第32話 ドラゴンと戦うよ

 いろいろあって一名参加できなくなったけど、僕らはいよいよ遺跡に向かう為に里を出発した。


 そうそう! 少し話は変わるけど、ローブの他に杖も新しいのを買ったよ。吹雪の杖っていう、道具として使うとフリーズが発動する便利な代物なんだ。役に立つといいなあ。


 さて、話を戻すけど、エルフの里のみんなは何だか申し訳なさそうに僕らを見送ったんだ。ちょっとドーラさんは気分が良さそう。森の中をしばらく歩き続けること半日、いよいよその遺跡を目の当たりにしたわけだけど。


「うわああ。なんか……普通じゃん! ドーラさん! 本当にここでいいの?」


 遺跡を見上げるルルアは、そのあまりにも普通な見た目に疑問を感じたらしい。確かに、今まで里で見た建物と比べると、ありふれてるなあ。


「ああ。ここで間違いない。外目には普通の遺跡だがとにかく厄介だぞ」


「とにかく気を引き締めて行こう。ドラゴンがいつ襲ってくるかは解らない」


 僕は洞窟への足を踏み出していく。中に入ると最初は真っ暗な一本道だったけど、階段を降りていった先には全く違う空間があった。まるで薄暗い城の中みたいな空間で、うっすらだが通路に灯りが灯されている。


「えええ。いきなり別世界になっちゃったよ。ドラゴンさん、こんな所に住んでて嫌にならないのかな」


 ルルアはキョロキョロしながら、慎重に僕の隣を歩いてる。


「どうなんだろうね。誰も来ないから、意外と居心地がいいと思ってるかも」


 続いて階段を降りていった先には、まるで下水道のような空間が広がっていた。


「ひゃああー。臭いー」


 金髪の幼馴染みが小さな鼻を摘んでいる。普段嗅いだことのない悪臭で、正直じっとしていられないくらいキツい。


「ここにもまだ、いないようだな。恐らくは最下層だろう。ナジャ、ルルア、気をつけてくれ」


 うーん。となるとやはり最下層である三階にいるか、または今だけ遺跡から出ているのか。しかし最下層は、僕らが想像していた世界とはやっぱり違っていて、かつ厄介な空気感にあふれていた。

 見渡す限りに広いその空間は、洞窟でありながら天井は遥かに上にあるようだった。


「何これぇ。ナジャ、変なパネルがいっぱいだよ!」


 フロアのいたるところに、紫色の数字マークがふられた足場があったんだ。記憶の隅に引っ掛かったものがあったので、


「これはもしかして! ルルア、安易にパネルに乗っちゃダメだ」


 と止めたんだけど。


「え? ひゃあああ!」


 遅かった。すでにルルアはパネルの上に足が触れており、パッと消えてしまう。


「まさか! 消滅したのか」


 狼狽するドーラさんの声とは裏腹に、ドジな幼馴染みはすぐにその姿を現した。お尻を地面に打ってしまったらしい。


「きゃう! え、えええ。あたし今、消えちゃってたよ」


「これはワープパネルだよ。足場に乗ると、数字の順に場所を移動させられてしまうんだ。さっきルルアは『1』のパネルを踏んだから、今の『2』のパネルにいるんだ。一度離れてから再度そのパネルを踏めば『3』にワープするようになってる」


「すごーい! ナジャ、本当に物知りだね」


「うむ。私も初耳だったぞ。頼りになるな」


「まあ、上級ダンジョンにしか出現しないらしいからね。僕もヴァレンスの知識の受け売りだよ。さ、パネルは踏まないようにして進もう」


 最下層のフロアは沢山のワープパネルが設置されているけれど、構造自体は酷く単純だった。広大な一本道をただ進んでいると、人間ではなく巨人用と思われる大きな扉が姿を現した。


「この奥に杖がしまってあるの?」


「ああ、その筈だ。そして恐らくドラゴンがいる」


 僕らは力を合わせて大きなドアを押し続けた。やがて重々しい音とともに開かれた先には、円形のフロアと宝箱、そしてやはり魔物がいた。


「出た! やっぱり待ってたよ。ナジャ、先制攻撃しようよ!」


「待った! あのドラゴンは普通のドラゴン・ロードじゃない」


「何だと!?」


 ドラゴンは大きな翼を持ち空を飛ぶタイプと、トカゲっぽい外見で地面を這い回るタイプがいるんだけど、今回の相手は後者だった。奴は僕らの姿を見かけると、こちらの全身が振動するほどの咆哮を上げる。恐らくは身長は十メートルくらいあるのかもしれない。


「ヴォオアアア!」


 そしてじっくりと値踏みをするように観察したかと思うと、心持ちゆっくりと歩き始めた。まずいなーこれって。


「あれはドラゴンロードの更に上位種、マジックドラゴンロードだ!」


「ま、マジック? どんなドラゴンなの」


「通常のドラゴンよりも堅い体を持っていて、更にはあらゆる魔法をほぼ無尽蔵に放ってくる奴なんだよ」


「何だと!? それでは……」


 ドーラさんの狼狽する声も虚しく、魔物は自身の眼前に赤い光を発した。それはやがて特大の火球となって、僕ら目掛けて発射された。


 まさかマジックドラゴンロードが相手だったなんて。シェザールさんもいい加減だな! なんて言ってる間もない僕らは、すぐにギリギリでファイアボールをかわしつつ、一旦部屋から退避した。


「火を吐いたのかと思ったら魔法だったね! しかもエグいくらいの威力だよ」


「こっちに来るぞ!」


 ドーラさんが剣を構え、ルルアも同じく迎撃態勢をとり僕は杖を上げる。もう発動している落ちゲーは積み始めており、今回も右端と左端に交互に積んでみる。


「グオオオ!」


 部屋から飛び出すなり、奴は爆発魔法ブラストを放ってくる。この異空間のような場所では、恐らくいくら魔法を放っても自滅の心配はないのだろう。それは僕にとってもありがたいことだ。


「ぬうう! こうなれば私のギフトで」


「まだだ! 今はまだ使いどころじゃない」


 僕は騎士の奥の手を止めることにした。ここ一番のタイミングで使えなくては、生存率は大幅に下がるだろう。


「奴を囲もう!」


 僕の言葉に反応した二人が左右に散り、すぐにドラゴンは包囲される形になる。マジックドラゴンロードはフン、と鼻を鳴らしている。恐らくは通常のドラゴンよりも知恵が働くのだろう。まるで戦意がなくなったようなあくびをした後、唐突に長い尻尾がドーラさんを襲った。


「何ぃいい!?」


 彼女はギリギリのところで盾で防いだものの、思いきり吹き飛ばされ地面を引きずり続ける。


「ええーい!」


 ドラゴンに果敢に飛び込んでいったのはルルアだった。手甲とブーツには青い光が纏われている。スキルである「闘気」を発動させ、攻撃部位を保護すると同時に破壊力を上げているんだ。 ドラゴンの腹部分まで飛んで、無数のパンチやキックを矢のように叩きこんでいく。あれは最近覚えたスキル、会心乱舞だろう。


 マジックドラゴンは確実にダメージを受けているようだったが、すぐに体から魔法の光を発生させる。恐らくは

回復魔法ハイヒールで体を修復したのだろう。次に体全身が黄色に変化し、何か嫌な予感が走る。


「ルルア! 引くんだ!」


 僕はマジックドラゴンにファイアボールを当てつつ叫ぶ。そして彼女の側まで駆け寄ろうとしたが、奴の攻撃魔法が先だった。


「へ? ひゃああ!?」


 雷魔法ショックウェーブが放たれ、すぐ近くにいたルルアはもちろん、僕にも電撃が襲いかかってきた。


「ああうう!」


「ぐう! ルルア」


 だけどまだ耐えられる。このままじゃ危険だとばかりに、僕は大きなダメージを受けたルルアの元へ走る。回復役がいないことが痛い。


「舐めるな! 魔物風情が」


 叫びとともにドーラさんが奴の太い前足を斬りつけている。一発ではあまり効果がないが、何発も当てればチャンスがあるかもしれない。僕は崩れ落ちているルルアを抱き上げて、そのまま走る。


「ガアアア!」


 やっぱりドラゴンはチャンスを逃さなかった。振り向けばドーラさんを無視して、こちらに突進を始めたことが分かる。


 寸前のところで噛みつかれそうになった時、パネルを踏み込んだ僕とルルアは回避することに成功した。とはいえ、奴の尻尾のすぐ後ろだけど。


「……ご、ごめんねナジャ。もう大丈夫だよ!」


 ルルアは痛みを堪えて立ったようだが、このまま同じように戦ったら負けてしまうのは目に見えてる。


「ルルア。僕に考えがあるんだ」


「この化け物がぁ!」


 ドーラさんはなおもマジックドラゴンに向かっているが、やはり大した痛手は与えられないようだった。でもその少しの間に、ルルアに作戦を伝えることができた。


「さっすが! 解ったよ。あたしに任せて!」


「気をつけてくれよ!」


 ルルアは女騎士に夢中になっているマジックドラゴンの背中に向かって走り出し、天高く跳躍した。僕はその間に落ちゲーのクリスタルを積む。ドラゴンの後頭部に接近したルルアは体を前方に回転させ、渾身の浴びせげりをヒットさせた。


「グウウウウ!?」


 人間より大きな顔が地面に激突する。多少のダメージはあったと思うけど、すぐに奴は顔を上げてこちらを振り向いてきた。その間に僕はこのフロアの仕掛けであるパネルの位置と数字を確認する。うん、これなら行けるはずだ。


「ほらほらー! こっちだよ」


 ルルアはお尻をぺんぺんする仕草をして、苛立ったのかドラゴンは顔を真っ赤にして走り出した。しかしルルアはパネルを踏み、次から次へとワープを繰り返す。


「ドーラさん、こっちへ!」


「む? どうした」


「僕の援護を頼む!」


 ルルアとドラゴンの追いかけっこの間に、幾らか打撃を浴びてしまったドーラさんにポーションを与えつつ、次の行動に移る。光魔法ライト・ガトリングを連発して、ドラゴンの全身に浴びせていく。


 イライラした奴は全身が黒くなり、「ダーク・アロー」を放ってくる。完全にはかわすことはできないが、追従してくれてるドーラさんの盾により致命傷を逃れた。やっぱり相当格上のモンスターだな。こっちの攻撃がほとんど効いてない。


 僕がウインドカッターを使えば、奴は全身を土色に変えてクエイクを放ってくる。これにはルルアも怯んだが、まだ捕まりはしない。ルルアが撹乱しているときは僕が攻撃し、彼女が狙われれば僕が攻める。


 しかしバリアに包まれたドラゴンの体にはほぼダメージが通らない上に、少しずつこちらが不利になっていくけれど、既に落ちゲーのクリスタルは十分な量に積み上げが終わった。僕らはここから反撃する。

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