第29話 エルフの里
やっぱりドーラさんは王様お気に入りの騎士兼冒険者なだけあって、今回の送迎はとびきり豪華な馬車だった。金枠でできた車内の横長のシートに座って景色を眺めていたら、左隣で聖女様が笑っていた。
「うふふふ。楽しみですわ。エルフの里へ行けるなんて」
「まあね。僕ら人間にはレアな経験だな」
「はい。とっても希少なお宝が沢山あることでしょうね。クスクス」
「クラリエルさん、盗んじゃダメだからね!」
右隣のルルアが釘を刺してる。まあ、注意しとかないと本当にやらかしかねないからね。エルフの里は森の中をひたすらに進んでいかなくてはいけない。道中で魔物が出てくるかもしれないとか考えたけど、意外と平和な道のりだった。
「ねえねえナジャ! あたしエルフの里って初めてなんだけど、どんなところか知ってる?」
ルルアは何にでも興味津々で、好奇心といえば彼女の代名詞とさえ思える。
「僕も小さな集落は何度か行ったけど、エルフの里は初めてかなぁ。相当栄えてるかも」
「そんなことはない。田舎も田舎。ルーファの村と大差ないだろう」
クラリエルの隣で眠っているようだったドーラさんが、不機嫌そうに口を開いた。なんか、里に近くにつれてイライラしているような気がするんだけど、気のせい?
「ええー。田舎なんだぁ。エルフの里の名物って何? ソウルフード教えてよ」ルルアは彼女の機嫌には全く気がついてない感じ。
「そんなものはない。枯れ果てたようなつまらない田舎の、長生きだけが楽しみな民族がひしめく脳死世界にソウルフードなどない」
「え、えええ……なんか、すっごい酷い言い方じゃない?」
珍しく幼馴染みがドン引きするくらい、エルフ騎士さんは辛辣だった。
「フン!」と鼻を鳴らし、ドーラさんは里近くに馬車が到着するまで黙ってしまった。一体何があったのか。僕もルルアも気になってしまったんだよね。
しばらくルルアのトークに耳を傾けているうちに、いつの間にか馬車は里の入り口付近についていた。降り際になぜか目深にフードを被るドーラさん。ルルアが首を傾げてる。
「あれれ? どうしてフードなんか被っちゃうの? まるで人目を避けてるみたいだよ」
「これは気分だ。気分」
「あらあら。素顔を隠したい気分とは、珍しいものですわ」
なんかドーラさんの様子がおかしい。ちょっとそわそわして、挙動不審な動きが目立つようになってきたから、てっきり僕はトイレなのかなと思ってたんだけど。
そして大きな柵の前にたった一つだけある入り口に着いたところで、門番のエルフ二人が道を塞いでいることに気がついた。
「待て、そこの者達。ここから先は我らがエルフの里だ。何用だ?」男のエルフが威厳たっぷりの声で言った。
「王様から用件があってきたんだ。僕は魔法使いナジャで、こっちが武闘家のルルア。聖女クラリエルに、それから」
「う!? あの女は……」
「ふぇ? どうしたのー。ドーラさん、もしかしてお腹痛いの?」
ルルアがうつむくドーラさんを覗き込むようにしてる。
「ん。違う」
「! ドーラ? 今ドーラと言ったの?」
言うなり金髪エルフの女性がつかつか近づいてきて、ドーラさんのフードを掴んで引っ張り顔を確認した。僕とルルアは突然の事態に呆然として、完全に傍観者になっちゃったわけだけど。
「あらぁー! やっぱりドーラじゃないのぉ。ひっさしぶりねえ」
「久しぶりだな。ニナ」
「どうしたのー? あんなに田舎はごめんだ! とか吐き捨てながら出て行ったのに、もう尻尾を巻いて帰ってきちゃったのかしら」
「やかましい! 私は王様の命令で仕方なくここに来ただけだ。むしろ順風満帆だ」
「本当ー? エルフのくせに全然魔法が使えないあなたがねえ」
「貴様! この私をまた愚弄するつもり、」
「ちょっと待って!」
もう聴いてられなくなってきたので、とりあえず二人を止めに入る。ルルアはハラハラしながら見守ってる様子で、もう一人の門番の男はため息を漏らしているようだった。この二人は相当仲が悪いのかなぁ。ちなみに聖女様は楽しそうに見入ってる。
「どうしていきなり喧嘩なんか始めちゃうんだ。早く王様からの用事を済ませないといけないのに」
「そうだよ! 喧嘩なんかしちゃダメ」ルルアが賛同してくれてる。
「私は大いに構いませんわ。エルフが醜く争う様はなかなか拝めませんし」
「ぐ! 私だっていがみ合いに来たわけではない。ただこの口だけが達者な女が私を侮辱するから」
「あーらぁ。誰が口だけですって。私はちゃんと経験を積んで、魔法をどんどん習得しているのよ。この女はねえ、エルフなのに全く魔法が習得できなくて、みんなから笑われていたのよ」
そうだったのかー。だから地元だっていうのに、戻りたくなさそうな素振りをしていたのか。まあ、地元って誰にとっても安らげる場所じゃないからね。
エルフ族って言えば、確かにみんな魔法が使えるイメージがある。魔法がどれだけ使用できるかで、変な話カースト制みたいなものが出来上がっているとか、そんな噂も聞いたことはあった。
「ふん! どうせ大した魔法を覚えていないのだろう。相手にしてなどいられんな。いくぞみんな」
「ちょっと待ちなさいよ! ねえドーラ。実は最近エルフの里門では、身分確認がわりにステータスを見せてもらう決まりになっているの。最低でも代表者一名は必ず、ね」
「なんだと!? 初耳だぞ」
そう言いながらニナさんが柵の影から持ってきたのはスキルオーブだった。エルフの里にも冒険者ギルドはあるらしいし、置いてあってもおかしくはないんだけど。
「クスクス。ドーラ、特別に私のスキルを見せてあげる」
ニナさんはまるで今から竪琴に触れるかのような繊細な手つきでスキルオーブに触れる。すると……
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名前:ニナ
スキル:ファイアボールLv55 フリーズLv43 サンダーLv62 ウインドカッターLv35 ライト・アローLv51 ボムLv60 アップ・デフェンスLv31 弓攻撃UP小Lv23 弓命中率UP小Lv35
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スキルを見ているエルフ騎士さんがワナワナ震え出している。これはかなり効いてるっぽい。
「うふふふ! どう? 私ってばこんなに伸びちゃったの。さて、次はあなたの番だわ」
「な!? 別に見せる必要はないだろう。私はこの里ゆかりの者だぞ」
「ダメよぉ。アンタ、あれだけ大見えを切ったんなら、少しくらいは魔法を覚えたのよね? 見せなきゃ通すわけにはいかないわ」
うわああ。ドーラさんが今度はプルプルし始めてる。これは相当焦っているんだろうか。しかしこのままじゃ可哀想だと思った僕は、自然とスキルオーブの前に立っていた。
「代表者一人が見せればいいんですよね? 僕でいいですか」
「はぁ? どうしてアンタが」
「ナジャはパーティのリーダーなんだよっ。だからナジャが見せるのは順当だと思うの」
ルルアの援護に、くっ……と歯噛みしたニナさんの視線をなるべく気にしないようにして、僕はスキルオーブに手を触れる。爛々と光だしたオーブには、今まで僕が獲得した魔法スキルが表示されている。
「な……何よ!? これ……」
「嘘だろう。このLvで、どうしてここまで沢山の魔法を習得しているんだ!?」
男のエルフさんも驚いているようだ。ルルアは自分のことみたいに胸をえへん! とばかりに張って、
「ナジャは急成長してるんだよ! いつかはURランクになるんだから」
と言ったところでニナっていうエルフは更に悔しい顔を見せる。
「あり得ないわ! こんなに魔法を覚えている上に、スキルLvも高いものばかりなんて」
「あの。もういいですか? 通っても」
なんか恥ずかしくなってきた。早く通りたい。
「くううう! 通れば、通ればいいじゃない!」
うわー、相当怒らせてしまったらしい。でも、やっとのことで門番を抜けれて安心した。さっきまでの不満顔が嘘みたいにドーラさんはニコニコ笑ってる。相当スッキリしたみたい。
「はっはっは! 見たか。あの女の悔しそうな顔を。あははは!」
「珍しー。ドーラさんが笑ってるぅ。でもあのエルフさんも凄いよね。魔法だけじゃなくて弓も使えるみたいだし」
「確かに、弓まで扱えるのは流石ですわね。エルフの嗜みとも言われておりますし。そうそう、ちなみにドーラさんは弓のほうは?」
「……急に現実に戻った気がする。早く長老の元へ行こう」
クラリエルの問いかけには答えずにさっさか歩き出すエルフ騎士さん。どうやら弓も苦手みたい。
「ま、まあドーラさん。そんなに気を落とさずに」
と部外者の僕が言っても無理か。道を進むうちに思ったのだけれど、エルフの里はドーラさんが言うような田舎というよりも、神秘的な集落という表現のほうが似合っていた。みんな森の中に家を作っているんだけど、三角形の赤い屋根とか、ちょっとお城っぽい形にしている家とか、想像以上に面白い建物ばっかりだ。
でもやっぱり一番印象深かったのは長老のお家だった。例えるなら、ピンク色の石で作りあげられたお城って感じかな。うーん、なんていうか奇抜だなぁ。入り口のエルフから許可を得て、とにかく室内に入っていく。
「では長老の部屋へ向かうぞ。失礼のないように」
「はーい!」
ルルアが手を挙げた時だった。
「おや。誰かと思えば、ドーラじゃないか」
「はっ!? シェ、シェシェ、シェザール様……」
あれ? さっきまでの男顔負けの雰囲気から一転して、なんか急にしおらしくなったドーラさんの視線の先には、長い金髪を靡かせた美青年エルフの微笑みがあった。
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