、連れてきた馬に跨るアルドレア。それに対し後ろの兵が短く返事をして、火矢を射掛ける為少し距離を取る。

 「お父さ……隊長、敵左翼の将は手練てだれと聞きます。どうかお気おつけください」

 慌てて自分の発言を言い直し、すまし顔で馬に跨るエリシャ。それを見たアルドレアが、からかう様な笑みを浮かべながら返答する。

 「俺はお父さんでも一向に構わんぞ」

 周囲で聞き耳を立てていた兵士たちが一斉にエリシャの顔を盗み見る。

 「プ、プライベートと仕事は混同しないんです!」

 普段大人びたエリシャからは想像もできない赤面した表情。それを見た兵士の一人がアルドレアに声を掛ける。

 「ありがとう隊長。これで俺たちは戦える」

 その言葉に豪快に笑うと、アルドレアは背に担いだ大剣を抜き放ち右肩に乗せた。

 幅広で片刃の曲刀は人の背丈ほどもあるが、それを軽々と持ち上げる大男の姿に、周りの兵の目に闘志がみなぎっていく。

 火矢で合図を送っり戻って来た兵士にアルドレアが視線を送ると、目の合った兵士が小さくうなずいた。

 それを確認し正面の敵を見据えると、大きく息を吸い込み腹の底から声を轟かせた。

 「行くぞ野郎ども!」

 アルドレアが掛け声と共に先陣を切り、それに続いて兵士たちが雄たけびを上げながら敵左翼に突撃していく。だがそんな中、一人だけ馬上で受け入れ難いといった表情をしている者が居た。

 「私、女なんだけど……」

 そんなエリシャの抗議の声は突撃の喊声かんせいと戦場から生じる剣戟音に吸い込まれ、本人以外に聞かれる事はなかった。



***



 ヴォルガ帝国軍はさして大きな被害を受ける事も無く戦線を徐々に押し上げている。元々帝国軍二万に対しモルディア王国は一万と倍の兵力差があった。大国に属する者の慢心であろう。負戦が続いているにも、殆どの帝国側将校は此度の戦を楽観視していた。ただ一人の将を除いて。

 「解せんな……」

 王国側の動きをいぶかる声が、甲冑を着込んだ中年の将の口から漏れ聞こえた。

 「パーヴェル様、如何されましたか?」

 「此方は大した被害もなく押し込んでいる様に見えるが……相手も大した痛手は被っておらんだろう。どちらかと言うと、防衛に徹する相手の盾を殴らされている様な感覚を覚えるのだが」

 このパーヴェルと言う男は、新しく派遣された指揮官の補佐役として共に送られてきた将だ。帝国領南西の激戦区で戦っていたのだが負傷した為、後方へ下がり傷を癒していたのである。

 偵察の際ヴィルトレウスが要注意人物と考え暗殺を試みたのだが、警戒心の強いこの男は他の凡庸ぼんような将とは違い数倍の護衛を付けていた。結局ヴィルトレウスは寝所に近づく事すらできず暗殺を断念したのである。

 「我らの攻めに畏縮いしゅくしているだけなのではありませんか?」

 パーヴェル将軍は側近から発せられた浅はかな言葉に落胆の色を浮かべるが、直ぐに表情を戻し指示を出した。

 「念のため左端に盾兵を配置し森林を警戒させよ」

 パーヴェルの先程の表情に発言を誤ったと悟った側近が、慌てて左翼の左端へ馬を走らせた。

 「数週間前の戦闘では我が軍の総大将を討取られ、優秀な将を複数暗殺されている。本来であれば十分に警戒しなければならないのだが……よもや本陣と予備隊を残し、それ以外の全てを突撃させるとは」

 パーヴェルの頭の中には恐らく領主の息子の顔が浮かんでいるのだろう。進言に耳を貸さず、無策のまま兵を突撃させる愚かな指揮官の顔が。

 悩み多き歴戦の将が難しい顔で考え込んでいると、左側から唐突に緊迫した兵の声が響き渡った。

 「てっ、敵襲!」

 パーヴェルが声の方へ素早く振り向くと、馬上で大剣を振り回す大男の姿が目に留まった。

 「盾兵は間に合わなかったか……左向きに陣を敷き敵の足を止めろ。先頭の大男には複数であたれ!」

 周囲の兵に指示を出しつつ、パーヴェルは苦虫を噛み潰したような顔で大剣を振り回す大男を睨みつけた。

 「狙いは俺か。こうも密集していては弓隊も使えず、後方の騎馬隊を援護に向かわせるにも味方が邪魔で時間がかかる……本陣以外を全て突撃させたのが完全に裏目に出たな」



***



 アルドレアの大剣が風を切る音と共に右を薙ぎ払うと、甲冑を着込んだ兵士数人の上半身と下半身が切り離され、血しぶきを上げながら周囲にばらまかれる。

 更に左から突き込まれた槍を回避しつつ掴み、槍の主の脳天に大剣を叩き込む。頭から血を噴き出す敵兵を蹴り飛ばし槍を奪うと、左斜め前方に投擲とうてきした。槍は凄まじい勢いで走り、数メートル先の馬上で矢をつがえる兵の腹を貫く――が、勢いは衰えずそのまま射線上にいた後ろの兵士の頭をも砕いていた。

 「なんて男だ……甲冑を着込んだ兵士をまるでボロ雑巾の様に」

 戦慄せんりつする男の左へ轟音ごうおんと共に大剣が撃ち込まれる。男は武芸の心得があったのだろう。アルドレアの打ち込みに反応し、左手を切っ先に添えて刃の中程で大剣を受け止めた。しかし受け止めた剣は撃ち込まれた部分から叩き折られ、男の上半身は他の数人諸共に吹き飛ばされていた。

 「敵さんも可哀想にな」

 「ああ、あれはもう人間じゃない。てか隊長笑ってるし」

 「だけど味方に居ると、これ程頼もしい男もいないよな」

 後ろからアルドレアに付いて走る歩兵が、周囲の敵と切り結びながら話していた。

 「でも何かさ。こいつ等弱くねえか?」

 疑問を投げ掛ける兵士にエリシャが周りを警戒しながら返答する。

 「当然です。帝国左翼には実戦訓練の為、新兵が多く配置されているんですから」

 エリシャの言葉に突撃前に色々と質問していた青年兵が首を傾げた。

 「左翼の将は嫌われているんですかね?」

 「違うでしょ。実戦経験のある将の戦い方を新兵に見せる為の配置だってウィルが言ってたから」

 そう話ながらもエリシャは襲い来る敵の刃をはじき、的確に喉を突いて絶命させていた。

 その鮮やかな槍捌きに驚嘆きょうたんしながらも青年は言葉を続ける。

 「ウィル?」

 「ああ御免なさい。弟のヴィルトレウスの事よ」

 二人が戦いながら話していると不意に緊迫した声が後ろから響く。

 「避けろ小僧!」

 その言葉に青年が慌てて視界を広げると、目前に敵の剣先が迫っていた。受けなければやられるが、間に合うタイミングではない。青年が死を悟り声を上げたその時、凄まじい速さで銀色の閃光が走り、剣を打ち込んできた敵の兜の隙間から眉間を貫いていた。

 突きを食らった兵士はエリシャの攻撃と馬の前進の力に押され、前方に飛び周囲の敵集団のなかに転げ落ちる。

 「流石に将の周囲には手練れが居るわね。注意しなさい」

 「はっ、はい。有難うございます!」

 落ち着いていて涼やかな、それでいて凛としたエリシャの声に兵数人が同時に同じ事を口走る。

 「俺、騎士辞めて戦士ギルドに入ろうかな」

 エリシャが何の話? と聞き返そうとした時、部隊の足が止まって前方が開けた。

 「ふう。やっと目的地に到着したぜ」

 先頭で壮絶な殺し合いをしていたにも関わらず、アルドレアは野良仕事でもしてきたような軽い口調で話し、大剣を下に勢いよく振った。

 剣に付着していた血のりが地面に弧を描き、台地に沁み込んでいく。

 敵将とアルドレアの周りには自然と人の輪が出来上がり、その場の全員が今から起こる出来事を固唾かたずを呑んで見守る。

 しかし敵将周辺の近衛数人だけは怒りを露わにアルドレアに躍りかかった。

 「この蛮族めが!」

 「将軍お下がりください!」

 「ここは我らが!」

 右から二人、左から一人アルドレアに向かって突っ込んできた。しかしその三人は即座に己の行いを後悔する事となる。

 二人に対し左から右に大剣を薙ぎ払うアルドレア。想像を超えるスピードで迫る刃に面食らいながらも、二人同時に槍で受け止める――が、二人がかりでも受けきれず、脇腹から腹の中腹までを割かれて腸を地面にまき散らした。

 激痛に悲鳴を上げながらその場でのたうち回る近衛を後目に、左から遅れて来た敵の槍を撃ち落とす。

 凄まじい力で上段から槍を叩かれ、思わず獲物を地面に落とす近衛。アルドレアは右手で撃ち落とすと同時に大剣を左手に持ち替え、そのまま勢いよく突き出す。刃は近衛の胸を貫き、背中から刃先を飛び出させていた。

 「きっ、貴様あ!」

 残りの近衛が怒りに震え飛び出そうとするが、それを見た敵将が右手を横に伸ばし動きを制した。そのまま数歩馬を歩かせ近衛の前へ出ると、後ろに控えていた従騎士の少年に声を掛ける。

 「俺の槍を出せ」

 「はっ、はい!」

 慌てて従騎士が預かっていた将軍の槍を差し出す。その槍を受け取ると不愉快そうに鼻を鳴らしてアルドレアを見据えた。

 「弱い所ばかり狙いおって。貴様それでも騎士か」

 「生憎俺は騎士じゃないんでな。それに、戦場じゃ弱い奴から死んでいく。あんただって素人じゃねえんだ……そんぐらい分かってんだろ?」

 少しの沈黙が流れた後、敵将が口を開く。

 「何故最初に俺を狙ったのだ?」

 「この戦場の要は新しいボンクラ指揮官じゃなくてあんただ。あんたを殺せば、この戦場だけじゃなく奪われた港町も最小限の犠牲で解放する事ができるだろうしな」

その言葉に敵将が少し寂しそうに笑う。

 「敵から総大将をバカにされても怒りが湧いてこぬとわな……」

 「同情するぜ。逃がしゃしねえがな」

 「ふっ」と短く笑った後、敵将が静かに槍を構え更に一歩前進した。それを見て察したアルドレアが声を掛ける。

 「何だ、一騎打ちするのか? 俺は複数相手でも一向に構わねえんだがな」

 だが挑発に激怒する事無く、敵将は静かに目を瞑る。少しのの後アルドレアを見据えて槍を突き出した。

 「……ルスランの子パーヴェル。我が神の名の下に、貴様に一騎打ちを所望する」

 その言葉にアルドレアが面倒臭そうにため息をつく。

 「名乗れ」

 「必要か?」

 「打ち倒した後、父の墓前で強い戦士を仕留めたと自慢せねばならんからな」

 その言葉に不敵に笑った後、観念した様子でアルドレアが答えた。

 「分かったよ……オリアスの子アルドレア。貴様らの神なんぞ知らんが、一騎打ちを受けてやるよ」

 アルドレアが言い終えた瞬間周りから歓声が沸き起こった。

 周囲を敵に囲まれ警戒しつつも、エリシャと付いてきた歩兵達は静かにアルドレアを見守っていた。

 「お父さん……」

 心配そうに見守るエリシャに隣の兵が声を掛ける。

 「大丈夫ですよエリシャさん。あの人の強さは普通じゃありませんから」

 そう言ってエリシャの肩を叩こうとした男は、他の兵士に足を蹴られて地面にうずくまってしまった。

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